設定資料②
・暴走
体内の魔力、あるいはそれに準じるエネルギーの制御が失われる現象。
結果としては
①一時的な出力の上昇の後、肉体あるいは霊体の崩壊
②エネルギーの変質
③無秩序なエネルギーの解放(最終的には爆発)
などが挙げられる。
ちなみに①はニクス、②は教主、③はフィオが当てはまる。
暴走の要因としては
①コントロール不能なほどの出力の上昇
②外部からの干渉
③自発的な制御の放棄
などが挙げられる。
①は魔神化したフィオ、②はギフトに浸食されたニクス、③はフィオを道連れにしようとした教主が当てはまる。
・放浪の邪神と転生者達
転生者達は、放浪の邪神が様々な世界から拾い集めた死者の魂である。彼らは例外なく非業の死を遂げていたり、未練を残した者達だ。放浪の邪神の目的は世界を混乱させて楽しむ事であり、転生者達が平穏に暮らしても面白くないからだ。転生者達は前世の記憶に引きずられるように、失ったモノを取り返すように混乱を撒き散らすことになる。
シゼムは家族からの愛情を得られずに死んだ。だから愛する家族のために暴走した。ニクスは故国を救えなかった。だから故国を守るために焦燥感に突き動かされた。教主は愛情を知らずに生きてきた。だから初めて手に入れた愛する人のために手段を選ばなかった。全ては満たされぬ前世の記憶があったからこそ起きた悲劇であった。
転生者達はギフトという力を3つ与えられている。これは邪神の神力の欠片で、転生者の願望や欲望に合わせて強力かつ特異な能力を発現させる。しかし、使用するほど転生者達の魂を侵食し、最終的には邪神の代行体に作り替えてしまう。もちろん転生者達はそんなリスクなど知らされていない。邪神にとって転生者達は玩具であり駒であり苗床でしかないのだから。
・転移者と転生者
邪神は世界を混乱させるために転生者を送り込んだ。しかし、邪神的には転移者も送り込みたかった。
それをしなかったのは単純に労力とリスクの問題だ。転生の輪にこっそり魂を紛れ込ませるのと、人間を丸ごと連れて来るのとでは、消費する力も自分の存在がばれるリスクも段違いである。
だから邪神は転生者に異世界召喚の技術を開発させるという裏技を使い、中央大陸に転移者を送り込んだ。
忘れがちではあるが南大陸の内乱の原因となったのは転移者のもたらした知識と技術である。
そういった意味では南大陸の獣人達も異世界召喚の犠牲者とも言える。
邪神はなぜ転生者と転移者の両方を欲したのか? それは彼らの異世界に対する反応の差を比べたいという欲求があるからだ。邪神は魂を拾い集めると同時に彼らの持つ情報も回収している。その結果、転生者は神と名乗る存在の言葉を信じる傾向があるが、転移者は召喚主を疑ってかかる傾向があるという結論に達していた。故に帝国の異世界人たちが出奔しなかったのは邪神にとっては予定外であった。
転生者達が神の言葉を信じるというのはある意味では当然である。何故なら彼らはすでに死人である。拒絶すればそのままあの世行きなのだから、多少うさん臭く感じても言う事は聞くだろう。だが、転移者はそうはいかない。事実上の拉致誘拐なのだから文句の一つもあるだろう。召喚主側もそのことは考慮し、元の世界に未練の無いものを選別する術式などを召喚魔法に組み込むことが増えている。
では、なぜ異世界人たちは召喚主を疑うのか? 一昔前までは国の危機に勇者として呼び出され、邪悪な魔王を倒してお姫様と結婚、やがて王になって幸せに暮らす、という王道ストーリーが人気であった。
しかし、現在は召喚主は異世界人を利用しようとしており、異世界人はそれに気付くあるいはどん底に落とされてから自力で成り上がるというストーリーが人気を上昇させている。『事実は小説よりも奇なり』という言葉があるが、異世界に召喚された者達にとって異常事態に対し最も頼れそうな情報源はフィクション小説なのである。よって、彼らの召喚主に対する対応も、かつては王道、現在は成り上がりと変化しているのだ。
一方、召喚主の方はどうかというと、成り上がりストーリーに登場するような外道召喚主が増えているのが現状である。初めは異世界召喚という方法は非常時の最後の手段、緊急手段であった。しかし、人間とは良くも悪くも慣れる者である。時代が進み何度も異世界召喚が行われると、困難を自分たちで解決する意思を失い、些細な事でも異世界召喚を行うようになるのである。そうなると自分たちの行いは拉致誘拐であるという認識は無くなり、それどころか異世界人は同じ人間ですらなく道具のようなものと考える様になってしまうのだ。やがて枷が外れたように異世界召喚を乱用するようになると、その先にあるのは滅びである。
ある国は偶然支配を脱した異世界人に復讐され滅んだ。ある世界は異世界の超常存在を呼び寄せてしまい崩壊した。このような国や世界は、世界間での移動や貿易の技術を確立した先進世界からすれば、愚かとしか言いようの無い存在なのだ。
・異世界とブーム
では、成り上がりストーリーのブームと外道召喚主の増加に因果関係はあるのか? 実はあるのだ。
異世界に召喚された者が死ぬとその魂はどうなるのか? それは半数は異世界に残り、もう半数は元の世界に帰る。この時、非業の死を遂げた魂ほど『帰りたい』という念が強く、元の世界に帰りやすい。
そして未練や無念の記憶は強く魂に刻まれ、転生後も残ることがある。転生後、唐突に浮かぶ異世界の光景と理不尽なストーリー。作者はそれらをインスピレーションとして成り上がりファンタジーを作成する。
勿論、本当に自分の想像力だけでストーリーを考え付く作者も当然多い。しかし、一部の作者はこのような転生者であったり、神官や巫女のような能力で異世界の情報を受信した者達なのだ。
彼らが生み出す著書はフィクションでありながら異世界の情報を伝える資料となる。よって、王道ストーリーが廃れ、成り上がりストーリーが主流になるという事は異世界自体が王道から外道へと変化していった証と言えるのだ。
もう一つ忘れてはいけないのが、ブームは作者と読者によって移り変わるものという事だ。
作者の変化は前記した通りだが、読者はなぜ成り上がりストーリーを好むようになったのだろう?
理由の1つには防犯意識の高まりがある。特殊詐欺を始め社会には様々な罠が張り巡らされている。
よって「相手の言葉を鵜呑みにすると危険」と判断し、召喚者の言葉を慎重に吟味するのが正しい反応という事になる。逆に「助けて! ⇒ 喜んで!」という王道のやり取りは現実的だと思えず感情移入がしにくいのだ。
もう一つは読者の視野が広がったという点が挙げられる。例えば異種族のいない世界の人間にとって、『人間、亜人、魔族』は『白人、黒人、黄色人種』くらいの違いにしか感じられない。見た目が違えど言葉が通じるのなら「種族が違う=敵」と割り切ることは難しい。異種族のいない我々の世界でも、同じ人間でありながら『言葉は通じても話が通じない』者などいくらでもいる。自分の信仰を押し付けるテロリスト、自分の正義を押し付ける先進国、自分の認識を押し付ける途上国、挙げればきりがない。それを知る者は『人間だから味方、異種族だから敵』という『設定』に違和感を感じるのだ。むしろ、人間こそ最も狡猾で注意すべき種族と考える者が多いのではないだろうか。
それを踏まえて考えると、王道の決まり文句はツッコミどころが満載になる。
「我が国の民は魔族によって苦しめられている。どうか魔族の支配者である魔王を倒し世界を救って欲しい」
実にありふれた決まり文句である。主な疑問としては『なぜ魔族と戦っているのか?』『魔王を倒せば戦いは終わるのか?』『魔王は本当に世界の敵なのか?』などが挙げられる。魔王が単なる魔族の王で指導者なのだとすれば、別に世界の敵というわけではない。また、その場合は魔王を倒しても新たな魔王が即位するだけであり、極論すれば魔族を絶滅させるか完全降伏させるまで戦いは終わらない。そして最大の問題は人間側が攻め込んで戦争になり、反撃を受けて窮地に陥っただけという可能性だ。勿論、それは人間だけに言えることではない。「魔族側に召喚されたけど、魔族が正義で人間が悪ってケースが多いから、彼らを信じて魔族のために戦おう」では唯のバカである。要は一方的で不確定な情報だけで判断するのは危険という事だ。
異世界人側が手強くなると、当然のように召喚主も手を打ってくる。催眠暗示に洗脳魔法、魅了、隷属アイテム、脅迫、買収、何でもありだ。こうなると召喚される異世界人側が圧倒的に不利となってしまう。
ハノーバスの帝国でも同様の手段が取られた。技術者は買収し、医者は大義を説き、英雄は脅迫し、放火魔は欲を満たした。裸一貫で呼び出された者達が、百戦錬磨の召喚主から逃れる事ができるのは奇跡に近い。
数多の者達が無念の死を遂げていった訳だが、だからこそ成り上がりの復讐劇は心を打つのだろう。
異世界召喚ファンタジーの人気の裏には、現実社会への鬱屈した思いが見え隠れする。
一度差が付くと逆転できない社会、一度失敗しただけで全てを失う社会、生まれた時から勝者と敗者が決まっているような社会。全てをリセットしてやり直したいと思うのは果たして弱さなのだろうか?
理不尽な状況に対しての反撃が称賛されるのは、理不尽に耐えるしかない事への不満の表れなのだろう。
ハン〇ワナ〇キの様に倍返しをできる者など極一部なのだから。
・異世界で生き残るため
一方で異世界に渡った者達の暴走も目に付く。
意図的な召喚ではなく事故で渡った者、特に義務を与えられず自由に生きろと言われた者。
彼らの中には平然と命を奪い、奴隷を求める者がいる。命が軽い世界において元の世界の常識で物事を判断するのは危険である。その対価が自分の命となれば、殺される前に殺す事や絶対に裏切らない味方を求める事は不思議ではない。しかし、法と倫理という鎖が千切れ、手にした力に酔って獣と化した者は意外なほどあっさり命を落とす。そもそも、世界を相手取れるほどの力を得る異世界人などめったにいない。
ゲームではないのだから食事は必要だし、物を手に入れるにはどんな形でも他者と接しなければならない。
人間である以上一人では生きられないのだから、やりすぎれば現地の法で裁かれるか社会的に孤立し野垂れ死にするのが目に見えている。神などが出張ってくれば99%はゲームセットである。
もし、目を開けた時そこが異世界であったなら、あなたはどんな異世界ライフを願うだろうか?
帰還を願う者、平穏な一生を望む者、冒険を望む者、欲望のままに生きる者、様々だろう。
もし、あなたが異世界に親近感を持っているとしたらそれは危険である。そこは外国よりも遠い国なのだ。
見知らぬ外国に一人で放り出されたらあなたはどうするだろう? 少なくとも「俺は自由だー! 好き放題するぜー!」など考えないだろう。慎重で臆病なくらいでちょうど良い。異世界の自分が強者とは限らないのだから。
注:これは本作中における設定であり内容は完全にフィクションです。
一応……
おおう……盛大に脱線してしまった……。
消すのもアレなんでそのまま投稿。
自分でも何だこりゃって感じですが、なぜだか説得力を感じてしまう自分もいる。
作者の頭、大丈夫だろうか……。
ともあれ最後まで読んでもらえたのなら幸いです。
異世界の存在を仮定してブームや社会情勢を絡めたレポートって感じになってしまいましたが。
次から第3章が始まります。
詳しくは活動報告で。




