黒き襲撃者
来週の連休は外出するので更新できないかもしれません。
ご容赦を。
中央大陸南部に広がる国『ラザイン共和国』。
議会制民主主義のこの国には信教の自由が存在する。
帝国は国民が皇帝以外を崇拝することを許さなかった。
教国では禁止はされていないが、そもそもフラム聖教を信じぬ者は国にいない。
よって、新興宗教というものが起こるのは共和国だけであった。
とある町に一つの新興宗教が興った。
教祖はその町で生まれた青年であった。
彼は幼いころより利発であり、優れた回復魔法の使い手として有名であった。
きっかけは彼の幼馴染の少女が死の淵に立たされたことだった。
彼女は山道を歩いているところを落石事故に遭い、重傷を負った。
それだけならまだ良かったのだが、運悪くその傷から感染症を発症してしまう。
古来より破傷風を初めとする感染症は猛威を振るってきた。
長い間、戦争では直接刃や銃弾に倒れた兵よりも、傷が元となる感染症の方が死者が多いと言われていたほどである。
ペニシリンという抗生物質の登場により、その脅威は減じたがここは異世界である。
帝国で召喚された医師も抗生物質の現物を作り出す事まではできていなかった。
死の淵に立たされた少女を救ったのは、神童とまで呼ばれていた少年であった。
魔法はイメージの強さによってその効果が変わる。
どこで学んだのか人体の構造、感染症の原因、それらを知る彼は見事に少女を治癒して見せた。
2人が将来を誓い合う仲になったのは直後の事であった。
町では少年を神の使いと崇める者が増え、一つの宗教として確立されていった。
彼の治療を受けたものは傷や病気の治りが早くなり、以前よりも健康になった。
だが、成長した2人の結婚が近づいた時、再び女性は病に倒れた。
そして、その病に青年の魔法は効果が無かった。
その病気は癌だったのだ。
それも、かなり進行した。
通常回復魔法は3通りの原理がある。
1つは損傷部位を再構成する魔法。
全身から必要な成分をかき集め、それと魔力で組織を構成する。
2つ目は自然治癒力を強化する魔法。
治癒自体に時間がかかるが、効果が持続するのが強みだ。
原理としては代謝の加速などが挙げられる。
3つ目は異物を排除する魔法。
病原体や毒物といった、本来体内に存在しないものを排除する。
いわゆる状態異常を治療する魔法だ。
だが、癌はこれらの魔法の効果が無い。
損傷では無く変質なので1の原理は効果が無い。
癌は基本的に自然治癒しないので2の効果も無い。
むしろ癌の増殖が活性化されてしまう。
元々自分の体の一部なので3の効果も無い。
そして魔法という技術があるために、この世界では手術という技術が未熟であった。
日に日にやつれていく婚約者を救うべく青年は奔走した。
しかし、有効な手段は見つけ出せず、青年もまた限界を迎えていた。
町の住民たちも何もできず、ただ見守る事しかできなかった。
しかし奇跡は起きた。
その日、住民達の前に現れた女性は病気になる前の美しさを取り戻していた。
青年は神より奇跡の力を与えられ彼女を救ったのだと宣言した。
女性はそれを見せつける様に短剣で自身に傷をつけた。
住民たちは驚愕したが、血を拭った後の彼女の肌からは傷が無くなっていた。
その日、青年は教主を名乗り、女性は聖女となった。
女性がまるで痛みを感じていない様だった事を気にする者はいなかった。
教主は町の住民に次々と『祝福』を与えた。
『祝福』を受けた住民は病気になる前より健康になり、聖女と同じように傷を負ってもすぐ治る様になった。
そして住民は教主を町の指導者に選んだ。
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「や、やめろ……」
町の大聖堂。
教団の本拠地にして教主と聖女の住まいは襲撃を受けていた。
周囲には2人を守ろうと襲撃者に挑み破壊された信者たちが転がっている。
だが、それは異様な光景だった。
バラバラにされた肉片が蠢き、徐々に元の形に戻ろうとしているのだ。
これが教主の『祝福』による再生能力であった。
だが、遅い。
これでは間に合わない。
「頼む。やめて、くれ……」
今、教主の目の前では惨劇が繰り広げられている。
最愛の女性、生涯の伴侶、聖女と呼ばれている彼女が切り刻まれているのだ。
槍を振るう黒髪紫眼、肩に緑色の小動物を乗せた襲撃者に。
腕を、足を、首を切り落とす。
心臓を、頭部を貫く。
炎で焼き払う。
その残酷な光景に教主の心は張り裂けそうになる。
しかし、教主は動けない。
両手両足は骨が砕かれ身動きが取れない。
這って近づこうにも巨大な狼が背中を踏みつけているのだ。
血の涙を流しながら、ただ最愛の女性が蹂躙されるのを見ていることしかできない。
再生しては壊され、再生しては壊される。
教主の心も壊されていくようだった。
と、ようやく飽きたのか襲撃者はその手を止めた。
そしてバラバラになった信者たちを調べていた存在と、何かを話し始める。
それは鎌を持った黒ローブ、死神のような外見の相手だ。
そして襲撃者は呟いた。
他に手は無いな、と。
襲撃者が歩み寄る。
虹色に輝きだした槍に、不吉な予感が膨れ上がる。
目の前に立った襲撃者を見上げると、見下ろす彼と目が合った。
「何で、こんな……」
「言われないと解らないか?」
言葉が出ない。
解っているからだ。
だが、譲れないものが彼にはある。
激情のままに言葉を紡ぐ。
「彼女は僕の太陽なんだ! 彼女のためなら何でもする! どんな犠牲も支払う!」
「イカレてるな」
「黙れ! 世界の全てを敵に回しても、世界の全てと引き換えにしても……」
「もういい、黙れ。お前の力を消す。それで終わりだ」
「待っ」
ズン
輝く槍が教主の胸に突き込まれ、その内に宿るモノを破壊する。
そして、灰は灰に、塵は塵に、在るべき姿に戻っていく。
信者たちの残骸が
再生が終わり立ち上がっていた聖女の身体が
崩れ去って消えていく。
まるで幻の様に。
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転生者教祖様のギフトを駆除し、一息つく。
愛する人のためなら何でも~とか、世界と引き換えにしてでも~とか、漫画やラノベだけにして欲しい。
実際にそんなこと考えたら……まあ、考えるだけなら自由か。
でも実行したら異常者だ。
自分と相手だけになった世界で、どう生きていくというんだろう?
聞いてみようかな。
「なあ……」
「……ない」
「ん?」
「絶対に許さない! 殺す!」
「おおっと」
教祖(教主? まあ、どっちでもいいか)君がマジ切れしてしまった。
誤解の無い様に言っておくが、俺は悪くない。
彼らはすでに人間じゃなくなっていたのだから。
アディルをアロザに託した後、竜の長老に事の顛末を説明しに行った。
こちらとしてはできる限りの事をしたつもりなのだが、結果は結果だ。
まあ、あの異様な邪気は彼らも多少は感じ取れたらしく、残念だが仕方がないということで落ち着いた。
ギフトを駆除する事で供養としたい。
西大陸に行くには共和国から船で行くのが一般的だ。
そして共和国にはフェイのマーカーが残っていたので戻るのは一瞬だった。
すぐに西大陸に向っても良かったのだが、シゼムの様子も気になったので、ちょっと寄り道することにしたのだ。
シゼムの父は留守だった。
顔を合わせると気まずいから好都合である。
一応、目立たないように部屋に向かうことにした。
シゼムは相変わらず半分植物状態だが、自発呼吸ができているし流動食も嚥下できる。
介護してくれる者がいるので生き死にがどうこうという事は無い様だ。
復活するかどうかは彼次第といったところか。
疑似転生は条件が厳しいし、赤ん坊になってしまうので騒ぎになる。
よってやらない、というかやれない。
さて、出迎えてくれたのは3人の従者、アモロ、トマ、オチバ。
彼らもシゼムを治療するための方法を探していた。
そんな時、ある噂を聞いたのだという。
曰く、共和国のある町に誕生した新興宗教。
その教主はどんな怪我も病も治せる聖人なのだという。
さらに、その祝福を受けた者は無病息災、傷を負うことも無くなるのだとか。
何というか怪しさ爆発である。
否定的に考えてしまうのは俺自身の宗教観もある。
だが、実際に神が存在する世界で新興宗教というのもアレである。
教国も一応は白き神信仰だから新興宗教というわけではない。
従者達もそんな都合の良い存在が? と、疑いの目を向けている。
だが、本当ならシゼムを治療できるかもしれない。
結局、俺が直接その町に行ってみる事になった。
どうも気になっているのだ。
どんな病気もケガも~なんて都合の良い魔法は存在しない。
それこそ生贄を使うくらいの大魔法なら別だが、話を聞く限りそんな様子も無い。
例外が在るとすれば、ギフトだ。
あれは表向きでは代償が判りにくい。
後考えられるのは知識か。
地球の医学的知識があれば強力な治癒魔法を開発できるかもしれない。
どちらにしても転生者がいる可能性は高い。
こうして俺は寄り道することになった。
そして例の町に到着した俺は、その惨状に絶句することになる。
いきなりケース①終了。
第2章は次でラストの予定です。
教主視点ではこんな感じでした。
次はフィオ視点となります。
世界の全てと最愛の一人を天秤に、か……。
カッコ良いのかも知れませんが、世界からしたらはた迷惑ですよね。
フィクションの主人公なら許される……のかなあ?
ダーク主人公ならともかくヒーロー主人公だと違和感が出そうな気が。




