転生者達
彼は自分を不幸だと思った事は無かった。
友人がいない、恋人がいない、それは生きる上では必須ではなかったからだ。
衣食住が最低限満たされていれば死にはしない。
ネットをやっていればヴァーチャルの友人などいくらでもできた。
リア充など羨ましくも無い。
だが、心の底では求めていたのかもしれない。
心を許せる友人を。
全てを受け入れてくれる恋人を。
だから、それを手に入れた時、初めて思った。
自分は不幸ではなかったけど、幸福でもなかったのかもしれない、と。
だから、それを失った時、彼は……。
転生先の世界で絶望と嘆きの声を上げた時、種は発芽した。
彼には生きているという実感が無かった。
成熟した社会、高度な福祉。
それらは赤子も老人も等しく守り、生かした。
だからだろうか? 自分が『生きている』のではなく『生かされている』と感じるようになったのは。
ガラス越しの現実、フィルターの向こうの世界。
彼はそれを取り払おうと努力した。
そうしなければ自分は生きた死人だ。
いつか心を病んで自殺してしまうだろう。
そう思った。
だが、彼が生の実感を得た時、方向は違ったが彼はやはり壊れていた。
彼は他者を傷つけることで生の実感を得たのだ。
苦痛の声が、飛び散る血が、肉を抉る感覚が、彼にとってはそれこそが現実の証だった。
犬猫に始まり終には人へ、連日ニュースの主役となる殺人鬼の誕生。
21人目を殺害した後、彼は捕まり死刑となった。
そして、新たに訪れた新天地はこれ以上ない程の現実だった。
命が軽く、殺してもいい生き物がそこら中にいる世界。
優秀な冒険者の皮を被り、今日も彼は命を奪う。
自分が生きるという事は他者を殺すという事。
それこそが彼の存在意義だった。
そんな彼らを放浪の邪神は楽しげに見つめる。
短い期間で2つも玩具を壊されてしまったが、転生者はまだ残っている。
邪魔者の存在をはっきり認識できたのだから、むしろプラスだろう。
自分は庭を荒らすために害虫を送り込んだ。
ハノーバスの神は対抗して庭師を送り込んだ。
お互いに直接手は出せないから取れる手段は似通ってくる。
もっとも、転生者達がどうなろうと知った事では無い。
見ていて楽しければそれで良いのだ。
とはいえ、今回は悪ふざけが過ぎたようだ。
悪魔と転生者の戦いに、神力の欠片『ギフト』を動かして干渉したのだ。
そのおかげで一時は転生者が有利になったが、結局は地力の違いで負けてしまった。
もっと手を出そうかと思ったが、その誘惑を必死に押し止めリンクを切断した。
その判断は正しく、直後に巨大な黒い蛇神が現れたのだ。
転生者に干渉した時に漏れた神気を嗅ぎつけたのだろう。
若いが恐ろしく強力で鼻の利く神だった。
既にリンクを切り、その場を離れていたので難を逃れた。
しかし、誘惑に負けて遊び続けていたら滅ぼされていただろう。
かつての自分はもっと慎重だったような気もする。
しかし、自分にとっては悦楽こそ全て、楽しければ良いのだ。
今回の危機も乗り越えられれば最高のスリルだった。
さて、次も自分を抑えられるだろうか?
ああ、楽しみだ。
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「『転生者ネットワーク』というのは、ネットの掲示板みたいなものかな。私達だけに見える画面が開くんだよ」
「成程、そのまんまだな。って事は、直接顔を合わせたことは無いのか?」
「ああ、その通り。解るのは今の名前くらいかな? あとは本人が書き込まなければ知り様がない」
「人数は?」
「私とシゼム君を含めて10人と少しくらいかな。もちろん、ネットワークを利用していない者がいる可能性はある。そんなに多くはないだろうけどね」
「便利だからか?」
「不安だったからかな? 同じ境遇の人と話し合えると安心できるからね」
「ふむ、そういうものか」
俺には同胞も何も無いからな。
あえて言えば使い魔だが、連中は兄弟みたいなものだし。
まあ、それはともかく人数が判ったのは収穫だな。
場所も分かれば便利なんだが。
「当てが無いなら西の大陸に行くと良いと思う」
「西? 確かエルフやドワーフなんかが多く住んでいるんだったか……」
別名『妖精大陸』森や山が多く、遺跡も多く残されてるとか。
南大陸からは行けないから、中央大陸の共和国を経由して行くんだったな。
シゼムのいたあの町からも船が出ていたはずだ。
「そう、そして冒険者ギルドの本拠地がある。転生者は半数が冒険者になっているらしいからね。西大陸なら彼らに会える可能性が高い」
「冒険者ね。確かになってる奴は多いだろうな」
西大陸にはかつて古代妖精アールヴの強大な魔道文明が存在していたらしい。
中央大陸が部族乱立の時代だったことを考えると、ちょっとおかしい発展具合だ。
ただ、それは1人の亜神によって維持されていたのだとか。
ちなみに亜神とは妖精族の神種のことで、神人や神獣と同格だ。
獣人の神種は半神だったかな? 魔族も亜神だ。
で、その亜神が死んだ後、誰も後を継げなくて滅亡したんだとか。
亜神は長寿だが不死ではないからな。
残された普通の古代妖精達では、超絶性能の魔道具をメンテして維持する事もできなかったらしい。
ん? って事は、その亜神は国中の魔道具の全部を自分だけで面倒見てたわけなのか。
……死因は過労死なんじゃね?
ともかく文明を支えていた魔道具は失われてしまった。
そして高度文明に慣れきっていた古代妖精アールヴ達は一気に滅んでしまったそうだ。
日本人がジャングルに放り出されたようなものか。
そりゃ死ぬな。
まあ、滅んだと言ってもアールヴという種族がいなくなっただけだ。
彼らは環境に適応し別の種族になったのだ。
そう、現在の妖精族である。
森林に住まうエルフやフェアリー、山岳地帯に住むドワーフ、平原に住むグラスワーカーが代表的だ。
冒険者とは未開の地となった領域や、古代文明の遺跡を探索する者達から始まったそうだ。
そして今日のような何でも屋になった時、冒険者と依頼者を仲介する組織が必要になった。
それが冒険者ギルドである。
冒険者発祥の地である西大陸にギルドの本部があるのは当然の事であった。
「……よし、ギフトの危険性についてネットワークに流した。まあ、聞き入れてもらえるかは自信ないけどね」
「やらないよりはマシだろう。後は……」
「すまない、邪神やギフトについては私達も詳しいことは知らされていないんだ。所詮、我々は苗床ってことなんだろうね。不自然な所などいくらでも在ったのに、なぜ盲信してしまったんだか……」
「転生なんて超常体験したんだ。なんでも信じる気になっても仕方ないさ。後は、まあ、ラノベの影響かね……」
「は? らのべ?」
「真面目な軍人さんには縁が無かったか。あ、そうだ、さっきのヤバそうな奴がいるってのは?」
「おかしな書き込みをしていた者がいたんだよ。確か……」
ケース①
恋人との惚気を書き込みまくる
⇓
恋人が病気、と錯乱したように治療法を聞いてまわる
⇓
超ローテンションで死者復活の方法を尋ねる
⇓
音信不通
ケース②
鍛冶師として活躍していることを自慢する
⇓
壁にぶち当たったらしく、やたらと愚痴る
⇓
冗談で出た某漫画の『スピア オブ ビースト』の話題に食いつく
⇓
音信不通
ケース③
自分はとある種族の大貴族の嫡男に転生したと自慢する
⇓
自分は将来、王女と結婚して王になると自慢する
⇓
王女が異種族の幼馴染と仲が良いと当り散らす
⇓
その幼馴染が別の転生者と同一人物であることが発覚
⇓
両方とも音信不通
……ナニコレ?
既に事が起きた後のような気しかしないんですけど。
特に最後のケース③ってナンデスカ?
俺にどうしろと?
仲介して和解させろと?
それとも両成敗で始末しろと?
何で邪神が1度しか手を出さなかったのか? その理由はバレそうだったから。
黒き神は頑張っているんです。