終局
不完全ながらも顕現した魔神。
それが獣人達に与えた衝撃は凄まじかった。
だが結界に阻まれ、その影響は外部には全く漏れ出さなかった。
例えば竜達の巣では『何か派手な戦闘が起きている』位の事しか判らなかっただろう。
しかし、獣人達はその眼で見てしまった。
ちなみに魔神は純粋な神気の塊で決まった形を持たない。
人型になったのはフィオのイメージが影響していただけで、形そのものに意味はなかったのだ。
その光は神気の輝きであり、目を焼くようなものではない。
しかし、霊力という特殊な感性を持つ狐獣人達にとっては、太陽を直視するようなものだった。
その結果、目という器官ではなく、浄眼、霊眼などと呼ばれる感性を焼かれてしまった。
イチョウ達を筆頭に、優秀な者ほどブレーカーが落ちる様に気絶してしまった。
大パニックに陥るかと思いきや、状況は全く逆である。
理解不能の事態に皆が呆けてしまったのだ。
静寂に包まれた戦場で悪魔と竜巨人の最後の戦いが始まった。
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「おお、予想より力が出せるな」
半魔王形態のフィオが体の具合を確かめる。
大悪魔の体を使い魔のパーツで補強したような異形の体。
大悪魔形態と同じ感じで使えそうだ。
ちなみに完全な魔王形態なら、体の各部を自由に使い魔のパーツに変化させ、千変万化の攻撃を繰り出せる。
戦術の幅は無限といってもいいが、その分制御が難しい。
人間としての感覚を、完全に捨て去ることが出来なければ使いこなせないだろう。
そういった意味では自分の能力を掌握するという事は、人間としての自分を捨てていくという事になるのかもしれない。
あんまり考えすぎるとナーバスになりそうだな。
俺は俺、今はそれで良いだろう。
まずは目の前の敵だ。
〈GU……GI……〉
「ずいぶんと弱ったもんだな……」
神気を浴びたせいだろう、邪気と歪みが抜け落ちている。
だが、ギフトそのものを破壊することはできなかったらしい。
成功すれば竜化の能力は失われ、元の姿に戻るはずだからな。
魔神形態じゃないと神気は使えないし、どうするべきか……。
魔眼でニクスの様子を観察する。
膨大な魔力も猛烈な勢いで減少している。
ギフトは沈静化しているようだ。
だというのに、その眼は狂気に染まったままだ。
手遅れだったか?
「ん? あれは……」
その時、俺の目にある物が映り込んだ。
……駄目元でやってみるか。
「行くぞ!」
〈GAAAAA!〉
バキャッ!
ニクスに突進し真っ向から殴りかかる。
ギア以上のハードパンチが竜巨人を打ちのめす。
殴られた部分は崩壊し、魔力となって拡散する。
即座に傷は修復されるが、竜巨人の体の密度が薄くなっていく。
ザンッ! ガリッ! パキィ
ニクスの攻撃もあえて受ける。
斬りかかった爪が、突き立てた牙が、逆に折れ砕ける。
形勢は明らかだった。
そろそろ行けるか?
ガシッ!
〈GIU!?〉
ニクスに組み付き動きを封じる。
そして密着状態から胸部の宝玉に魔力を込める。
放たれるのは万物を焼き払い、石に変える閃光。
ギアの【ブラフマー】だ。
カッ!
赤い閃光がニクスを貫く。
密度の低下した竜巨人の体は、レジストできずに石化していく。
拘束を振りほどこうとするが完全に力負けしている今、それも叶わない。
2発、3発、ブラフマーは連射され、ついに竜巨人を完全に石像へと変えてしまった。
ミシミシ バキャア!
フィオが力を込めると竜巨人の巨体はあっさりと崩壊する。
砕け散った竜巨人の破片、その中にフィオは目標を見つけた。
胎児の様に丸まった竜人、ニクスの本体だ。
「来い」
フィオの呼び声に応え、その手に神槍杖が転移する。
ニクスのブレスを受けた時、落下してしまったフィオの武器。
しかし先程、地面に突き立った神槍杖に神気が漲っていることに気付いたのだ。
クールタイムが終わったのか、魔神化した影響かは不明だが好都合だった。
「【ロンギヌス】起動」
半魔王の巨体からすれば鉛筆程しかない神槍杖、それが膨大な神気を宿す。
それは魔神を槍型にしたような光景だった。
その時、ニクスの目がゆっくり開いたのは偶然か必然か。
「ギフトを撃ち抜け【ブリューナク】」
ズン!
「?」
胸を貫く神槍を不思議そうに見つめるニクス。
次の瞬間、傷口から禍々しい邪気が吹き出し消えていった。
ニクスに植え付けられていたギフトは消滅した。
グラリとニクスの体が傾く。
胸に神槍を突き立てたまま、仰向けに落下していくニクス。
それを見ながらフィオは神槍杖に新たな命令を与え、半魔王化を解除した。
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「……私は?」
水中から浮き上がる様にニクスは意識を取り戻した。
痛みは無い。
と、言うより感覚自体が無い。
目を向けると自分は胸を槍で貫かれ、大地に磔状態にされているらしい。
更に両手両足は砂の様に崩れかけている。
だが、崩れかけているだけで崩れてはいないようだ。
更にはこの槍、ドクンドクンと脈打つように自分に魔力を供給してくれている。
ニクスは直感的に思った。
これが無ければ自分は崩れ去ってしまうのではないか? と。
「お目覚めか」
「君か」
そこに立っていたのは直前まで殺し合っていた青年だった。
そういえば、この槍は彼の武器だったはず。
ならば彼が自分の命を繋いでいるのだろうか?
なぜ? 何のために?
「記憶ははっきりしてるか?」
「ああ、何時になくね。自分が何をやってしまったのかも……」
そう、あれは暴走だった。
自分が自分でなくなり、ガラス越しの光景を見ているような感覚。
それでも同胞を、盟友を贄としたのは自分なのだ。
「ふむ、大したものだな……。廃人になってもおかしくないんだが。まあ、これで素直に話を聞いてもらえるか」
「はは、手遅れっぽいけどね。ギフトは己を蝕む呪いか……。君の言うとおりだった訳だ」
「……何だか口調が変わったな」
「そうかな? ああ、そうか。前世の、元の世界の話し方になっていたか」
そして、殺し合いの後の自己紹介が始まる。
かつての世界での自分の話、彼が元人格データであるという驚愕の情報。
彼の立場と役割、真の神と邪神。
邪神に関しては推測混じりだったが、おそらく大きく間違ってはいないだろう。
自分が出会った神は……。
「そういえば、今更だが教えて欲しい。この槍は何をしているんだい?」
「ああ、一種の生命維持装置として働いている。この結界は強力な断絶結界でね。この中で放出された魔力は結界内に留まっているんだ」
「成程、それをこの槍が私に流し込んでくれているのか。肉体と精神の維持をしてくれてるってわけだね」
「理解が早いな、流石は元エリート。だが、それもあまり長くは持たないぞ。少しずつ魔力は拡散するし、何よりあんたの肉体はもう限界だ。槍を抜けば即座に死ぬ」
「そうか……。まあ、これだけの事をしでかしたんだ死んで当然か……」
「……まあ、その辺は少し考えがある。それより本題だ。あんたが知っている限りの事を教えてくれ」
「うん、元よりそのつもりだよ」
私の様に暴走するような事があってはならないからね。
ん? ああ、そうか、シゼム君も……。
ようやく、彼がなぜシゼム君を廃人にしてしまったのか理解した。
シゼム君も私と同様に……。
「その通り。とっくに正気を失っていたよ。ギフトは浄化したが、もう魂がボロボロでね。廃人になった。回復するかは正直解らない。まあ、その経験があるからこんな事ができるんだが」
「そうか……、実はヤバそうな転生者に心当たりがあるんだ。最近ネットワークを利用していないんだが、その直前は明らかに様子がおかしかった」
「ん~、まずはそのネットワークについて教えて欲しい」
「了解だ」
こんな程度で罪が償えるとは思えない。
だが、他の皆が同じ過ちを犯さないように出来る事はこれくらいしかない。
残された時間の限り、全てを彼に伝えねば。
ようやく決着。
次回、事情聴取開始。
今後の指針となる情報がニクスの口から出てきます。




