ファミリア③
星天の空に青白い光が走る。
それはドラゴンの最強武器であるブレス。
圧縮された魔力に指向性を持たせて放出する、魔法仕掛けの荷電粒子砲。
放たれる五本の閃光は一軍を殲滅しうる。
その威力は天災にも等しい。
成竜とは本来ならばそれ程の存在なのだ。
故に彼らは多種族とのかかわりを避ける。
力を持つからこそ安易にそれを行使しないために。
だが、ここに心を縛られ生きた災厄と化した成竜が5体。
黒竜カダラ。
ニクスと最初に接触した竜。
彼はニクスの後見人を自負していた。
それが、いつの間にニクスを『主人』と見るようになったのか。
なぜ、ニクスがそれを当然の様に受け入れているのか。
赤竜カラベラ、青竜カンダ。
彼らは友であるカダラの頼みでニクスに協力した。
カダラの友は自分達の友。
友であったはずのニクスはいつの間に主人となったのか。
白竜コピス。
彼はカダラ達が獣人に協力していることを知り、興味を持った。
暇つぶしに観察していたのだが、いつの間に自分も協力するようになったのだろう。
黒竜サパラ。
カダラの親戚であり、竜の掟を重視する生真面目な竜。
彼はカダラ達に獣人への協力を止める様に忠告していた。
ニクスの元にも何度も訪れ、カダラ達と縁を切る様に説得していた。
そんな彼も何故かニクスに従うようになった。
そして
〈グギャオオオ!〉
〈ガアアア!〉
〈最早、言葉も解さぬか……〉
まるで下級のモンスターの様に暴れまわる5体の竜。
彼らを見るカリスの眼には憐憫の情が浮かんでいた。
自分とは『違う』存在だが彼らも誇り高き竜族だ。
気高き竜族とは思えぬ姿は見るに堪えなかった。。
バジュゥゥゥ……
カリスはブレスを避けようともしない。
直撃したところでダメージなど無いからだ。
竜達の行動は火山に松明をぶつける様なもの。
総エネルギー量の違いは5対1でもそれだけの差がある。
搦め手が使えればまだやり様はあるのだろうが、狂った竜達にそんな思考は無い。
直撃したブレスは空しく拡散し、お返しとばかりに虹色の光球が放たれる。
カリスの周囲に次々と発生する光球は、誘導弾の様に竜達に襲い掛かる。
ブレスより威力は低いが、遠近両用で連射もきくこの能力は非常に使い勝手が良い。
これ一つで技が大味というドラゴンの短所を覆せる。
ドドドドドン!
〈グア!?〉
〈ガフゥ!?〉
〈ガグゥ!?〉
さすがは成竜と言うべきか。
全身に被弾し、傷つきながらも墜落する者はいない。
だが鱗は剥がれ皮膜は破れボロボロの状態に追い込まれている。
普通ならここまで力の差があれば降参するのだが。
〈多少手荒になるが、仕方あるまい……〉
説得は無駄、よって無力化する。
竜の急所は3つ、神経中枢である脳、循環中枢である心臓、魔力中枢である魔力炉だ。
魔力炉は別名『魔核』とも呼ばれ魔獣の大半が持つ器官だが、竜は特別その出力が大きい。
そして魔力炉から直接魔力を破壊エネルギーとして引き出すのがブレスであり、魔力炉の外側に現れるのが逆鱗である。
逆鱗とは急所の表面であるため、弱点部位であり、触れるだけで竜は怒る。
逆に言えば、これらの急所を外せばそう簡単には死なない。
まして相手は成竜、カリスの基準からすれば低位中級の存在。
生命力はそこそこだ。
ちなみにカリス基準とはRWOにおける設定である。
まずドラゴンは高位の『龍』と低位の『竜』に分かれ、その下に眷属の『亜竜』が存在する。
龍は悪魔や天使と同じ高等霊的生物であり、カリスたち古竜はここに分類される。
そして竜は上級のエルダー・ドラゴン、中級の通常のドラゴン、下級のレッサー(ベビー)・ドラゴンに分類されるのだ。
こちらの世界のドラゴンにこれを当てはめるとカリスは高位上級、長老は高位下級、長は低位上級、成竜は低位中級、幼竜は低位下級となる。
そして竜は龍に進化すると世界樹の守護につく。
よって龍であるカリスが、フリーで地上をウロウロしているのは反則と言ってもいい事だった。
〈落ちろ〉
〈〈!?〉〉
カリスの肩の後ろ、背中の大型の水晶柱。
そこから吹き出す光が勢いを増し、ロケットの様に巨体を加速させる。
虹色の軌跡を残し、斬撃が走る。
一番近くで並んでいたカラベラとカンダの両の翼が、一瞬にして爪で斬り飛ばされた。
水晶を纏い剣の様に伸びていたカリスの爪が、カシャリと音を立てて崩れ、元の長さに戻る。
ドラゴンは魔力で飛行しているが、推進器でありバランサーの翼を丸ごと失えばさすがに飛べなくなる。
2頭は訳も分からないまま墜落し、受け身も取れず大地に叩き付けられた。
死んではいないが気絶している。
獣人を木っ端の様に薙ぎ払う巨体と重量が災いしてしまった形だ。
カリスは止まらない。
急速旋回すると残る3体の中心に突撃、その際身に纏う魔力障壁を一部解除した。
飛行時に展開する魔力障壁は空気抵抗を遮断する効果もある。
それを解除して音速を超えればどうなるか?
パァン!
〈グガ!?〉
〈アガ!?〉
〈グブッ!!〉
弾けるような音と共に凄まじい衝撃波が発生し3体の体勢を崩す。
ついでに勢いのまま、サパラに尻尾の一撃をお見舞いする。
強固な鱗に突き出した水晶、カリスの尻尾は鞭のようにしなるメイスだった。
まともに腹に食らったサパラの肋骨が砕け、内臓に突き刺さった。
あまりのダメージに飛行を維持できず墜落するサパラ。
川に落下したので死にはしないだろう。
と、サパラに目をやっていた隙にコピスが急速に接近する。
後方の死角から開かれた咢がカリスの首を狙う。
ブォン ベキィ!
しかし、振り向く勢いのまま裏拳が振り抜かれ、コピスの顔面にめり込んだ。
カリスは視覚のみに頼っているわけではない。
この程度の不意打ちなど意味をなさない。
しかもカリスの腕は肘まで虹色に輝く水晶が、ガントレットのように覆っていたのだ。
グルリとコピスが白目を剥き、口からは折れた歯がパラパラと零れ落ちた。
脳震盪を起こし、完全に意識が飛んでいた。
グラリと体が傾ぎ、そのまま落下していくコピス。
それを見届けることも無く、残った最後の1体に目を向けるカリス。
最後の1体は最初の1体、カダラであった。
〈グルアアアア!〉
すでに効かないと解っているはずなのに、カダラはブレスを撃とうとする。
最強の攻撃が全く効かない時点で勝負にならないのだが。
カリスはガントレットを纏った腕を突き出し、カダラに突進する。
カダラの口から放たれるブレス。
パアアアアア
ブレスはホースの水の様にガントレットに散らされ、拡散していく。
そしてカダラがブレスを吐き終わる前に、カリスの拳がその口に突っ込まれた。
発射口を塞がれたブレスは逆流、暴発しカダラの体内を蹂躙する。
内側から全身を焼かれたカダラはそのまま気絶した。
カダラを川に放り込んだカリスは、遠く離れた戦場に目を向ける。
ニクスの魔力が不自然に増大しているようだ。
取り敢えず最大戦力であった成竜の無力化は完了。
後はおかしな動きをしないように見張っていればいいだろう。
戦場に戻れないのは残念だが、主人がニクスに負ける事など有りえない。
カリスは戦いの終局が近いことを感じていた。
時を同じくして、フィオはカリスの勝利を、ニクスはカダラ達の敗北を感じ取っていた。
戦いはすでに収束に向かっており、自分たちの戦いが最後の決戦である。
ニクスにしてみればフィオを倒したとしても、戦争に勝利できるかは怪しい。
いや、1人で10体以上の神獣を相手に勝つことなど不可能だと理性では解っている。
それでも止まれない。
止まる訳にはいかない。
負けて死ぬならともかく、生き恥をさらすことだけはできない。
それではこの戦争で死んでいった者達へ顔向けできない。
荒れ狂う力を必死に制御し、竜人は悪魔に挑む。
カリス無双。
魔人形態のフィオより強いんだから当然と言えば当然ですね。




