幕間③ 教国にて
新たなる指導者を迎えたフラム聖教国。
戦闘の痕跡を修復し終えた大聖堂。
その日、会議室には新首脳陣が一堂に集結していた。
法王は優れた政治家であるヨハン。
枢機卿は軍事担当のゲオルグ、聖職者統括のアニタ、元審問会代表のベイガー。
そして司教はアニタの補佐を務めることになったヘレン、外交担当のリック、ゲオルグの弟子であるミレニア。
最後に天翼騎士団元帥のウェイン。
司教は本来12人だが前首脳陣との繋がりなどを調査しているため、残りの9人はまだ決まっていない。
調査を行っているのは『審問会』。
ベイガーが枢機卿に就任したことで脱退することになったこの内部監査機関だが、後を継いだ者達は精力的に働いている。
指揮を執る3人は自らをA、B、Cのコードネームで呼び、それぞれが宝剣を振るって犯罪者を刈り取っている。
慎重に慎重を重ねて捜査をしているが、黒だと判明した後の行動は迅速にして苛烈。
問題の麻薬を持ち込んでいた犯罪組織は教国内から徹底的に排除された。
前首脳と通じて不正を行っていた者達も、幹部であろうと富豪であろうと等しく闇に葬られている。
もし自分たちが道を外れれば、彼らは迷うことなくその刃を向けるであろう。
そう、彼らは狂信者だった。
黒き裁きの神に魅入られ正義に狂った集団、それこそが今の『審問会』だった。
何故なら彼らは神を見たのだから。
何故なら彼らは神と言葉を交わしたのだから。
何故なら彼らは神に救われたのだから。
ヨハン達『表』の聖職者は白き神と聖者フラムを信仰し民を導く。
彼ら『裏』の聖職者は黒き神と聖なる魔を信仰し悪を裁く。
それが今の教国の姿だった。
もちろん審問会を危険視する声はあった。
しかし、そういった声は大きくならなかった。
暴走の危険は低いと判断されたからだ。
何故なら、彼らは『滅私』を信条としていたからだ。
良き父、良き母、良き夫、良き妻、良き息子、良き娘、それが仮面を外した彼らの姿だった。
しかし、家族のため、友のため、恋人のため、同胞のため、力無き者達のため。
仮面を被った彼らは己を殺して刃となる。
そこには自己の欲も打算も無い。
仮面に刻まれし黒き蛇の刻印に誓って、彼らは自分以外の誰かのために動く。
その存在は公にはされていないが、教国の民は陰から自分たちを守る存在があることには気づいていた。
同様に犯罪者たちは、闇の中から自分たちを狙う刃に怯えるくらいならと更生するか国を出た。
余談だが、仮面に黒蛇を刻印したことで彼らの能力は向上している。
十字架や神像のように、信仰心と媒介が揃うことで一種の受信機のような効果が発揮することがある。
仮面は彼らに黒き神の祝福を与えているのだ。
その事実は、彼らの信仰をより深めることになる。
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「では、私から報告しよう」
正面最奥の席に座ったヨハンが会議の開始を宣言する。
議題は内政、騎士団の状況、そして前上層部による不正と犯罪組織への対応。
それに帝国訪問から帰ってきたリックの報告も今後を決める上で重要だ。
「財政状況は悪くない。と、言うより良好だ。横領されていた資金が膨大だったからな。これまでコツコツとやり繰りしていたのが馬鹿らしく思えるほどだよ」
ヨハン法王は思わずため息を吐く。
財政を担当していたので不正が酷いという事は知っていた。
しかし、教会上層部の人口比にして0.01%にも満たない人間が税収の30%以上を、毎年懐に入れていたなど予想外もいい所だった。
使い込まれてはいたが、国家予算10年分以上の資金が回収できた。
とんでもない額であり、どれほど長く搾取が行われてきたのか想像もできない。
これを福祉やインフラ整備に使えば、失業者への仕事の斡旋もできる。
現代で言う公共事業のようなものだ。
それに、こういった工事は時間をかけるほどに必要な予算が膨らんでいく。
大量の資金を投入し、大勢の労働者を雇い、一気に国中の開発を行う。
長い目で見れば確実に黒字となるであろう。
それ以外にも治療院や孤児院なども建設している。
収入は期待していないが必要な施設であり、未だ数多く残る失業者を職員として雇用すれば一石二鳥。
職業訓練は必要だが、しばらくすれば軌道に乗るはずである。
この辺はアニタやヘレンが担当している。
聖職者の質の改善は急務であったが、民への施しは行わなくてはならない。
これら国民への還元もあり、ヨハン達新首脳陣への評判は良好であった。
「騎士団の編成状況ですが……」
次はゲオルグとウェインの行っている国軍である天翼騎士団の再編だ。
前上層部と癒着して横暴に振る舞っていた者達は軒並み降格されている。
実力がある者はそれなりの地位に留まっているが監視付である。
もちろん中には新上層部に取り入ろうとする者もいた。
しかし、ゲオルグもウェインもそういった者達は容赦なく処分した。
ここで手を抜けば将来に大きな禍根を残すことが判り切っていたからだ。
中には中央から追い出された前上層部のシンパと手を組み、反乱を企てる者もいた。
しかし、彼等は皆いつの間にかいなくなってしまった。
誰が手を下したかなど考えるまでも無い。
これこそが彼らの仕事なのだ。
大量処分による人員の減少により、現在騎士団は2部隊になってしまった。
しかし、最近帝国が大人しいので現状では特に問題は起きていない。
第1部隊が国内を守り、第2部隊が念のため国境を守っている状況だ。
洗脳の魔具によって精神にダメージを負った勇者隊の状況は芳しくない。
精神力の強い者や洗脳の影響が弱かった少数は復活し、審査の後に騎士団に合流している。
しかし、コネで入った実力が伴わなかった者、あまりに長期間操られていた者などは未だに昏睡状態だ。
そして、目を覚ましたら覚ましたで暴れそうな者もいるのが悩みの種である。
「次に犯罪組織についてだが」
ベイガーが審問会から得た情報を伝える。
国内の犯罪組織は末端に至るまで、ほぼ完全に駆逐された。
これは共和国の本拠地からの支援が途絶えたことも大きい。
新たな人員も送り込まれた様子が無く、不気味なほどであった。
共和国にまで潜り込むことはしていないが、商人たちの噂などでそれらしきものがあった。
なんでも共和国で最大規模の犯罪組織が壊滅し、残された証拠から有力な議員との癒着が明らかになったのだという。
現在、共和国は国がひっくり返るほどこのスキャンダルで揺れており、犯罪組織への風当たりも強くなっているらしい。
その影響で麻薬を流していた組織も、身動きが取れないか壊滅したのだろうと予想された。
「ではリック、帝国で何が起きていたのか。君の見聞きしたことを教えてくれ」
「はい。まず大きな事件は3つ。異世界人の失踪、王侯貴族の暗殺、皇帝を含む帝国軍の潰滅です」
リックは現在帝国を動かしているヴァンデル公爵と謁見することができた。
ヴァンデル公爵はもともと穏健派であり、話の通じる人間であった。
そして彼からここ数ヶ月で起きた大事件を知らされたのである。
公爵自身も隠そうと思っていないらしく、リックは知りたい情報のほとんどを手に入れることができた。
今はまだ、あちこちで反乱や暴動が起きているようだが、公爵に対抗できるような者はいないようだ。
遅くとも半年以内に帝国は公爵が完全に掌握することになるであろうと思われた。
「それとヴァンデル公爵は教国と敵対する意思は無く、お互い国が落ち着いたら話し合いの席を設けたいと……」
ここでヨハンは苦笑することになる。
ヴァンデル公爵はこちらの事情をかなりの精度で掴んでいる。
密偵が送り込まれているのかもしれないし、あるいはリックに気前よく情報を与えておいて実は彼から巧妙に情報を引き出していたのかもしれない。
前皇帝はプライドが高いだけで優秀とは言えない人間であった。
しかし、公爵は正直底が見えない。
その公爵をして『自分以上』と言わしめる息子とはどんな人物なのだろう。
「敵対するべきではないな」
「同感です」
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会議は終わり、解散となった。
法王のヨハンは日課の礼拝に向かう。
場所は礼拝堂。
神の意志が顕現した聖地。
長い祈り。
彼は先の会議の内容を思い起こしていた。
白き神の像に報告するように。
祈りを捧げ終えるとヨハンは立ち上がった。
心に引っ掛かるのは事件の起きたタイミングであった。
帝国、教国、共和国の3国でほぼ同時に大事件が起きている。
その内容もほぼ同じ、多くの血を伴う浄化と再生。
「帝国と共和国も彼が?」
脳裏に浮かぶのは黒髪の青年。
神槍を振るい神獣を従える真なる神の使徒。
彼の行動が彼自身の意思なのか、それとも神の命なのか。
ヨハンには解らない。
だが、自分は託されたのだ。
ならば精一杯やるだけ。
さしあたっては水路の工事費か。
法王になっても現場気質は変わらないヨハン。
ブツブツと予算案を呟きながら礼拝場を後にする。
その背を白き猛禽の像が満足そうに見つめていた。
久々の更新。
ちょっと間が空いたのでワンクッション。
次回から本編に戻ります。




