竜殺し
俺の接近にニクスも気付き、身構える。
さすがに、そう都合よく隙をさらしてはくれないか。
竜化したニクスも再び両手に武器を握る。
本来なら身の丈ほどもあるだろうハンマーと戦斧が小さく見えてしまうな。
身長は3mくらいだろうか? 巨人という程ではないが十分にでかい。
「フッ!」
「オアアアアアァ!」
ギィン ザクッ
振り降ろされたハンマーを石突で弾き、逆に一撃を加える。
傷自体はかなり深かったが巨大化した分浅く見えてしまう。
再生能力が働き即座に出血も止まる。
しかし
「ムゥ? コレハ……」
「出血は止まったが、傷が消えないのか? ……ああ、成る程」
声帯の形が変わったのかニクスの声はやや片言だ。
それはともかく、奴の再生能力が阻害されている原因には心当たりがある。
しかし、そうなると【竜化】ってしない方が良かったのか?
いや、使わなければ地力の差で負ける。
結局は使わなければならないか。
バシュ!
取り囲むように放った風の刃。
全方位からの攻撃は回避が困難だ。
ニクスは急所への攻撃だけを躱し、脱出する。
頑健さと回復力で強引に切り抜けたか。
距離を詰めたニクスが攻撃に転じる。
だが、振り下ろされる斧は力任せで粗い。
正面からは受け止めず、受け流してカウンターを食らわす。
……なんか、さっきより弱くなってないか?
いや、強い弱いではなく戦いやすいと言った方がいいか。
確かにパワーも防御力も回復力も跳ね上がっている。
しかし、巨体になった分スピードはさほど上がっていない。
むしろ、的が大きくなって回避に支障が出ている。
そして、さっきまでの見事な技が見る影もない。
棍棒を振り回すオーガやトロールみたいだ。
そうだ、俺はこの状態には見覚えがある。
プレイヤーとアバターの体格の不一致によって起こる障害だ。
通常のRPGでは人型以外の種族を操作することなど珍しくも無い。
しかし、VRゲームになった途端そういったゲームは少なくなる。
何故なら人型以外のアバターの操作は、非常にプレイヤーに負担がかかるからだ。
つまり、アバターを脳が自分の体と認識できないため身動きが取れなくなるのだ。
それが肉体と精神のミスマッチ。
2本の手足があり、頭があればまだ良い方だ。
魚、鳥、軟体動物、そして空想のモンスター。
人間とは構造が全く違う動物に人間の精神はマッチングしない。
できない。
無理にアバターを動かして何とか操作に成功した例もあったらしい。
しかし、今度は現実の自分の体を動かせなくなって入院してしまったそうだ。
RWOでも翼という本来存在しない器官を動かすのはかなり大変だった。
今、ニクスが感じているのもその一種だ。
簡単に言えば体格の不一致。
身長130cmの子供が身長2mのアバターを即座に操作できるか?
答えは当然のごとく否。
かなり時間をかけないと馴染まないし、慣れると今度は本体で動くときに違和感が出る。
こういった弊害から、VRゲームは基本的に開始時に体格をスキャンして本体とアバターの体格を合わせる様になっている。
もちろん、いじる事もできるが不利な事の方が多いので大半のプレイヤーはそのままだ。
そして、それは『電脳空間の寵児』『VRゲームの申し子』とされるサイバー・ジーニアスも例外ではない。
もちろん一般人よりは適応は早いだろうが、完全に影響なしとは言えない。
かつて俺はゲーム中で【悪魔化】のスキルを使用して人外に変身した。
あの時は圧倒的なパワーで正面から敵をねじ伏せたわけだ。
だが、逆に言えばあの時俺はそうする事しかできなかったのだ。
巨大化した体は細かい制御が利かず、槍も無いから殴りかかるしかなかった。
完全に持て余していたのだ。
デーモンブレスなどは使おうと思うとセミオートで使用できた。
しかし、俺自身はあのアバターの能力を完全に発揮できていたわけではなかったのだ。
尤もあれはあれで戦い方に問題があったわけではないと思っている。
圧倒的な巨体とパワーがあればチマチマした技は必要ない。
力任せに暴れるだけで十分だ。
相手が多数ならなおさらである。
うちのギアなどがいい例だろう。
話が逸れたが、要はニクスは巨大化した体を持て余しているのだ。
かと言って、力任せに暴れるにはサイズが中途半端だ。
慣れれば普段よりはるかに強いのだろうが、一朝一夕でどうこうできるものではない。
【竜化】の発動条件を見る限り使ったのは初めてだろうしな。
これが生まれながらの先天的な能力ならまた別だったのだろう。
例えばこの世界の吸血鬼は霧や蝙蝠、狼に変身できる。
彼らは、初めからそういう存在として生まれているから違和感など無い。
本能的に肉体と精神が調整される。
だが、【竜化】は後天的な能力だしニクスの中身は俺と同じ異世界人だ。
変身能力など慣れているはずもない。
軍人であった(と思われる)ニクスがVRゲームに習熟していたとも思えない。
つまり、自分の身に何が起きているのか解っていない可能性が高い。
この状況での不測の事態、さぞかし慌てているだろう。
もちろん手心を加えるつもりなど毛頭も無い。
振るわれる武器に対してカウンターを決める。
溜めの大きいブレスの隙に連撃を加える。
尻尾の範囲外から魔法を叩き込む。
すでに状況はPvsPではなくモンスターハント状態だ。
ニクスも防御に専念し始め、必死に致命傷を受けないように立ち回る。
膨大な魔力を再生に回しているが、回復が遅い上に傷が治りきらない。
出血量も相当だし、いくら竜化して半分は高等霊的生命体になっていてもそろそろ限界だろう。
「グウゥゥ……。ナゼダ?」
「ん?」
「ナゼ、傷ガ治ラナイ? ナゼ、サッキヨリダメージガ大キイ?」
「……竜殺し、ドラゴンスレイヤーって聞いたことあるか?」
「ナニ?」
ドラゴンを単独で討伐した勇者に与えられる称号。
しかし、ゲームにおいてはただの称号にあらず。
竜種に対する圧倒的なアドバンテージを与えてくれる。
ドラゴンの強力な結界と強靭な鱗を切り裂き、無限の生命力を蝕む。
竜化してドラゴンに近づいたニクスは、その影響を強く受けるようになってしまったのだ。
「ソノ槍カ?」
「いや、俺自身だ」
ぶっちゃけ素手でも効果は変わらない。
まあ、スキルはともかく殴り合いの経験なんてほとんどないけど。
しかし、切り札が自分の首を絞めるとはな。
向こうからすれば最悪だ。
「もう、やめとけよ。部下もこのままだとマズイぞ。いくらドラゴンでも、それだけの力を吸われ続けたら弱っちまう」
「……」
ただでさえ、うちの連中にズタボロにされてるのに。
「マダダ……」
ゆっくりとニクスが立ち上がる。
気のせいか? さっきよりずいぶんスムーズに動いているような……。
両手の損傷した武器を捨てると新たな武器を取り出してきた。
両手に握られるのは曲刀、シャムシールとか言われるタイプの片手剣だ。
大剣サイズのはずだが普通の片手剣にしか見えんな。
ヒュン ヒュン ヒュン
「お?」
「ヨシ、堪エタカイガアッタナ。ダイブ、マシニナッタ」
見事な技量で曲刀を操るニクス。
どうやら体が慣れるのを待っていたらしい。
それだけではない。
この曲刀二刀流こそが彼の真の戦闘スタイルなのだろう。
それにしても慣れるのが早い。
と、そこで俺は重大な判断ミスに気が付いた。
俺のミスマッチングに関する知識はVRに関するものだ。
しかし、ここは異世界とはいえ現実だ。
そして彼は人間から竜人という、スペックがまるで違う肉体へのマッチングを経験している。
ならば、スペックの上昇や多少のサイズの変更は、それほど苦も無く慣れることができるのではないか?
事実、ニクスは隙のない見事な構えを見せている。
あちこち傷だらけだが、さっきよりも遥かに手ごわそうに見える。
肉を切らせて勝機を掴むってとこか。
やるもんだな。
「第2ラウンドはここからが本番か」
作者も忘れかけてた『ドラゴンスレイヤー』設定。
竜の巣ではなくここで解禁でした。
次はカリスvs成竜×5かな。




