主人公(ヒーロー)の能力(ちから)
予約のつもりで日付間違えてしまった……。
「むう、さすがだな」
完全に不意を突かれたはずだった。
武器を全力で振り下ろした直後で、反応もできないはずだった。
しかしニクスは立っていた。
致命的なダメージは避けていた。
代わりにその竜翼がボロボロに引き裂かれている。
空中では推力を生み出し、地上では姿勢制御の補助となる翼。
彼はそれを盾にして直撃を避けたのだ。
ニクスにとって幸いだったのは自分が前傾姿勢になっていた事。
そのおかげで翼が上を向き、傘の様に全身を覆っていたのだ。
彼は翼から全力で魔力を放出し、さらに振り回すことで氷の豪雨を凌いだのだ。
もちろん無事では済まなかった。
攻撃範囲から脱出した時、すでに翼は使い物にならない状態だった。
それでもチェックメイトの状況を打破できたのは確かだ。
「……勝てないか」
「そうだな。地力が違いすぎる」
ニクスは覚悟を決めた。
最後のギフト【竜化】を使用することに。
この能力は使用時のリスクが大きく、使用後の反動も大きい。
しかし、今使わなければ勝機は無くなる。
故にニクスは決断する。
「だが、負けられない。この身には同胞たちの未来が託されているんだ」
「それは解るんだがな。一度立ち止まって、周りをよく見てみたらどうだ?」
「……皆、力を貸してくれ」
【竜化】それは、かつての世界では『主人公』の奥の手として認識されていた技と同じ類の能力である。
即ちその原理は仲間、もしくは不特定多数の味方からの力の吸収である。
最も有名なのはドラ〇ン・ボー〇の〇気玉だろうか。
気、魔力、希望、意志、祈り、など表現の違いはあるが、主人公が他者の力を束ねてパワーアップするのは定番と言ってもいい。
ニクスの【竜化】も同類の能力である。
ただし、物語の主人公と違う点がある。
それは味方からの助力ではなく、奴隷からの搾取であるという点だ。
暴走した【ドラゴン・スレイブ】はドラゴン以外も支配下に置き、その魔力を吸い上げている。
ニクスが戦闘中に魔力消費が軽いと感じたのは気のせいではない。
正確には消費してもすぐに補充されていたのだ。
そして【竜化】発動のために搾取量はさらに増大する。
もちろんニクス自身はそんなことは理解していない。
【竜化】によるパワーアップは『力を託された結果』と認識している。
だが、フィオは【竜化】の原理を即座に看破する。
魔力を視認する彼の魔眼からすれば一目瞭然だった。
「おい! 何をやっている!? 味方を搾りカスにする気か!?」
「ウググググ……」
確かに死ぬほどの吸収量ではないが、長時間使用されればどうなるか解らない。
しかし、ニクスの耳にその言葉は聞こえていない。
彼は流入する膨大な力を必死に制御しようとしているのだ。
全身の傷が消えていき、メキメキ、ミキミキと音を立てて変化していく。
体躯は膨れ上がり全身に鱗が生え、竜の特徴を持つ人から人型の竜へと変貌していく。
「駄目か。聞こえていないんだか、無視しているんだか……」
のんびりと変身を待つ気は無い。
フィオは槍を構え一気に襲い掛かった。
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他の使い魔たちがドラゴンや敵兵を蹂躙しているのに対し、積極的に動いていない者もいた。
3頭の大蛇バイトである。
本来は必要ないが、嗜好品として摂取した食事。
それなりに腹が膨れたバイトはあまり動きたくなかったのだ。
もちろんフィオの命令に従わぬ事など有りえない。
バイトにとっては、自分から攻撃するまでも無いというだけのこと。
過激派軍の前に長く体を伸ばして寝そべる。
やった事はただそれだけだ。
まるで防壁の様に立ち塞がったバイトに敵兵は群がり攻撃を仕掛ける。
しかし、頑丈な鱗としなやかな皮を破ることができない。
その下の分厚いゴムのような筋肉は衝撃を完全に吸収してしまう。
何をやっても意味をなさず、当の大蛇はバカにするように目を閉じている。
ならばと目を狙ったが瞼すら鉄壁であった。
ドラゴンが狂ったように攻撃を仕掛け、ほんの小さな傷を与えることに成功した時は希望が湧いた。
しかし、その傷が即座に塞がり、ドラゴンがカウンターの呪いを受けて倒れると希望は絶望に変わる。
倒せない。
その事実を認識した兵の行動は2種類に分かれた。
大半の兵は諦め武器を置いた。
向こうから攻撃してこない事がその決断を後押しした。
少数の戦意に満ちた者達は、バイトを迂回し進軍しようとした。
冷静に考えれば、そんな少人数で穏健派の防衛ラインを抜けるはずはない。
やはり彼らも平常心を失っていたのだろう。
最も、バイトはそれを許さなかった。
3つの首のうちの一本が目を開き、鎌首を持ち上げる。
突然の行動に恐慌に陥る過激派の獣人達を無視し、迂回しようとした者達を睨みつけた。
ただ、それだけ。
それだけで兵たちの足がすくみ、体が動かなくなる。
酷い者になると失禁して気絶した。
それを見たバイトは興味を失ったように目を閉じる。
ついでに、気を失ったまま自分に圧し掛かっていたドラゴンを尻尾で跳ね飛ばした。
冗談のように跳ね飛ばされるドラゴン。
その体は紫色の痣に侵され、苦悶の声を上げている。
呪いによって激痛が体を走っているのだ。
過激派軍は理解させられる。
この大蛇にとっては自分たちは敵ですらない。
だから戦うという行為すら必要ない。
自分たちは何をやっても、どれだけやっても、無抵抗の大蛇を倒せない。
1を1万回繰り返せば1万だが0はどれだけ繰り返しても0なのだ。
その事実は戦意を砕くには十分だった。
彼らとて命は惜しい。
その死に意味があるならともかく、無意味な死などゴメンだった。
彼らの眼には希望も絶望も無く、ただ虚しさだけが宿っていた。
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各戦場の中でも特に奇妙な戦場があった。
何故なら敵がいないのだ。
だが、兵たちは円陣を組み、緊張と恐怖に顔を歪めている。
そして円陣の中心では手や足を失った獣人達が、必死の治療を受けている。
ブチ
「あ?」
「え?」
奇妙な音、頬に飛んだ液体。
隣に目を向けた兵は見た。
呆然と失われた自分の右腕を見ている仲間を。
思い出したように傷口から血が噴き出る。
「ヒ、ヒイィィィィィィ!」
「お、おい! しっかりしろ!」
「早く止血を!」
恐慌状態になった兵は円陣の中央に連れていかれる。
空いた穴を後ろの兵が塞ぎ、再び警戒を強める。
だが、それに意味はあるのだろうか。
突然戦場に現れた輝く獅子。
とんでもない強さで兵たちを薙ぎ払い、ドラゴンもあっさり倒された。
全身から光の刃を生み出し、瞬間移動のようなスピードで動き回る。
自分たちの手に負える相手ではないことは明白だった。
しかし、彼らの戦意が折れないことが獅子リンクスの本能に火をつけた。
即ち狩猟本能に。
突然、獅子の輪郭が揺らぎ、やがて消えてしまった。
去って行ったのかと気を抜いた瞬間、数人の兵の手足がもぎ取られた。
何が起きたのか解らず、混乱する間にさらに犠牲が増えた。
やがて彼らは気付いた。
あの獅子は去ったのではなく姿を消してここにいるという事に。
円陣を組み、負傷者を守るが警戒をあざ笑うように犠牲者は増える。
やがて彼らは悟る。
獅子は遊んでいるのだ。
猫が鼠をいたぶる様に。
殺すほどの傷は与えず、負傷者に止めも刺さない。
虫の足を千切る様に兵たちを襲う。
確かに遊んでいると思われても仕方がないだろう。
しかし、リンクスにそんなつもりはなかった。
確かに楽しんではいたが、実のところリンクスは彼らが降伏すればそこでやめるつもりでいたのだ。
それに中央大陸で獣人達を助けた事もあり、獣人に親近感も持っていた。
だからビビらせて降伏させようと考えていたのだ。
しかし、リンクスは致命的に間違えてしまった。
加減を。
あまりに一方的かつ理不尽な蹂躙。
相手が見えないという恐怖と緊張。
それらは兵達から冷静さを奪い、降伏という選択肢を忘れさせてしまったのだ。
リンクスが自分たちを嬲り殺しにするつもりだと信じた兵達。
彼らはリンクスが、降伏など受け入れるはずがないと思い込んでしまった。
こうして両者の思いはすれ違ったまま、獣人達の被害だけが大きくなっていくのだった。
獣人達はもう心が折れていたが、死への恐怖から立ち向かい続ける。
それをリンクスは『降伏するくらいなら最後まで戦う』という意思の表れだと勘違いしていた。
そして見上げた根性だと感心しながらも襲撃を繰り返した。
こうしてこの戦場は奇妙な膠着状態に陥るのだった。
他者の力を集めるヒーロースキル。
自分の力を分割して数をそろえるスキル。
対極的ですね。
後者はもちろんフィオのファミリアです。
対照的な二つの戦場。
ガン無視と嬲り、どっちがキツイのでしょうね。




