表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リバース チェンジ ワールド  作者: 白黒招き猫
第2章 獣人大陸内乱編
69/216

騎士と戦士

 フィオの放ったゲイボルグの一撃は大半の兵の目を覚まさせた。

しかし、ギフトに深く浸食された者達には効果が薄かった。

フィオに深い憎悪を抱く男もその一人であった。


「どうした! 何をしている!」


 男の名はブラガ。

ニクスの親友にして竜人族のエース。

騎竜隊の隊長であり過激派有数の戦士。

高い統率力、豪快だが冷静な判断も下せる有能な人物であった。

かつては。


「敵は目の前だ! 進め! 殺せ!」


 かつてのブラガを表すならば『勇』だろう。

しかし、今のブラガは『暴』としか言えない変わり様だった。

常にニクスの傍にいたブラガはギフトの影響を強く受けていた。

しかし、本人の実力ゆえに悪影響を抑え込んでいたのだ。


 状況が変わったのは先日の敗北。

肉体の傷はともかく精神的なダメージが大きすぎた。

連戦連勝は、ブラガほどの英雄にも一種の慢心を生んでいたのだ。

勝つのが当たり前、自軍に犠牲が出ないのが当たり前、と。


 内戦開始時なら受け入れる覚悟があった。

だが、いつの間にかその覚悟が薄れていたのだ。

兵たちの規律の弛みも根は同じ事だ。


 弱った心、ヒビの入った覚悟。

ギフトは容赦なく牙をむき、ブラガの心を侵食した。

見た目は同じでも、もはや彼は同一人物とは言えないほど変貌してしまった。

竜人の勇者はすでになく、いるのは血に飢えた狂戦士だった。


 とはいえ、兵たち全てが彼に付いて行けるほど狂乱していたわけではない。

ほんの一部の、影響を強く受けた者達だけを率いてブラガは進軍を続ける。

狙いは最も外側の防備の薄い陣。

ここを抜いて後ろに回り込むのが狙いであった。


 壊れてしまったとはいえ、やはりブラガはブラガということか。

この作戦が成功すれば穏健派の軍は大きな被害を受けただろう。

防衛ラインを無視して、非戦闘員の避難所に襲い掛かる素振りを見せるという手もある。

そうすれば敵はこちらの対処に兵を割かなくてはいけなくなる。


 騎兵の機動力を生かした撹乱作戦。

しかし、それを阻むべく立ち塞がる者がいた。

六腕竜尾の黒骨の騎士である。



 当のネクロスは失望を禁じ得ない。

ブラガは名将だと聞いていたし、今回も目の付け所が良い。

正面からのぶつかり合いに考えが傾きがちな獣人にしては、珍しいタイプと言えるだろう。

しかし、当の本人を見てしまうとやはり落胆してしまう。


 あれはすでに残骸だ。

ギフトによって魂を力に変換されているので、見た目は強化されているように見える。

だが、あれは油を染み込ませた蝋燭だ。

この一戦でほとんど燃え尽き、シゼムの様に廃人となるだろう。


 事実、彼の人格はすでに崩壊しかけている。

体に染みついた技術はそれなりに維持されているのだろうが、どう見ても力任せで粗い。

以前見た人竜一体の騎乗技術とは程遠い代物だ。

これ以上の醜態をさらす前に止めてやるのが情けだろう。


 突っ込んでくる騎竜兵は300騎ほど。

内ワイバーンに乗った飛行部隊は50騎ほど。

戦場の状況を見る限り多い方なのだろう。

何しろ大半の兵は12体もの神獣の乱入によって大パニック状態なのだから。

特に巨大化したハウルや、少し離れた上空のカリスは戦意を奪うには十分な見た目である。


 理性を失っているとはいえ精鋭ということか。

恐れる事無く向かってくる。

逆に言えば、この精鋭を無力化できれば一般兵の戦意は維持できなくなるだろう。


ガシャリ


 黒骨で構成されたクロスボウが上空に狙いを定め、刀身だけで2mはある大剣が振りかぶられる。

向こうからもそれは解ったのだろう。

彼らの選んだ選択は前進。

さらに加速して一気に距離を詰める。


 ネクロスの武器が普通の武器ならば意味のある対応であったのかもしれない。

いや、相手がネクロスであった以上、何をしても無駄だったのかもしれないが。


バシュッ! ブンッ!


 ネクロスが真上に矢を放ち、続いて剣を振り下ろす。

まだ彼我の距離は50mはある。

しかし


 斬


 200騎を超える地上の騎兵のラプトルの足が一本切り落とされた。

まったく同時に一体残らず。

ネクロスの大剣『レギオン・バスター』は、文字通り一薙ぎで軍を切り捨てた。

さらに


シュババババババ


 真上に放たれた黒いオーラの矢は上空で分裂、空中の部隊に雨の様に襲いかかる。

地上の惨状に一瞬気を取られたワイバーン部隊は、なすすべも無く翼を撃ち抜かれ墜落した。

完全に狂っていれば気にもしなかっただろう味方の危機。

しかし、精鋭であり僅かに理性が残っていたことが災いしてしまった。


「グゴアアアアア!」


 奇声を上げながら突っ込んでくる一騎。

当然ブラガだ。

ラプトルの足は2本揃っており、代わりにハルバードが欠けている。

どうやら不可視の遠距離斬撃を直感で防御したようだ。


「オアアアアア!」


ブォン


 ブラガは刃の欠けたハルバードをネクロスに投げつけ、片手剣と片手斧を引き抜いた。

ネクロスはハンマーでハルバードを弾き飛ばす。

弾かれたハルバードは、地面に落ちる前に風化して崩れ去った。


 突っ込んでくるブラガ。

迎え撃つネクロス。

しかし、ブラガは予想外の行動に出た。

小さく迂回してネクロスの背後に回ったのだ。


 いくらなんでも一騎で穏健派の陣は抜けはしない。

何のつもりかと思ったが答えはすぐに知れた。


「貴様はあの化け物の同類なのだろう? 卑怯だなと言ってはいられんからな」


 騎竜を失った兵たちが駆けつけネクロスを取り囲む。

あのスピードで転倒したというのに大した頑丈さだ。

そして感心する。

ブラガは憎悪に染まってはいてもフィオの、そして使い魔の戦闘力を忘れてはいなかったらしい。

現状で打てる手はすべて打つつもりなのだろう。


「かかれ!」


「「「「ウオオオオオ!」」」」


 しかし、やはり狂ってはいるのだろう。

正常ならばこの程度でネクロスを倒せるなどとは思わないはず。

鎌で弾かれた武器は溶けて消え、斧槍と打ち合った武器は錆びて崩れ去る。

ハンマーに触れた防具は砂のように風化し、大剣が振るわれるたびに数十人が兵が倒れ伏す。


「おのれ! なぜ殺さぬ!? 情けでもかけているつもりか!!」


 怒り狂うブラガの攻撃は全て刃盾で防ぐ。

ブラガの問いへの答えは否。

主人や他の使い魔たちからの情報が理由である。

すなわち、『死んだ兵の魂が、ギフトの経路を通じてニクスに流れ込んでいるのではないか』という疑念だ。

死霊術使いのプルートも肯定していることから信憑性は高い。


 ニクスのギフトが予想外に影響力を高めている以上、下手に餌を与えるべきではないというのが方針だ。

ブラガも生きたまま無力化するつもりである。

そのための仕込みももうすぐ終わる。



「……残るは俺だけか、化け物め」


 肉体的ダメージは0のはずだが、異常な疲労感を覚えるブラガ。

しかし、何をされているのかが解らない。

相手はただ刃の付いた盾で攻撃を防いでいるだけなのだ。

それが焦りと不安を招く。


 もはや、自身とこの戦場における敗北は確実。

ならば最後に渾身の一撃を持って挑むまで。

片手斧を投げ捨て片手剣を両手で握る。

騎竜に全力での突進を命じる。


「止められるものなら……」


 極度の集中により色彩が消える。

舞い散る砂の一粒も見える。

生涯最高とも言える一撃。

まさに燃え尽きる寸前の灯り。


ギイイイン


 一撃は盾の中心に突き立った。


パキィィィ


 しかし、僅かに食い込むことも無く剣は砕け散った。

ネクロス自身もその場からまったく動いていない。

だが、そのすさまじい突進の反動はブラガと騎竜にも牙を剥く。


 弾き飛ばされる浮遊感の中、すでにブラガの意識は飛んでいた。

必死に体勢を整えようとする騎竜。

しかし、ネクロスの尾が唸りを上げてその頭部を強打した。



 倒れ伏すブラガと騎竜。

ネクロスはしばらくそれを見つめていたが、特に異常が起きないことを確認すると視線を上げた。

ブラガの意識が途切れたことで、ギフトに何か影響が出る可能性を疑ったのだが杞憂だったようだ。

ブラガは最後まで気付かなかった。

ネクロスの盾はブラガが攻撃する度に、精神ダメージのカウンター能力を発動していた事に。


 その威力は受け止めた攻撃の威力に比例する。

ブラガは渾身の一撃によって自分自身に止めを刺してしまったのだ。

気絶どころか昏睡状態に陥ってしまっている。

少なくとも数日は目覚めないだろう。


 もう少し慎重に戦っていれば自身の異変にも気付けただろう。

ネクロスの視線の先には遅れて進撃を始めたドラゴンの姿が。

種族は岩のような外殻を持つ岩竜だ。

そしてブラガ同様に狂乱状態であることは明白だった。


 ネクロスは思う。

もし、主人が介入せず過激派が勝利していたら戦後はどうなっていたのだろう。

ニクス自身はなるべく穏便に処理したい所だろうが、周囲はそれを飲めるのだろうか。

ニクス自身当初の理想を貫ける状態なのだろうか。

あるいは勝者が敗者を蹂躙していたのだろうか。


 物言わぬ骸は、しかし考えることを止めない。

それこそが自身がただのアンデッドではない事の証明だとネクロスは思う。

誰のために? 何のために? 答えなど決まっているが主人は盲信を望まない。

だからこそ自分たちには意思がある。

ゆえにネクロスは自分の意思で剣を振るう。


 頑強な岩竜が崩れ落ちるのはそれから間もなくのことであった。



シザーとは対照的な考え方のネクロスでした。


RWOの方でもそうですが、あれこれ難しいことを考えています。

喋らないけど。


なんだか哲学みたいですね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ