まるで疫病
さて、それじゃあ説明を始めるか。
竜達は長老も含めて借りてきた猫のように大人しい。
その原因は俺の後ろ。
〈フシュゥゥゥ……〉
未だにガンをつけているカリスである。
別に長老達が加わっても俺が負けるとも思えないんだが。
そういう問題ではないらしい。
まあ、暴れはしないはず……だよな?
「さて、ここからはあんたが交渉役ってことでいいのか?」
〈はい。御使いよ〉
あれ? こいつ俺の立場を知ってるのか?
天狼達すら知らなかったはずなんだが。
怪訝な顔をしていると長老は察したらしい。
〈貴方の事は世界樹より聞きました〉
「は? 世界樹?」
長老(5代目の長を務めていた古参だそうだ)によると世界樹は精霊に近い存在らしい。
そして世界樹同士はネットワークで繋がっており、中央大陸の世界樹から情報が来ていたようだ。
「でも、俺は世界樹に会っていないんだけどな」
〈天狼や各地に存在する霊樹、神木といった眷族を通じて知っていたそうです〉
ここで俺も知らなかった情報が開示される。
中央大陸の天狼達はここの竜達と同じ立場らしい。
よって天狼にも上位種が存在する。
それが神狼である。
つまり、以前会った天狼の長は次の神狼候補だった訳である。
もちろん天狼より竜が強いように、神狼より長老竜の方が強い。
しかし、神狼は竜より遥かに小柄で数が多い。
で、神狼の群れと長老竜なら神狼の方が分があるそうだ。
まあ、数や地上戦、空中戦など条件にもよるだろうが。
さらに木や植物は基本的に世界樹の眷族らしい。
中央大陸の禁断の地の監視も行っていたらしく、俺の誕生直後からずっと見張っていたそうだ。
当然おおよその事情は理解している。
天狼から神狼に話が行き、神狼や植物から世界樹へ、そしてネットワークを通じてこちらに情報が回ってきたということらしい。
情報は大事である。
ただ、世界樹もまた聞きであったため、ここまでヤバい奴(失礼だな、おい)だとは思っていなかったようだ。
長がニクスの一件で神経質になっていたのも災いした。
結局、穏便に事を治めるために中立不介入を貫いていられなくなったという事だ。
説明終わり。
「本題に入るぞ。と言っても、大体の事は知ってるんだろ?」
〈ええ、あの竜人の奇妙な能力ですね〉
「ああ、あれが何なのかは俺も良く解らん。ただ、いわゆる感染性があるようなんでな」
〈感染性……、まるで疫病ですね……〉
「そうだな。性質が悪い」
ニクスがここを訪れてから大分経っている。
今となってはニクスと接触した連中だけでは不十分だろう。
つまりは一頭残らず診察する必要がある。
手間のかかる事だ……。
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半日後
「ふむ、意外に多いな……」
〈まさかこれ程とは……〉
ニクスのギフトの魔力に侵されていたのは全体の2割ほど。
数としてはかなり多い。
ただ、影響自体はさほど強くない。
やはり、本人が長時間近くにいないと効果は薄いようだ。
ただ一頭一頭診察した俺は気分的に限界が近い。
正直単純作業の繰り返しにもうウンザリなのだが、やるからには手は抜けないしな。
うーん、医者って大変な職業なんだな……。
〈なるほど。これだけ集まるとさすがに感じ取れますな〉
〈むう、なんと禍々しい〉
〈あ奴らはこれに操られておるのか……〉
〈早く何とかして下され。気持ち悪い……〉
うるさい患者共が不安げに話している。
1000体近い数だからな。
結構な騒ぎだ。
「この数を浄化するのか……」
〈?〉
〈ズババッと撫で斬りにすれば良いのでは?〉
体験者(竜)は語る。
確かにこいつらの認識ではそんなもんなんだろう。
だが、浄化は実は非常に繊細で難しい作業だ。
例えるなら混ざった大豆と小豆から、小豆だけを箸で取り出すようなものだろうか。
この場合、箸は浄化の神槍だ。
これを使わないとより分けられない。
面倒でも素手で取り出せないのだから仕方ない。
次にどちらが大豆で、どちらが小豆かの判別力が必要になる。
豆よりもヒヨコの方が適当だろうか?
一般人にはオスかメスかなど判別できない。
できるのはプロだ。
そして箸使い。
これは能力のコントロールだ。
間違って大豆を取り出せば魂が欠けてしまう。
器をひっくり返せば肉体が爆散してしまう。
こんな精密作業を1000回。
どんな拷問だよ。
うん、白状しよう。
正直こんなに多いとは思っていなかった。
「……今さら面倒だからパス、とは言えんよな」
〈は?〉
〈今、なんと?〉
俺の耳を疑う呟きに近くの竜が反応する。
何その捨てられそうな子犬みたいな目……。
やるよ。
やればいいんだろ。
「いや、始めよう」
乗りかかった船だ、降りる訳にはいかないか。
悪魔の俺に試練? 何の冗談だよ……。
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36時間後
「……終わった、か」
〈ご苦労様です〉
〈感謝いたします〉
ついに俺はやり遂げた。
カリスが爆睡しているのが気になるが、まあいいだろう。
すごく暇だっただろうからな。
俺以外。
キュゥゥゥゥゥゥゥン……
「ん? あれ?」
ロンギヌスモードが勝手に解除されてしまった。
オーバーヒートしてしまったのか?
初めての事だ。
〈感謝いたします、御使いよ〉
「ん、ああ。とりあえずはこれで大丈夫だろう。後はニクスをどうにかしてくる。ただな……」
〈何か気になる事でも?〉
少し迷ったが、もう解決済みなので長老には話しておく事にした。
今回浄化したギフトだが、そもそも洗脳支配が目的ではないような気がしたのだ。
洗脳されていた2頭とは微妙に構成が違う、まるでラインを繋いでいるような感じだった。
向こうから魔力を送り込むためのラインなら、洗脳された者がいただろう。
それがいないという事は逆、竜達から何かを吸い上げていたという事だ。
〈魔力、でしょうな〉
「あるいは生命力その物か」
獣人達に聞いたニクスのバカげた強さ。
その秘密が竜達から力を奪っている事だとしたら。
「辻褄は合うか」
〈我ら竜を何だと思っているのだ……〉
長老は怒りに身を震わせるが、俺は少し違和感を覚えていた。
これはニクスが意図してやった事なのだろうか?
どうにもイメージと合わない気がする。
さらに竜達を冒していたギフトは残り香のようなものだ。
それをコントロールしてラインを構成できるものだろうか。
あるいは
「ギフトが勝手に動く? それ自体に意思がある?」
どうにも解らないな。
そもそもギフト自体が謎だらけ。
お目にかかるのも2回目だしな。
ここはやはりニクスを生け捕りにして、知ってる事を吐かせる必要があるか。
と、そこまで考えたところで気付く。
〈おや、これは〉
長老も気づいたか。
遥か彼方で無数の魔力がぶつかり合っている。
数千数万という規模で。
始まったのだ。
獣人族の最終決戦が。
「いかん、出遅れたな……」
始まる前にニクスと接触するつもりだったのだが、時間をかけ過ぎたようだ。
あるいは向こうの動きが予想より早かったのか。
穏健派に肩入れする理由は無いが、戦争でギフトが使われると不測の事態が考えられる。
俺も急行するべきだろう。
「俺も向かう事にする。操られている連中は、できるだけ助けようと思うが絶対とは言えん」
〈命を落としたのなら、それが定めでしょう。ご武運を〉
長老や竜達に見送られ、俺はカリスに乗って戦場に向かい飛翔した。
なんか嫌な予感がするんだよな……。
ようやく決戦です。
第2章も残りわずか。
久々に派手なバトルにしたいですねぇ。




