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リバース チェンジ ワールド  作者: 白黒招き猫
第2章 獣人大陸内乱編
61/216

幕間② 帝国にて  第2皇女と未来の宰相

 帝国の首都に一台の馬車が駆け込んでくる。

その速度は尋常ではない。

軍馬4頭引きという事を差し置いても異常な速度である。

周囲の騎兵が付いて行くだけで必死なのだから。

当然すさまじい乗り心地だろう。


 今が夜ならば気付く者はいただろう。

4頭の馬達が淡い輝きに包まれている事に。

今が昼だから気付く事が出来る。

馬車を操る御者が帝国の英雄である事に。

すなわちアレックス・ヴァンデルであることに。


ガラガラガラガラ   ズザアアアアア


 自動車の様な速度で突っ走っていた馬車が、城門の前でようやく止まる。

アレックスは御者席から降りると馬車の扉を開けた。

中には若い男性と女性、それに老境の執事と中年の侍女が乗っていた。

皆青い顔をしているが怪我は無い。


「さあ、降りて下さい。ここまでくれば安心です」


 慣れない口調で促すアレックス。

4人はややふらつきながらもしっかりと足をつける。


「では、行きましょう。父も早く貴方達の無事を確認したいはずです」


「ああ、すまないアレックス君。そして、ありがとう」


「お城、久しぶりだわ」


 青年が生真面目に応じ、女性がややユルイ態度で答える。

従者の2人は黙って一礼した。

馬車を兵に任せ4人を連れて城内を進むアレックス。


 その背には彼のトレードマークとも言える星鉄の大剣が存在している。

その一閃は断頭台、騎兵を馬ごと切り捨てる。

その一撃は破城鎚、重装歩兵を盾ごと叩き潰す。

男女の父は彼に散々な目に会わせられてきた。


 だが、2人は恨んでなどいない。

なぜなら自分達の意思とは関係ないからだ。

むしろ感謝している。

手詰まりの状況から救い出してくれたのだから。

やがて、謁見の間の大扉にたどり着く。


「将軍アレックス、任務を終え帰還しました。お二人は無事にお連れしています」


 アレックスの名乗りを受け衛兵が扉を開ける。

アレックスに続き入室する4人。

執事を連れた青年の名はドワイト・エルマノス。

エルマノス侯爵家の嫡男である。

侍女を連れた女性の名はナタリア・エルマノス・メルビル。

ドワイトの妻にして帝国の第2皇女、直系の皇族の最後の生き残りである。

彼らは父エルマノス侯爵の元から逃げ出してきたのだ。


---------------------


エルマノス侯爵家は皇帝に忠実だったため権力は持っていた。

とはいえ、当主は凡庸な人物でこれと言って長所がある訳でもなかった。

だが意外な事に領地の運営は上手くいっていた。

後継者が優秀だったのだ。


 嫡子のドワイトは勤勉で優秀な内政家だったのだ。

自分は遊んでいても息子が上手くやってくれる。

ドワイトの苦労とは裏腹に侯爵は堕落していく一方であった。

自慢の息子にはもっと頑張ってほしい。

自分のためという不純な動機ではあっても、侯爵の愛情は本物であった。

そこで侯爵は皇帝に息子を売り込むようになる。


「私の息子は優秀です。陛下のため帝国のため尽力する事でしょう」


「うむ、頼もしいな。期待しているぞ」


 皇帝にとっても優秀な人材は必須であった。

異世界召喚によって利益だけを手にしてきた反動で、貴族は努力し自分を磨くことをやめてしまった。

その結果、帝国内部は深刻な質の低下に悩まされていたのだ。

皇帝が決めたドワイトへの投資、それは第2皇女ナタリアであった。

彼女は頭は悪くないのだが、皇族としての生き方が望めないズレた性格をしていた。

具体的に言えば天然さんだったのだ。


「ごきげんよう、旦那さま!」


「あ、ああ、ごきげんよう。今日も殿下はお元気ですね」


 おっとりとしていて気が優しく、無邪気で天真爛漫。

明るく裏表のない彼女は娘としては可愛く、女性としては魅力的だ。

反面、政治にはとことん向かない性格である。

だが、将来の大臣候補ヘの褒美としては最上であった。

幸い二人の相性は良く、晴れて夫婦となった。

同時にナタリアは皇位継承権を返上し、ドワイトが継承権を持つことも無かった。

代わりにドワイトが後を継いだ際には公爵に任じる予定であったという。


 おかしな事になったのは皇帝が死に、皇族の大半と多くの貴族が死んでからだ。

ちなみにエルマノス侯爵は持病で領地に残っていたので助かった。

侯爵は不機嫌だったが、素早く中央を纏め治安の回復に乗り出したヴァンデル公爵の手腕は見事であった。

エルマノス領は大きな混乱は無かったが、首都を中心に帝国中が乱れたのだから。


 だが、侯爵はそれが気に入らなかったのだ。

独立を宣言した愚かな貴族たちと同じように、侯爵もこの混乱をチャンスと考えたのだ。

しかし、結果的にこのイス取りゲームに勝利したのはヴァンデル公爵だった。

権力を望んだ訳でもない彼が権力を握った訳である。


 血筋的にも能力的にも順当であったが、野望に取りつかれた者たちは認めなかった。

エルマノス侯爵もその一人であった。

なにしろ彼の元には皇族最後の生き残りがいるのだから。

継承権の破棄など問題にしない。

彼は夢想に酔い、仲間を集めた。

帝国を手にするのは自分だ、と。


 一方、息子のドワイトは頭を抱えた。

優秀であるからこそ彼には解っていた。

ヴァンデル公爵も嫡子のアレックスも自分達よりはるかに上だと。

現に反乱貴族達は凄まじい勢いで鎮圧されている。

連中が無能なだけではなく公爵達は優秀なのだ。

間違いなく皇帝よりも。


 だが父達は解っていない。

学の無い軍人などと甘く見ている。

呆れてモノが言えない。

向こうは完全に統制されているが、こっちは寄せ集めの烏合の衆だ。

まともにぶつかれば間違いなく負けるし、時間がたてば差は開く一方だろう。

勝ち目など無い。

完全に詰んでいる。

それを解っていない。


 正直父達が破滅するのは自業自得だ。

だが、自分やナタリアを巻き込むのはやめてほしい。

自分は玉座など望んでいない。

ナタリアも政治には興味がない。

生まれてもいない子供を皇帝にする?

寝言は寝て言ってくれ。


---------------------


 困り果てたドワイトに救いの手が差し伸べられたのは、隣の領地の反乱貴族が鎮圧された直後だった。

ドワイトの元に間者が訪れたのだ。

送り込んだのは隣の領地に滞在するアレックスであった。

この時点で侯爵軍とアレックスは何度も交戦し、その度に彼に打ちのめされていた。

そして、アレックスはエルマノス領が意外と上手く統治されている事に気付きドワイトの存在を知ったのだ。


 彼はドワイトの事を調べ上げ、ドワイトが反乱に消極的であることも知っていた。

いや、少しでも頭が回れば誰だって泥船に残ろうとは思わない。

ドワイトは迷うことなく協力を約束した。


 作戦はいたってシンプルだった。

ドワイトとナタリアを脱出させる。

旗頭を失えば所詮は烏合の衆、あっと言う間にバラバラになるだろう。

いくら愚かでもそれくらいは侯爵も理解している。

必死に追いかけようとするだろう。

そこを叩く。


 要は2人を釣り餌にする作戦である。

だが、2人は彼らを信頼していた。

なぜなら作戦当日現れた間者の中に、アレックス自身がいたのだから。

領地からめったに出なかったドワイト。

長い間冷遇され、城に寄り付かなかったアレックス。

後に皇帝と宰相という間柄になる2人のファーストコンタクトであった。



 馬車は4頭引きの高速仕様だったが、騎兵が追ってくれば振り切れない。

ただし、それは通常の場合である。

悪魔の弟子たる英雄はドワイトの常識を覆した。

なんと彼は4頭の馬に強化魔法を使用したのだ。


 属性付加魔法は無から有を生み出し0に1をプラスする魔法である。

制約としては武器などの無機物には使用できるが、生物には使用できないことが上げられる。

技術的には可能だが制御が難しく、火を付加すれば火傷してしまうのだ。

アレックスはこの魔法に適性がない。


 一方、強化魔法はすでに在るモノを増幅させる、1を2に増やす魔法である。

こちらは逆に、元々何かしらの力を持っていなければ増幅できないという制約がある。

0は何倍にしても0と言う訳だ。

アレックスはこの魔法の天才である。


 強化された馬達は疲労も忘れて自動車の様な速度で馬車を引く。

護衛の騎兵たちも付いて行くのがやっとだ。

侯爵の手勢も当然追撃してきたが追いつけない。

だが、逃がせば破滅しか残らない。

彼らは深追いし、誘き出され伏兵に囲まれ全滅した。


 後が無くなり錯乱した侯爵は全軍を上げて馬車を追う。

馬車は決して追いつかれず、かと言って離れすぎず侯爵軍をおびき寄せる。

それは、目の前にニンジンをぶら下げられた馬の様なものだった。


 襲撃もまた狡猾であった。

一度に大きな被害を出すと追跡を止めてしまうかもしれない。

だから小規模の襲撃を間を開けて、ただし何度も何度も執拗に仕掛ける。

それは巨大な獣が小さな虫に徐々に肉を齧られていくような光景だった。


 幾度も幾度も伏兵に襲われどんどん兵を失っていく。

しかし、馬車を追いかける以外に道がない。

追いつきさえすれば道がある。

そう思い込まされて侯爵軍は走り続ける。


 そして、絶望への疾走はついに終わりを迎える。

一向に速度の落ちない馬車。

疲弊していく自軍。

伏兵により削られていく兵力。

さすがに不味いと考え始めたところで4方を軍に囲まれたのだ。


 軍の指揮官はアリサーシャだった。

彼女は予め兄に指定された地点に兵を集めていたのだ。

万全なアリサーシャ軍にボロボロの侯爵軍。

兵数においてもアリサーシャ軍の方が1.5倍は多い。

さらに侯爵軍は囲まれている。

勝敗は明らかだった。


 アレックスはそれを確認すると馬車を飛ばし城へと向かった。

ドワイトとナタリアがヴァンデル公爵と面会した頃、侯爵軍は敗走した。

侯爵自身もアリサーシャに討たれ、幹部も大半が討ち死にした。

それから数ヵ月後、アリサーシャ軍に占領されたエルマノス領に新たな領主が赴任した。

領主の名はドワイト・エルマノス公爵。

後に名宰相にして希代の愛妻家として有名になる人物である。


 そして、この後帝国の混乱は急速に治まっていく事になる。


ちょっと長くなったかな?


とりあえず帝国はこれで落ち着きます。


次の幕間は教国の後日談の予定。

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