竜の巣と世界樹
聞くべき事はほぼ聞き終えた。
ただ、場の空気が悪い。
アロザが兄に理解を示すような発言をしたからだろう。
フォローは大事だな。
それに関するポジティブな意見を出してやろう。
「あんたらも今までと同じじゃ先が無いってのは解ってるだろ? なら、変われ。変化は必ずしも悪い事じゃない。ただ変わることを恐れていたら時代に取り残されるぞ。そうなれば、あんたらに居場所は無くなる。なに、心配する事はないさ。文化の伝道師たちなら大勢帰ってきただろ?」
元奴隷たちに中央大陸の進んだ技術を広げてもらう計画を話す。
もう少し反対があるかと思ったが、意外にもすんなり通る事になった。
具体的な方法が無かったから行動に移せなかっただけで、彼らも現状を良しとはしていなかったようだ。
頭の固い長老衆が軒並み死んでいたのは、この場合幸いだったと言えるのだろう。
こうして会談は終わった。
こちらもあちらも得るものがあったので概ね成功と言えるな。
これで元奴隷たちもそれなりの立場を得ることができるだろう。
アフターフォローとしては十分すぎるはずだ。
たとえ戦争に負けたとしても、高待遇で迎え入れてもらえるような気すらするな。
〈キュ!〉
「お、お帰り。ちょうど良いな」
どこかに散歩に行っていたリーフが戻ってきていた。
会議なんてリーフたちには暇なだけだしな。
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元奴隷たちは非戦闘員の集落で技術指導員をやる事になった。
まあ、戦争が終わるまでは大々的にはできないわな。
俺も辞する事にしたのだが引き止められて大変だった。
幹部衆や3人組が説得してくれなければもっと時間がかかっただろう。
狐と兎の族長さんがやけに必死だったが何かあったのだろうか?
別にこれくらいで気分を害したりはしないんだが……。
ベルクに乗って空の旅。
道案内は正気に戻ったドラゴン2体だ。
落ち着いてみるとぼんやりと記憶が戻ってきたそうだ。
まさか洗脳されるとは思っていなかったようだ。
油断大敵だが、おそらくニクス自身も洗脳という認識はないはずだ。
せいぜい仲良くなれる程度の効果だと思っているのだろう。
ドラゴンのうち片方は飛ぶのが苦手そうな体型だったが問題は無いらしい。
ドラゴンの飛行とは魔力を使った飛行であり、翼や尻尾は舵やバランサーの様なものなんだとか。
考えてみればカリスの翼は非実体だ。
そもそも物理学的にはあの巨体を翼だけで飛ばせる訳が無い。
ベルクやプルートも同様らしい。
俺の翼も同じなんだろうな。
気にした事無かったけど。
「おお、あれが目的地か……。まるで塔だな」
〈うむ、翼を持たぬ者が我らの巣を訪れるのは容易ではない〉
〈まあ、あの竜人はワイバーンに乗ってきたがな〉
苦々しい声で答える2頭。
洗脳が解けたことでニクスに対する感情は完全に逆転した様だ。
まあ、それより目の前の光景である。
雲をも貫く高い山。
ただし、上部が細くなっていて上の方は岩でできた塔のようになっている。
幾つもの穴が空いているようで、出入りする影はドラゴンなのだろう。
そして特徴的なのは
「あれは、雲の滝か?」
〈正確には高密度の魔力だな〉
〈雲に隠れた山頂の世界樹が、大気の魔力を大地に循環させているのだ〉
幾つかの穴からは霧の様なものが噴出している。
霧は光の粒子と化して消えていき中々美しい。
まるで雲が山を通じて大地に降り注いでいるようだ。
ドラゴン達によるとあれは高密度の魔力らしい。
世界樹は大地の魔力を大気に放出し、大気の魔力を大地に降らせているそうだ。
ここの世界樹は撹拌装置のような機能を持っているようだ。
ちなみに天狼たちの守る世界樹は、大地の魔力が淀まないように循環させているらしい。
って、ことは海の世界樹は海の魔力の循環が役目なんだろう。
ぐんぐん近づいてくる岩の塔。
こちらに気付いたのかドラゴン達が何頭か近づいてくる。
しかし、こちらの2頭が吠えると引き返して行った。
やっぱりこいつらを助けておいて正解だったみたいだな。
負けるつもりはないが虐殺は望むところではないし。
「それで、どこに向かっているんだ?」
〈雲の中には長老以外は入れない事になっている〉
〈まずは長に会ってもらおう〉
あそこのドラゴンは2割ほどが成竜で8割が幼竜らしい。
ちなみに、こいつらは幼竜に分類される若者だ。
それでも亜竜種など比べ物にならないほど強い訳だが。
しかし、成竜の上には長老、老成竜が存在するそうだ。
彼らは雲の上の聖域と呼ばれる領域に住み、世界樹を守護している。
そして最高齢の成竜が長として一般の竜達を統率しているらしい。
長は長老竜になると引退して聖域へ行き、次に高齢の成竜が新たな長となる。
こう聞くと、聖域が長老竜で溢れそうに感じるかもしれない。
しかし、長老竜は全ての竜が成れる訳ではなく、そこに至るまで数百年単位の時間がかかるそうだ。
現在でも長老竜は20頭ほどしか存在しないとか。
まあ、長老竜についてはいいだろう。
彼らに用がある訳じゃないし、敵対する気も無い。
聞いた限りではニクスも長老竜とは接触していないようだし。
まずは長とやらに話を聞いてみるべきだろう。
〈洗脳の影響を調べてくれるのだろう?〉
「ああ、そのつもりだ。あの力は良くない。竜にとってもニクス自身にとってもな」
〈そうか。感謝する〉
〈あの、大きくせり出したところだ。あそこに向かってくれ〉
周囲で竜達が不思議そうに見ている。
さて、長とやらは話を聞いてくれるといいんだが……。
まさか、『先ずは殴り合い』とかにならないよな?
紳士な対応を期待しよう。
身内に不幸があって時間が無く、短めです。
落ち着くまで少し投稿できないかもしれません。
93歳で膵臓癌、これは駄目でしたね。




