竜人の兄弟
「兄は私達の一族としては珍しい、雷属性を持って生まれてきました。祖父は火、父は土、他の兄弟も大体が火と土で、妹が風なくらいでしょうか。私自身は土属性です」
ふーん、雷ね。
ちなみにマイクは風属性の高速戦闘タイプ、ファンは火属性の高火力タイプだった。
シゼムはギフトに浸食されて解りにくかったが、元々の属性は闇だったようだ。
吸収や支配といった能力は闇属性を元に生み出されたのだろう。
「祖父は圧倒的な攻撃力、父は鉄壁の防御力が身上でした。そして兄は竜人とは思えないほどのスピードが武器でした。祖父ほどではないですが攻撃力にも優れ、弱点といえば打たれ弱いことぐらいでした」
諸説あるが、この世界では雷属性は火と風の中間属性と考えられている。
両方の良い所を持つ高機動高火力な属性だが、どちらも防御が苦手なため弱点も2倍となるワケだ。
だが、以前聞いた話ではニクスは不死身と呼ばれるほど打たれ強いはずなんだが……。
「そして兄は『当たらなければ問題無い』と言わんばかりに、スピードで同世代の者達を叩き伏せ、大人に交じって訓練を行ってしまう程の強さを発揮したのです。ただ、大人が相手となると無傷という訳にはいきません。ある時兄は訓練中に大怪我を負ってしまったのです。左腕が千切れかけてしまう程の重傷でした」
竜人がいかに頑強で、生命力に優れた種族でもそれは厳しい。
トカゲの尻尾じゃあるまいし、新しく生えてくるはずがない。
かと言って、治療しようとすれば高位の光か水の回復魔法が必要だろう。
それだけの重傷では土では少し弱いし、火は基本的に自分しか癒せない。
この世界の魔法では、外傷治癒に有効なのが光と水、体力回復に有効なのが火と土なのだ。
そして氷や雷、闇や風には傷を癒せる魔法が無い。
「あの時は私も皆も驚愕しましたよ。千切れかけていた腕が、僅か一日で元通りになってしまったのですから。何が起きたのか尋ねる皆に兄は言ったのです。『祝福のおかげだ』と」
ここでギフトが登場か。
戦士としての未来を失いかけたニクスは、傷の治癒を強く願ったはずだ。
そしてギフトが発現した。
シゼムの件も考えると、ギフトが願望をトリガーとして発現している事は間違いなさそうだ。
「その祝福とやらは回復魔法の類なのか? それとも体質的なものなのか?」
「後者ですね。兄は強力な自己再生能力を持っているのです。それこそ、即死しなければ四肢を失い内臓を吹き飛ばされても復活できるでしょう。まさに不死身です」
なるほど。
傷の治癒ではなく、『どんなに傷ついても治る身体』を望んだのかもしれないな。
【高速再生】ってとこか?
相手にすると面倒くさそうだ。
「この力を得た兄が村の幹部に上り詰めるまで時間はかかりませんでした。竜人は強さこそ至上ですからね。ただ、兄の考えは長老衆には受け入れてもらえませんでしたが」
「動物や魚の養殖に野菜や果実の栽培だったか? 中央大陸じゃ、当たり前にやってる事なんだがな……」
「そうですね。兄も狩猟や採取に頼っていると、災害など何かが起きた時に対応できず飢えることになると主張したんです。でも祖父たちは『狩人の誇りを汚す』とか『怠惰に生きる為のやり方だ』と、受け入れようとしませんでした」
「うーん、伝統を大切にしたいのは解るが、この場合ニクスに理があるんじゃないか? 君達は獣人であって獣じゃないだろう? いつまでも野生のままではいずれ行き詰るだろうに」
「ええ、私もそう思います。若い世代ほど兄の賛同者は多かった訳ですが……。まあ、そんな事があって兄は長老たちとは距離を置き、賛同者と共に自分で様々な事を試していったのです」
「彼の試みは成功した。しかし、食糧難は起き大陸全土を巻き込む戦争が始まった、か」
「はい、兄の集めた食料は竜人を満たすことはできる量でしたが、大陸全土となると……。周辺の集落に技術を広めようとしていた矢先の出来事でしたし。そして、食料があるという事実が竜人の村が狙われる原因になってしまったのです」
その辺の事情も聞いたな。
竜がどうこうという話もそこらへんだったはずだ。
アロザも頷いて肯定する。
「終わらない戦争の中で兄は、一度一時でも良いので戦闘行為を停止させなければ、食料問題を解決できると言う事を大陸中に広く知らせることはできないと判断しました。そして、その為の力として竜族を味方につけることを決めたのです」
「そう、そこだよ。何で竜族の力を借りようと思ったんだ? 竜族は中立で戦争には不干渉だったんだろう? 竜族の協力を取り付ける当てでもあったのか? 竜族は竜人に友好的だとか」
「いえ、竜族にとっては竜人は獣人の一種であり特別な存在ではありません。ただ、兄が特別だったのです。村の周辺には野生の亜竜種が生息していたのですが、どういう訳か兄は彼らを手なずける事が出来たのです。だから竜族にも協力してもらえるのでは、と……」
来たよ、またギフト。
竜限定ってことは【ドラゴンテイム】かな?
ファンタジーの王道っぽい能力だな。
だが、効果を見る限り心を通わすってソフトなモノじゃ無く洗脳系だ。
まったく、はた迷惑な能力だな。
「初めはワームやリザードを、後にラプトルやワイバーンを次々と戦力に加えていきました。そんな時、兄の能力に興味を持った上位竜が村を訪れたのです」
「相手が友好的じゃなかったら村が滅ぶな」
「実際そうなりかけました。上位竜は自分の眷族が竜人に使役されているのが許せなかったようなので。しかし、交渉している内に徐々に態度が軟化して、しばらく様子をみるという事になったんです。その後兄が説得を続けると、最後には上位竜が兄への協力を申し出たんです。あまりに都合が良すぎて不自然にも感じたんですが……」
「実際に洗脳というカラクリがあった訳だ」
ふつうは竜に精神操作など効果は無い。
竜にも油断はあったのだろう。
だが、やはりギフトという能力がそれだけ強力という事か。
あの神力に似た妙な波動。
一体何なんだろうな。
「上位竜という後ろ盾を得た兄の立場は盤石となりました。次の族長になることも、ほぼ決定していたはずです。しかし、兄は上位竜と共に突然、竜族の巣に向かったのです。大陸全体が疲弊して、戦争の規模が小さくなっていったころですね」
「目的は協力してくれる竜を増やすことで間違いない。しかし、いまさら戦力を増やしても戦争は直に終わる、か。当時は理解不能だったろうな」
「はい。理解できた時はすでに遅かった訳です。兄は十を超える竜族と共に大陸制覇に乗り出したのです。兄は聡明でした。だから解ってしまったのでしょう。このまま戦争が終わっても、また同じことが起こると。そして、それは間違ってはいないと思います」
「「「……」」」
言葉を切り、会場を見渡すアロザ。
集まった族長たちは何も言わない。
いや、言えない。
俺が穏健派に協力しきれない理由、それは彼らに今後への明確なビジョンが無い事。
彼らもそれは十分に理解しているのだろう。
ニクスのやり方は確かに強引だ。
しかし、一方で明確なビジョンがあり実際に結果を出していた実績もある。
彼の賛同者が多いのも当然と言える。
だが、ニクスはギフト持ちだ。
放置しておくことはできない。
もしギフトを消去してもよいと言ってくれれば、彼と敵対しなくてもいいのだが……。
そう上手くはいかないだろうな。
「後はご存知の通りでしょう。停戦の場に兄は軍を引き連れて現れ、宣戦布告しました。祖父はその場で兄に討たれ、現在の戦況はあちらが優勢というわけです」
「ふむ……」
竜の巣には行くべきだろう。
ギフトに侵された竜が残っているかもしれないし、捕らえた竜を帰さなければならない。
後は、穏健派が勝っても食料生産技術が広がるように手を打つべきか?
しかし、俺もそこまで詳しく知っている訳じゃ……、まてよ?
そうだ、中央大陸から連れてきた元奴隷たちがいる。
連中は労働奴隷が大半だったはず。
ならば、農業だけでなく様々な技術を知っていてもおかしくない。
頭の固い長老は大半が死んだらしいし、今からでも非戦闘員に技術訓練をさせれば……。
うん、何もしないより良いだろう。
「よし、ちょっと良いか? 俺に一つ提案がある」
まったく、何でここまでやってるんだろうな、俺。
フィオは襲われれば倒しますが、できるだけ中立であろうとしています。
しかし、痛い目を見た過激派が彼を無視できるか?
怒りと恨みに任せて刃を向ければ……。




