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リバース チェンジ ワールド  作者: 白黒招き猫
第2章 獣人大陸内乱編
51/216

幕間① 帝国にて  英雄と父

 帝国の首都、その中心部の存在する皇城。

その奥に存在する皇帝の私室に1人の初老の男性がいた。

皇帝代理のヴァンデル公爵である。


 過剰なほどの装飾品は運び出され、ほとんどが売却された。

代わりに運び込まれたのは幾つもの本棚。

そして、そこに収まる大量の資料だ。


「これで首都とその周辺はある程度落ち着くな……」


 今まで武人として生きてきたヴァンデル公爵だが、政治的にも十分有能だった。

何しろ皇族の放蕩の後始末をさせられてきたのだ。

不本意だがそれらの経験も役に立っている。


コンコン


「入れ」


「失礼します」


 入室してきたのは公爵家と縁の深い貴族の文官だ。

現在は公爵の補佐官となっている。

皇帝が戦死し上位の貴族が根こそぎ殺された結果、皇城の貴族達も大半が逃げ出してしまった。

仕方なく自分の関係者を呼び集め、なんとか組織を動かしているのが現状だ。

それを『皇位簒奪』だの『権力の独占』だの、逃げ帰った領地から吠える奴らがいるのだから始末に負えない。


 恐怖と混乱で疑心暗鬼に陥った彼らは『皇城に来て働け』という命令を拒んでいる。

暗殺を恐れているというのだから笑うしかない。

今は足を引っ張り合っている場合ではない事くらい子供でも解るというのに。


「マルデラ子爵領の制圧が終わったそうです。被害はほぼ無し。アレックス様は部下を残して数日中に帰還されるかと」


「そうか。見事だな」


「ええ。民衆を助けることで外堀から埋めていき、子爵を孤立させる策。最後まで子爵に従ったのは200人もいなかったとか」


「腹が減っては戦は出来ぬ。部下も養えぬのに反乱、独立など考えるからだ」


「そうですな。しかし、それすら解らぬ馬鹿が多い。困ったものです」


「譲歩を引き出すためのブラフかと思えば、まさかの本気だ。正気を疑うな」


 吐き捨てた公爵の思考は息子へと向かう。

アレックスの活躍は止まる所を知らない。

野盗の討伐、妖獣の駆除、反乱の鎮圧、民衆の救助、獅子奮迅の活躍だ。

アリサーシャも活躍しているが、戦術家、戦略家としての才が彼女には乏しい。

個人としては同格だが、将としての格が違うのだ。


 もはや英雄の称号はマイクではなくアレックスの物となっている。

ファンなど名前すら知られていないだろう。

いや、悪名は知られているかもしれないか。


「英雄か……」


 帝国は彼らを利用し続けてきた。

最後の召喚者ファンはどうしようもなく歪んでいたが、彼を兵器として使ったのは帝国だ。

その矛先を民に向けたのも帝国だ。

そして彼は死んだ。

あの戦いであの男に敗れて。


「アレは何だったのだろうな……」


 実の所、ヴァンデル公爵は自分達が戦った相手が何者であったのか理解しきれていない。

ただ、刃を交えてみてアレが邪悪に属するものではないという確信はある。

そして彼は公爵にとっての恩人でもあるのだ。


 彼の息子アレックスは不幸な子だった。

軍事、政治、あらゆる事に万能と言えるほどの才能を持つ天才である。

妹のアリサーシャも優秀だが彼女は秀才止まりだ。

彼こそが次期当主にふさわしい人物だった。

魔法の才能さえあれば。


 軍人一家であるヴァンデル公爵家では、付加魔法の才能の無いものは冷遇された。

どれだけ技術を磨いても魔法による強化には勝てない。

アレックスは落ちこぼれとされ、アリサーシャばかり評価された。


 魔法以外の全てに劣る他の一族は、その劣等感から彼を蔑んだ。

下らないプライドだった。

かつての部族乱立の時代と違い、軍の指揮官が強い必要は無い。

腕っ節だけで考え足らずの指揮官の方が、よほど無能な指揮官だろう。

そして、アレックスは間違いなく有能な指揮官になれる器だった。


 兄を敬愛し、その才能を良く知るアリサーシャの不満は爆発寸前だった。

だが、一族の者達はそれに気付かず兄を侮辱し妹を持ち上げた。

アレックスの焦燥は、アリサーシャの不満は弾ける寸前、限界を迎えていた。

それを知りながら手が出せない自分も、十分に愚かだった。


 思えば自分は目を逸らし逃避していたのだろう。

暗雲立ち込める帝国の未来から。

悪しき因習に侵された一族から。


 だが、ある時から2人は見違えるように変わった。

輝く様な希望に溢れ、周囲の目など気にもしなくなった。

父の目からも2人の変化ははっきりと解った。

2人は心身ともに日々研ぎ澄まされるように成長していった。


 特に驚いたのはアレックスの変化だった。

魔法の才能が無く、宝の持ち腐れだった彼の魔力。

それがまるで血流のように全身を巡っていたのだ。

アリサーシャも同様だったがその規模は大きく違った。


 そして起きた出来事。

ある日、1人でいたアレックスに同年代の親戚が絡んだのだ。

しかし、アレックスは以前の彼ではなかった。

毅然とした態度で接するアレックスに親戚は激昂した。

無能者に馬鹿にされた、というのがその男の言い分だった。

もちろん言いがかり以外何物でもない。


 なし崩し的に試合を行う事になり、訓練場で勝負は行われた。

後で知った事だが、その親戚の木剣には鉄が仕込まれていたらしい。

明確な不正だ。

しかし、それは意味をなさなかった。


 試合開始直後、アレックスの姿は消えた。

気が付いた時、彼は相手の後ろで剣を振り下ろした体勢で立っていた。

親戚が慌てて振り向くが、その右腕は斬り落とされていた。

そう、刃の無い木剣で斬ったのだ。


 訓練場は騒然となった。

そして、なんと腕を斬られた男の父親が、付加魔法を纏わせた真剣でアレックスに斬りかかったのだ。

だが、アレックスはその剣を根元から斬った。

腕どころか鉄を斬ったのだ。


 呆然とする周囲をよそにアレックスは呟いた。

師匠に比べれば羽虫以下だな、と。

試合相手は入院、その父親は謹慎となった。


 全てを見ていた公爵は、理由を付けて後継者を決める試合を行う事にした。

それはアレックスに後を継がせるための形ばかりの試合であった。

公平でないと思われても、他のバカが後を継げばヴァンデル家は終わりだと彼は考えていた。

それに試合自体に干渉する気は無い。

あの一戦で見た息子の技量を思えば心配など無い。

結果は期待通り、アレックスが筆頭、アリサーシャが次点となった。


 愚かな者達は卑怯な手段を使っていたが、アレックスは全てを退けた。

木剣に細工をされた時など素手で相手を打ちのめした。

まさにあらゆる状況を想定しているとしか思えなかった。

後日、「そういう訓練を受けていた」と2人に聞かされたのだが。


 2人の師は訓練の終了と共に去ったらしい。

卒業の証として宝剣を与えて。

彼が去った後2人は気付いたそうだ。

結局、彼自身の事は何も知らされないままだったという事に。


 どこの誰なのか。

何をしに来ていたのか。

どこへ行ったのか。

何も知らされなかった。

だが、2人にとって彼は運命を切り開いてくれた恩人だ。

公爵自身も彼には感謝しているのだ。



「教国の方は?」


「上層部が入れ替わり、まだ混乱が続いているようです」


 実はお隣の教国でも同じような事が起きていた。

どちらか片方だけなら、もう片方に併呑されていただろう。

噂によると、共和国でも犯罪組織と有力な議員の癒着が明るみになり混乱が起きているという。

これは偶然か?


「……考えても仕方が無い事だな」


「はい?」


「いや、動かないなら都合が良い。こちらも忙しいからな」


「そうですな」


 そう、今はこの身を賭けて帝国を立て直す時。

あの時死んでいたはずの自分は、その為に生かされたのだ。

自分亡きあともアレックスなら上手く帝国を統治できるだろう。

アリサーシャも喜んで兄の力になるだろう。

そして


「では、次はこちらを」


「うむ、ダニ共め……」


 その名簿は粛清対象者のリストだ。

皇帝に盲従し、私腹を肥やし、民を虐げた貴族の面汚し達。

かなり始末したがまだまだ残っている。


「汚れ仕事はなるべく私達が終わらせておかなければな……」


「御意」


 彼らの子供達が築き上げる未来が、より良きものになるように。

その為の礎となる事が父親たちの望みであった。



双子の父親視点でした。


活動報告でお騒がせしたお詫びに、書置きを放出。

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