非情なる残光
首尾良く? ドラゴンを捕獲したフィオ。
次なる問題は運搬方法であった。
さすがにズルズル引きずってはいけない。
「うーん、妖精郷に放り込んでおくのが一番かな……って、おい、何だよそれは」
何時の間にやらギアが巨大な黒い塊を担いでいる。
その塊からはぐったりとした竜の頭が2つ生えていた。
ギアとヴァルカンの合作『ドラゴンの溶岩詰め』であった。
それを目にしたフィオの頭に浮かんだのは、ヤーさんのコンクリドラム缶だった。
実際このまま海に放り込めば、ドラゴン達は間違いなく溺れ死ぬ。
いくら最強生物の一角とはいえ、呼吸ができなければ死んでしまうのだ。
そしてフィオが命じればギアは即座に実行するだろう。
「容赦無いな、お前ら……」
呆れるフィオだが、それは盛大なブーメランである。
使い魔の思考ロジックはフィオ自身をベースとしている。
彼らが非情ならばフィオも非情なのである。
実際のところドラゴン達が自分の意思で襲いかかり、フィオに特に彼らを見逃す理由が無ければ間違いなく殺している。
フィオは使い魔達を『自分の分体』ではなく『一個の意志』と認識しているため、そこに考えが至らないのだった。
「まあ、死にはしないか」
異空間への門が開きギアが哀れな捕虜を放り込む。
さすがに内部に異世界を作り出す事は俺には不可能だが、閉じ込めておくだけなら十分だろう。
では、戻るとするか。
ギアとヴァルカンは引っ込めとこう。
獣人達が気絶しかねない。
「……何か忘れてる気がするな」
首を傾げながら港に戻るフィオ。
そこにはすでにアジェとグラが戻ってきていた。
2人の話によるとブラガは突然走り去ってしまったそうだ。
一瞬見えた巨大ゴーレムについての追求があったのは言うまでも無い。
ごまかしたけど。
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奪取した砦で部隊の再編を行っていた過激派の軍。
そこにワイバーンが帰還したのは、ドラゴン達が溶岩詰めにされていたころだった。
ワイバーン達は怯えきり、乗っていたはずの騎竜兵達は1人も帰還しなかった。
当然、砦は大騒ぎとなった。
機動力のある騎竜隊が残敵を掃討し、歩兵部隊が砦を守る。
この作戦は騎竜隊がいなければ成り立たない。
敵に騎竜隊を返り討ちに出来る戦力があるとすれば大問題だった。
「救援を出そう。最悪でも敵の情報を持ち帰らなければ……」
砦の守備隊長は決断する。
あの精鋭部隊がそう簡単に全滅するとは思えない。
隊長のブラガなど過激派軍の中でも5本の指に入る強者だ。
彼らの生き残りと合流すれば事態は好転するだろう。
そう考えての事だった。
「アースリザードとワイアームは出せるか?」
「はい。出せます」
アースリザードはラプトルに、ワイアームはワイバーンに劣る。
だから騎竜兵候補の訓練や、緊急時の補充戦力として使われる事が多い。
それを全て投入するつもりだった。
ワイバーン部隊を退けた以上、相手も相当消耗しているはず。
これでケリをつけられるはず。
そして、砦から駐留部隊の大半が出撃した。
彼らは気付かなかった。
進軍する先に見える奇妙なものを。
それはゆっくりと近づく巨大な光球だった。
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ダダダダダダ!
「くっ、このままではいずれ追い付かれる……」
大地を疾走する一騎の騎竜兵。
騎竜隊の隊長ブラガである。
全ての部下を失った彼は砦目指して駆けていた。
やがて、後ろを確認した彼は追撃を受けている事に気付いた。
追ってきているのは部下を殲滅したあの魔法だった。
不思議な事に攻撃はされないが、フラフラと揺れながら、しかし確実に自分を追尾してくる。
それほどの速度は無いが、あっちには疲労も何も無い。
こちらの速度が落ちれば最後だ。
実際のところ、魔法はすでにフィオの制御から離れている。
あまりに莫大な魔力が込められているので、すぐに消えずに残留しているのだ。
かろうじて索敵とロックオンの術式が無事だったので、ブラガの後を追尾しているだけにすぎない。
もっとも、追い付かれればその膨大な熱量によって骨も残さず焼き尽くされるだろう。
ブラガが絶体絶命の大ピンチである事には変わりない。
「……砦にあれを連れていく訳にはいかんな」
ブラガは覚悟を決め、ラプトルを止める。
そして自分は降り、ラプトルに手紙を持たせる。
逃げながら必死に記した事の顛末だ。
これを届けられれば自分の死は無駄ではない。
「お前ともお別れか……。行けっ!」
最後に相棒を撫で、行かせた。
迫り来る光球。
近付く消滅の時。
ブラガはゆっくりと目を閉じた。
「……」
「……」
「?」
何も起きない。
自分はもう死んでいるのか?
それとも魔法は不発だったのか?
ブラガは再び目を開く。
そして見た。
遥か彼方に見える友軍。
おそらくは砦の駐屯部隊。
そこに駆けていく相棒のラプトル。
そして、今まさにそこに落ちようとする。
太陽のごとき光球。
よせ
やめろ
声は出なかった。
代わりに閃光と衝撃が全てを塗りつぶし、彼の意識を狩り取った。
彼は最後に戦意を失った。
故に探知のターゲットから除外された。
そして光球は戦意を滾らせる彼の友軍を新たなターゲットとした。
それだけの事。
その事実を知らない事は彼にとって幸運だったのかもしれない。
彼に非は無い。
それでも、知れば自分を責めずにはいられないだろう。
なぜ自分は最後まで戦士であろうとしなかったのか、と。
目を覚ました時、目の前にはなにも無かった。
友軍も相棒も初めから何も無かったかのようだった。
だが、ガラス状に溶けた地面がそれを否定する。
彼らはそこにいたのだ。
そして死んだのだ。
破壊の爪痕でただ一人、ブラガは慟哭した。
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「!」
穏健派と呼ばれる勢力の最終防衛ライン。
そこには各種族の長達が集まっている。
その内の1人、狐族の女性が呆然と虚空を見上げていた。
「今のは……」
2本の尾を持つ上位種族『デュアル・フォックス』である彼女は、一族の中でも特に霊力が高く妖術に優れる。
妖術には通常の魔術に比べ概念的な物が多く存在し、予知もその一つだった。
とはいえ、そこまで正確なものではなく、正直言えば気休め程度である事が大半だった。
だがその日、彼女が行った予知にははっきりとした兆候があった。
ニクスが反旗を翻した時より、さらに強い予兆。
自分達の運命を、胸先三寸でどうにでも出来る様な圧倒的な何かが近づいている。
敵か味方かはまだ分からない。
もし、敵に回れば……。
パンパン
「はい、お呼びですかイチョウ様」
「ええ。予知の結果でぜひ知らせておきたい事がある、と。各族長に知らせてきなさい」
「了解しました」
「あと、虎族の族長には御息女は無事だろう、と」
「! それは吉報ですね。すぐに伝えます」
部下が立ち去った事を確認してイチョウは再び目を閉じる。
浮かんでくるのは先ほど見えたイメージ。
竜を雑草の様に蹂躙する黒い影。
はっきりとした姿は見えなかった。
炸裂する閃光と慟哭する竜人。
あれはニクスではないが敵の幹部だろう。
そして、呆然とそれを見つめる獣人達。
その中に虎族の族長の娘がいた。
「黒い影……。味方と思いたいですが……」
おそらくあれは善でも悪でもない。
そういったモノを超越した存在だ。
例えるなら鏡。
敵意には敵意を、善意には善意を返す存在だ。
もし、対応を間違えれば……。
ゾクリと這い上がる悪寒が全身を震わせる。
接触の時は近付いていた。
予想できた結果だったかな? 前話でそれっぽいフラグあったし。
狐の族長さんはしばらく胃が痛いかもしれませんね。
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