1本の矢
「ひとまず問題は無さそうだな」
町中に敵の反応はない。
船の連中を降ろしても問題ないだろう。
まあ、生存者もいなかったが。
全員が下りた後、船はまた沖に出し錨を下ろした。
多分、盗まれはしないだろう。
カリスとバイト、ベルクも送還し久々の1人だ。
リーフはいるけど。
「で、お前らはこの後どうするんだ?」
事情を聴きたいから同行はするが、行き先は決めてもらわないと。
ドラゴンの事情も聴きたいのでボサッとしていられない。
さあ、キビキビ行こう。
「そうですね。ここが襲われたとなると最低でも第2防衛ラインまで抜かれてると思います」
「3つの砦を結ぶ防衛線だったんですが、おそらく3つとも落とされているでしょうね……」
「第3じゃ不安だな。第4防衛ラインを目指すか?」
「いや、非戦闘員が多いんだ。最終防衛ラインまで下がった方がいいと思うよ」
「第2と第3の間には、いくつか集落が残っていたはずだが……」
「撤退する部隊や避難民と合流するのか?」
……長引きそうだ。
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話し合いは続いている。
詳しい状況が解らないので決めづらい様だ。
早くして欲しいんだけどな……。
「ん? 敵か?」
そんな事をしている内に、町に多数の生体反応が近づいてくる。
敵かと思ったが、それにしては動きがバラバラだ。
避難民か敗残兵だろう。
教えようかとも思ったが先頭の反応はもうすぐそこだった。
「「「「「!」」」」」
ここで、ようやく気付くか。
気を抜き過ぎだよ、君達。
敵だったらどうするんだか。
「「「敵か!?」」」
「何者だ!?」
同時に誰何する両者。
やってきたのは金髪の猫系獣人の男女だった。
女性の方は黒いメッシュが入っている。
これは虎かな? じゃあ、ゴージャスな髪の男性は獅子か。
さらに続々と獣人達が逃げてくる。
「あ~、あんたらは穏健派か?」
「へ?」
「魔人族?」
睨み合ってても話が進まないので口を出してみる。
案の定2人はこっちを認識していなかった様だ。
余裕無いな……。
「俺はまあ、こいつらの護衛みたいなもんかな? こいつらは中央大陸から帰ってきた元奴隷の穏健派だ。犯罪組織が潰れて解放されたんだよ」
なるべくゆっくりと解りやすく説明してやる。
どうにもこの2人気が短そうなんだよな。
後方で足止めをしている奴の方が話が通じる様な気も……。
「あたし達は「何をしている! 早く逃げろといっただろう!」って、マズイ!」
「追い付かれた!?」
両手に曲刀を持った銀髪の青年が駆けてくる。
頭には犬耳がピンと立っている。
あれって銀狼族か? 犬系獣人のサラブレットの。
「ちょっと、あんた護衛なんでしょ!? あたし達は穏健派の砦防衛部隊よ! 集落を襲われた非戦闘員も一緒なの! 助けなさい!」
「は? え?」
虎女は一気にまくしたてると、元奴隷たちの方に駆けていく。
避難民はともかく兵士達まで一緒に。
おいおい、それは無いだろう……。
と、思ったが獅子男は俺の隣に並んで敵を待ちうける。
意外そうに眼をやると苦笑して答えた。
「彼女は虎族の長老の一人娘なんだ。絶対に死なせるわけにいかない。それを彼女も理解しているんだ。女性だが腕の立つ彼女は一族の士気の拠り所だからだ。それに兵士達はもう戦意を折られている。足手まといにしかならない」
「……了解」
お目付役ってとこかな。
苦労人である事が見て取れ、反論する気も無くなる。
そこに疾風のように駆けてくる銀狼族の青年。
「グラ! ロサはどうした? それに彼は?」
「俺は一応味方だ。虎っ娘はあっちだよ」
「そ、そうか、助かる。俺はアジェだ」
「フィオだ」
銀狼がチラリと獅子に目をやる。
グラが頷くと武器を構えて隣に並んだ。
まあ、信じて良いか迷うわな。
でも、敵意は無いワケだし野生の勘で信じて欲しい。
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「魔人族か。懲りもせずに冒険者を雇ってくるとはな……」
現れたのはラプトルに騎乗する集団。
こいつらが騎竜隊か。
先頭の竜人はひときわ立派なラプトルに乗っている。
指揮官らしく、威圧感も凄い。
「懲りもせず?」
「なんだ、知らんのか? そいつらに雇われた冒険者が何人もニクス様に挑み、敗れ去った事を」
「へえ……。で、あんたは?」
「俺はブラガ。ニクス様の爪牙を自負している」
「あ、そ。俺はフィオ。ここにいるのは成り行きかな?」
軽口を叩きつつ、相手を観察する。
ブラガ達ではなくラプトルの方を。
魂に何かが取り付いてるな。
支配するほど強力なものではないが、馬代わりに使うには十分な影響力を発揮できそうだ。
そしてこの感じは、どうやらニクスって奴も……。
「ギフトか。当たりだな」
「何?」
「いや、お前達の親玉に用ができただけだ」
「うむ? ニクス様に?」
降伏して接近してギフトを奪っても良いんだが、どうもそういったやり方は苦手だ。
ここは正面から行こうじゃないか。
そう思ったのだがアジェが小声で話しかけてきた。
「(あんたは強いんだろ?)」
「(ん? ああ、強いぞ)」
「(俺達は大勢を相手に戦うのは苦手なんだ。俺とグラが奴を抑えるから、残りを魔法か何かで倒せないか? 魔人族は魔法が得意なんだろ?)」
「(ああ、やれる)」
「(じゃあ、頼む)」
アジェとグラは一歩前に出て、アジェは曲刀をグラは手甲を着けた拳を突き出す。
獅子族のグラは徒手空拳が戦闘スタイルの様だ。
「ニクスの腹心、戦士ブラガよ。あなたとその騎竜に勝負を申し込む」
「我らが敗れたならば速やかに降伏しよう」
「……断ったなら?」
「命尽きるまで戦う。1人でも多く道連れにして死ぬまで」
2人の目的は指揮官と部隊の切り離しだ。
あえて自分達が勝った場合の条件を付けない事で、相手が乗りやすくしているのだろう。
向こうにしてみれば力押しでもいっこうに構わない訳だからな。
ブラガはしばし2人を見つめていたが、徐に槍を2人に向ける。
「いいだろう。勝ち目は薄くとも、仲間の為に命をかける心意気はまさしく戦士。我が負ければこの場は見逃そう。どの道、砦を落とすという任務は達成しているからな。お前達は手を出すな!」
勝負に応じたブラガに反論しようとする部下もいた。
自分から負けた場合の条件も付けて応じたワケだからな。
しかし、それを一睨みで黙らせる。
戦士の誇りって奴かね。
一騎と2人は広場の方に走り去っていった。
やがて、すさまじい轟音が聞こえてくるようになる。
獣人は魔法が苦手だから、物理攻撃での戦闘なんだろうけど大したパワーだ。
ニクスの考えも外れてはいないのかもしれない。
もし獣人が一つにまとまる事ができれば、強大な軍事国家になれるんじゃないだろうか。
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ザッ
「おい、手は出さないんじゃなかったのか?」
俺は騎竜兵たちとにらみ合っていたのだが、戦闘音が離れると連中は動きだした。
明らかにやる気満々だ。
嗜虐的な表情で連中は答えた。
「あの勝負には手を出さないさ」
「それに万が一ブラガが負けたらお預けだろ? そりゃ、ないぜ」
下卑た目で虎娘達を見る兵達。
精鋭部隊が効いて呆れるな。
いや、規模が大きくなりすぎて、末端まで規律を守らせるのが難しくなっているのか。
こっちから手を出すつもりはないんだがな。
実際の所、当初の騎竜隊は騎竜兵の数が少なくその分精鋭であった。
しかし、ニクスの能力によって騎竜が増え、戦況が有利になる事で兵が増えると質の伴わぬ騎竜兵も増えてきていた。
ニクスはブラガの様に統率力のある将を配置して抑えていたが、枷が外れればこの通り。
野盗すれすれの連中も少なくなかった。
そして
ヒュン
パシッ
場の均衡は破られる。
騎竜兵の1人がフィオに矢を放ったのだ。
当たり前の様に掴み取られる矢。
しかし、その1本は彼らの運命を決定してしまった。
「やれやれ、静かにしていてくれれば手を出す気はなかったんだがな……」
フィオの持つ槍を包んでいた純白の布がフワリと解ける。
布はそのまま優美な飾り布となって翼の様に舞い、蛇と猛禽を装飾された槍が露わになる。
騎竜兵も元奴隷達も敗残兵達も、皆心を奪われたようにその神具に目を奪われる。
同時に凄まじい神気が空間を満たしていく。
元奴隷達も敗残兵達もラプトル達も本能で悟っていた。
彼、フィオは自分たちとは根源から異なる強者であると。
しかし、騎竜兵達は気付けなかった。
大勢の決まった戦場で、自分より弱いものを一方的に殺す。
それに慣れ切った彼らは、獣人の強さである本能を鈍らせていたのだ。
何よりとある『切り札』の存在が彼らを傲慢にしていた。
「見ろ! スゲエお宝だぞ!」
「殺して奪い取れ!」
そして躊躇うラプトルを強引に進ませ突撃する。
開かれた地獄の門へ向かって。
なぜ本能に優れる獣人がフィオの力に鈍感なのか?
答えが飾り布でした。
槍だけじゃなく、フィオ自身の力も隠蔽していたのです。




