フェイからの連絡
教国の南の森林地帯。
そこは聖獣たる天狼の領域である。
立ち入る者などめったにいないこの森に、空から訪問者が訪れた。
教国を後にしたフィオである。
「よっと、御到着だな」
〈お久しぶりですね〉
ベルクに乗って、森の中に降りたフィオに声をかける者がいた。
輝く様な純白の獅子リンクスである。
気楽なハウル、真面目なベルク、寡黙なプルート、素直なリンクスと口調も様々だ。
「おう。で、そいつらが例の?」
〈はい。南大陸への帰還希望者です〉
大陸東部での情報収集を終えたリンクスは、フィオに合流しようと帝国領内を通過していた。
そこで妖獣に襲われる集団を見かけ、なんとなく助けたのだ。
そして拝まれてしまった。
集団は全員獣人だったのだ。
気の良いリンクスは彼らの事情を聴く。
彼らはいわゆる脱走奴隷だった。
強引に連れてこられ、強制労働をさせられていたが、帝国の混乱に乗じて逃げ出したというわけだ。
とりあえず天狼の森への移住を考えているという獣人達。
リンクスはフィオと連絡を取り、次の目的地が南大陸である事を知った。
そこでリンクスは彼らを天狼の森まで連れていき、そこでフィオと合流。
その上で帰還希望者を募るという事で話を纏めたのだ。
予想外だったのは次々と獣人達が合流し、最初の3倍以上の人数になった事。
そして天狼の森の獣人達の中にも帰還希望者が結構いた事だった。
尤もその理由は森での生活に不満があるというより、天狼に迷惑はかけられないといったものだったが。
ともあれ、数百人の獣人達がリンクスと共にフィオを待っていたのだ。
「……成る程。多いな」
せいぜい100人位と思っていたが予想より多い。
移動に時間がかかるかな?
今後の予定を考えるフィオに天狼が近づいてきた。
〈初めましてだな、神獣の主よ〉
「ん? おお、初めまして。あんたらがこの大陸の番人か」
ピクリと天狼の耳が動く。
知られてるとは思わなかったのかな。
〈ご内密にお願いする〉
「もちろん」
各大陸にはいわゆる浄化装置の様な役目を持つ大樹『世界樹』が存在する。
神々はそれらの世界樹を守るために番人を用意した。
中央大陸の天狼、南大陸の竜族、北大陸の巨人族、西大陸の木人族だ。
尚、東には大陸が無く群島が広がっているが、どこかに世界樹は存在するらしい。
「じゃあ、こいつらの事は任せてくれ」
〈感謝する〉
「天狼様……」
「御恩は忘れません……」
別れを惜しむ獣人達。
情勢が落ち着いてくれば、中央大陸でも獣人の町とかできそうに思えるがなぁ。
迫害の急先鋒だった帝国しだいってとこか。
まあ、そこは双子に期待しよう。
〈主様ぁ。聞こえますかぁ〉
「ん? フェイか」
突然聞こえてきた無邪気で悪戯っぽい少女の声。
藍色の妖精女王フェイだ。
目的地である共和国南端の港町にいるはずなのだが。
〈はい~。良かったらそちらに転移門を開こうかと思いましてぇ〉
「あれ? お前この森に来た事あったっけ?」
フェイの新たな能力『妖精郷』。
これは時空間操作能力の一種で、フェイの望む隔離空間を作り出す結界の一種だ。
異空間を経由した長距離転移もその能力の一つとなる。
RWOで猛威を振るった広域弱体化フィールド『黄昏の帳』。
あれも『黄昏時』という時間帯を媒介にした結界の一種だった。
シミラの幻術結界、リーフの魔法結界と並ぶ空間結界の使い手がフェイなのだ。
とはいえ、強力な能力には制限もある。
転移の場合、目的地の情報が無いとゲートを開けないのだ。
要は行った事が無いと転移できない。
〈いえー、でも主様がマーカーになってくれればオッケーですぅ〉
「む? どうすればいい?」
〈部分顕現で翅を出して下さいー。それで私の魔力と共振させてもらえますかぁ〉
言われた通り妖精の翅を顕現させる。
続いてフェイとのリンクに集中し魔力を同調させる。
やがて目の前の空間が歪みゲートが開いた。
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フェイは最古参の使い魔である。
戦闘特化の同僚に比べると影が薄いと思われがちだが、彼女は極めて優秀である。
物理攻撃こそ苦手だが、光、風、雷、水、氷の魔法を自在に操り攻撃、防御、補助、回復何でもこなせる。
飛行により機動力も非常に高い。
探知や鑑定なども得意で、主人よりも採取は上手だった。
彼女は大抵の事はこなせる万能の使い魔なのだ。
だが、一番の強みはその思考力にあると言える。
人型で古参のフェイとネクロスは人間的な思考ができるのだ。
どんなに知能が高くても、獣型の使い魔達はどうしても考え方がずれてしまう。
だから情報収集に専念させたのだが、それでもハウルはやらかした。
まぁ主人も、場合によってはおかしな行動を取るので仕方ないのかもしれないが。
ともあれ、フェイは細かく指示を出されなくても人間社会の中でそつなく行動できるのだ。
共和国の情報収集をしていたフェイは、帝国に密偵を放っている勢力に気付いた。
帝国は敵国なのでそれ自体は普通の行為だが、彼らは異世界召喚術について調べていたのだ。
ここで疑問が出てくる。
共和国は民が主権を持つ民主国家だ。
大量の生贄が必要な魔法を手に入れても、実際には使えないのではないだろうか?
少なくとも「国民を生贄に捧げる」などと言って行動したら牢獄行きは確実だろう。
ひとまずフィオに連絡すると簡潔な答えが返ってきた。
「首謀者を特定して消せ」だそうだ。
探偵でも警察でも難しいミッションだが、フェイにとってはそれほどでもない。
シミラほどではないが、結界に隠れてしまえば発見される事は無いのだから。
エージェントフェイの調査によると、密偵を放っているのは軍や商会、傭兵ギルドなど。
それらに依頼を出しているのは議会議員の一部。
そして議員達に金を流し調査させているのは、とある犯罪ギルドの大物。
始末するべきターゲットは決まった。
とはいえ、ここで性急に動かないのがフェイの長所だった。
まずはターゲットを念入りに調べる事にしたのだ。
相手は非合法の奴隷売買を中心に勢力を築き上げた武闘派アウトロー。
しかも何やら妙な能力を持っているという噂。
さて、どうしようかと思っていた所で獣人関連の指令が来た。
フェイの中でスケジュールが組み立てられていく。
ボスの能力は調査済み、よって始末するのは簡単。
その後組織を乗っ取り非合法の奴隷たちを解放し、組織の情報をわざと漏らす。
捜査の手が伸びてきたら組織の幹部を差し出し逃走。
これで組織も協力者達も終わりだろう。
異世界召喚術は抹消されたらしいが、念のため関係者には痛い目を見てもらおう。
後は逃げる時に獣人達を連れて行き、保護しておけば指令通り。
うん、完璧だ。
フェイと犯罪組織との戦いは、一瞬でフェイの勝利に終わった。
どんなに強くても異空間に放り込まれ、2週間も飲まず食わずで放置されればお終いであった。
幹部連中は公安組織に引き渡し、組織は壊滅した。
奴隷達は魔法や魔具で縛られていた訳ではないので即解放し、組織のセーフハウスの一つで匿っている。
後は主がやってくるのを待つだけなのだが、元奴隷たちの食費が意外にかかる。
犯罪組織から金を強奪しておいたので当分は大丈夫だが、1カ月程度が限界だろう。
そして気になる事がもう1つ。
妖精郷に捕えた犯罪ギルドのボスだが、スキルではない不可解な能力を持っているのだ。
主に見せるべきだと思い殺さずに捕えてあるのだが、念のため抵抗できないように処置してあるので衰弱してきたのだ。
これは主の都合が良ければ、すぐに来てもらった方がいい。
〈主様ぁ。聞こえますかぁ〉
しばらくするとセーフハウス内にゲートが発生し、数百人の獣人を連れた彼女の主が現れた。
「フェイ、色々頑張ってくれたみたいだな」
〈はいー。私、頑張りましたぁ〉
主のねぎらいの言葉だけで今までの苦労が報われる。
そしてフェイは早速本題を切り出した。
〈実は主様に見ていただきたいモノがあるんですぅ〉
フェイは子供っぽい性格ですが、そこには幼さゆえの残酷さも存在するのです。
悪気も悪意も無く非情な行動を取れるんですね。




