始まりの悪意
世界と世界の狭間に小さな神域が浮いていた。
それはまだ若いとある世界に僅かに接触し、しかしその存在を知られない高度な隠蔽によって隠されていた。
当然だろう、この神域の主は欺く事を存在意義とする『欺瞞』を司る神なのだから。
正確には『元』だが。
彼は自身の生まれた世界より離れた放浪の神、『異神』だった。
なぜ離れたのか? それは彼が堕落したからだ。
自身を作りだした創造神に逆らったのだ。
彼の世界は、強大な創造神が自身の娯楽として創造したビオトープだった。
広大な世界には数多の種族と多様な文化が存在し、神もまた無数に存在していた。
直接的な力の行使は禁じられていたが、神々は頻繁に加護や祝福を与え間接的に力を振るっていた。
平和も戦争も全ては創造神に捧げる物語であった。
しかし、そんな世界も完璧とは行かない。
機械の誤作動、部品の不良品、システムのバグ、それが神にも存在したのだ。
制約が多い上位神にはまず起きないが、下位の神にはそれなりの確率で発生した現象。
それが『堕天』だった。
神には与えられた役割がある。
しかし、それを放棄し自我を優先する壊れた神。
それは『堕神』と呼ばれた。
彼らは制約から解き放たれ、自由に行動する事ができた。
しかし、堕神を積極的に排除するという意思を創造神は見せなかった。
なぜなら堕神の行動すらも楽しみの一つ、スパイスの一種に過ぎなかったからだ。
今まで以上に積極的に行動するようになる者もいれば、神である事を捨て血を残す者までいたのだ。
あるいは『堕天』という現象そのものが、創造神によって設定された必然のプログラムだったのかもしれない。
堕神はその存在を許容された。
しかし、世界そのものに害を与えたり創造神の意向に逆らう者達は『邪神』とされ討伐対象となった。
正義の神、裁きの神、英雄神、またはそれらの神の加護や祝福を得た者、神具を与えられた者。
彼らは邪神を狩るための猟犬だった。
邪神は基本的に下位の神。
そして神殺しの神たちは、ほとんどが上位の神だった。
討伐命令が出た瞬間、邪神は狩りの獲物と化してしまう。
それが当たり前だった。
彼も下位の神であり、堕天して自我に目覚めた。
そして堕神となった彼は、世の中を乱す事に喜びを覚えた。
決して表に出ず裏から糸を引き、時には神々までも欺き世界を混乱させた。
他の神々を堕天させるような事までしてみせた。
これは神としての格を超えた彼の実力であったと言えるだろう。
そして彼は用心深かった。
邪神と認定されない様に慎重に立ち回っていたのだ。
そして自身の起こした混沌を見て満足していた。
しかし、終わりは唐突に訪れる。
世界を玩具として楽しむのは創造神の特権。
創造神にとって、彼はコソコソと自分の真似事をして楽しむ不敬な存在と見なされたのだ。
あっと言う間に彼は狐狩りの狐となった。
しかし、彼はそれすらも予期していた。
自分が堕天させた神たちをさらに煽り、邪神に仕立て上げたのだ。
追手は分散され、追撃の手は緩んだ。
その隙に彼は自身の権能をフルに使って隠れ、世界を脱出した。
創造神もハエの一匹くらい逃げても死んでも同じ事、と見逃した。
目障りだっただけなのだから。
世界の狭間を漂流するなど正気の沙汰ではない。
しかし、どうせ残っていても狩られるのだ。
そして彼は賭けに勝つ。
小さく強固な神域を、脱出ポットとして使用する事で生き延びたのだ。
新天地を目指す彼は、次なる世界での遊びの計画に心を躍らせた。
異世界を渡り、先々で世界を乱す放浪の邪神の誕生だった。
それから長い時が経った。
彼は数多の世界に干渉した。
ある世界は滅び、またある世界では即座に見つかり退散した。
純粋な力に劣るため、成熟した世界の老練な神々を相手取るのはさすがに難しかった。
よって、狙い目なのは出来たばかりの若い世界。
創造神という後ろ盾のいない、自然発生した世界なら最高だった。
そして見つけたのだ。
条件に合う世界『ハノーバス』を。
早速彼は行動を起こした。
他の世界で掠め取ってきた人間の魂。
休眠状態にして持ち歩いていたそれに細工をして、ハノーバスに紛れ込ませたのだ。
結果は上々、不安定な世界を乱すには十分だった。
自分より力のある神々が右往左往する様は愉快痛快だった。
テストは十分。
ここからが本番だ。
彼は残りの魂全てを休眠から覚ました。
〈ようこそ。私は君達の認識で言う神だ〉
神域の中で混乱する魂たち。
彼らは皆、不慮の事故で無くなった者たちだ。
〈諸君らにはすまない事をした。実は諸君らの死は手違いだったのだ〉
怒り狂い喚き散らす者、ショックで黙りこむ者、様子は様々だ。
しかし、何かを期待する様な者達もいる。
彼はその期待に答える言葉を紡ぐ。
〈お詫びに君達を異世界に転生させてあげよう。もちろん助けとなる力も与えよう〉
喜ぶ者、仕方ないという様子の者、様々だが皆提案を受け入れる。
そして彼らに1人につき3つ、神力の結晶を植え付ける。
これは彼らの希望、欲望に応じて発芽する種の様な物。
発芽した力は疑似的なスキルとして定着する。
もちろんリスクもある。
下級の神にすぎない自分にはローリスク、ハイリターンな加護など与えられない。
しかし、そんな事をわざわざ教えるつもりも無い。
〈さあ、次に目を覚ました時、そこは異世界だ。自分達の思うままに生きるがいい。神である我がそれを許そう!〉
神力を受け入れた魂たちを再び休眠させ、隠蔽をかける。
そしてハノーバスに放り込んだ。
数十の災いの種達は、転生の輪の流れに乗った。
再び時が経ち、上手く転生した者達は前世の記憶に目覚めた。
彼らは、まさに時限爆弾だった。
大半が転生時にかけられた言葉の通り、自らを由として生きている。
今はまだ影響は小さいが、数年後には世界を揺るがすほどの存在になるだろう。
彼は満足げに表情を緩めた。
黒い強大な神が自分を探しまわっているが、下手に動かなければ見つかりはしない。
腰を落ち着けてショーを観戦していれば良い。
それから間もなく、ハノーバスは異世界と接触し悪魔が生まれ落ちる。
第2章オープニングです。
旨い話って裏がありそうですよね。




