白と黒
『神域』それは世界の管理者たる神の執務室。
中でも白き神と黒き神の神域は少々特殊だ。
物理的な意味ではないが隣り合っているのだ。
もっと言えば、一つの大きな部屋を大きな仕事机が分断していると言った感じだろうか。
当然、仕事机とは『転生の輪』の事である。
その転生の輪を純白の猛禽がジッと見つめていた。
その目はまさしく鷹の眼だ。
『ヴェンヌ・フォルス・ヴィゾフニール』
白き神と呼ばれる命の神の方割れである。
現在、相方である黒き神はある調査で忙しい。
これまで5:5で担当していた転生の輪の管理だが、現在は7:3で白き神が多く管理している。
と、突如巨大な存在が顕現する。
〈収穫は?〉
白き神は目の前に現れた巨大な黒蛇、黒き神に問いかけた。
〈無しだ。そちらは?〉
〈こちらも無しだ。やはり、もう全て転生してしまったのだろう〉
とはいえ、監視を緩める気は全くない。
万が一の事が在ってはならないからだ。
数百年前、転生の輪に異界の魂が紛れ込んだ。
これはハノーバスが誕生してから初めての出来事だった。
さらにハノーバスはまだ若い世界であり、神々も経験豊富とは言えなかった。
その結果、気付いた時にはすでにその魂は転生しており、直接排除する事ができなくなっていた。
さらに、その転生者は異世界召喚というとんでもない技術を生み出してしまう。
それまでの調和は崩れ世界に歪みが広がった。
若く不安定なこの世界は歪みの許容量がまだ少ない。
そいつの魂は死後徹底的に調べられ、念入りに浄化された。
その結果、その魂の混入は何者かが意図的に行ったものである事が解ったのだ。
ハノーバスには白き神と黒き神以外、魂に干渉する権限を持つ神はいない。
つまりは異界の神による干渉が行われたのだ。
黒き神はハノーバスと周囲の境界を探索し、異界の神を探した。
白き神は数多の魂を監視し、しらみつぶしに異界の魂を探した。
その結果、転生の輪には他にも複数の異界の魂が混入していたのだ。
それらは巧妙にカモフラージュされ、発見は非常に困難だった。
発見した異界の魂を調べると、それらは前世の記憶と異界の神の神力を休眠させた状態で転生の輪に存在した。
パッと見では解らないように隠蔽が施され、その隠蔽技術は見事なものだった。
これでは黒き神が必死に探しても本体を見つけられないはずである。
ちなみに彼らは犯人である異界の神が、まだハノーバス内部あるいは周辺にいる事を疑っていない。
なぜなら、相手は自分の放り込んだ魂が世界を混乱させるのを見て楽しんでいるからだ。
そこまで調べが付いていながら見つけ出す事ができない。
そして白き神の調査も完璧には行かなかった。
そして十数年前、まるで時限爆弾の様に転生の輪に残っていた全ての異界の魂が転生を果たした。
決して大量ではなかったが、1人でもあれだけ大事になったのだ。
それが複数。
神々は頭を抱えてしまった。
最初の1人は実験にすぎなかったのだ。
そんな時、さらに頭を抱える問題が起きた。
異世界との接触が起き、とてつもない力を持った神種が誕生してしまったのだ。
しかし、話は意外な形で決着する。
黒き神が接触を試みた所、実にあっさりと協力に応じてくれたのだ。
神々は世界に直接干渉できないという枷がある。
神々の直接干渉が、逆に世界を滅ぼす原因になる可能性があるからだ。
不用意に眷属を送り込む事も避けたかった。
だが、これで転生者に対応できる代行者を手に入れる事が出来たのだ。
期待は大きかったが、彼はそれに応えた。
最初の1人の遺産である異世界召喚術の抹消に成功したのだ。
さらに白き神と僅かながら関わりのあった国を立て直してくれた。
今後への期待を込めて、白き神も己の神力を分け与えたのは当然と言えるだろう。
当然、見せ場とか美味しい所とかフィオの邪推した様な事は全く無い。
アレは唯の被害妄想である。
〈新たに紛れ込む可能性もある。気は抜けん〉
〈確かにな。忌々しい〉
破壊神である黒き神はハノーバスの神々の中でも最強である。
異世界の邪神など見つけることさえできれば一捻りだろう。
だが、見つからない。
〈彼は次こそ転生者とぶつかりそうだ〉
〈玩具が壊されれば黒幕も動くかもしれんな〉
すでに転生者達は覚醒し、前世の記憶と特殊能力に目覚めている。
目立つ行動をとる者も多く、フィオとの接触は時間の問題だった。
〈僅かでも痕跡が見つかれば……〉
〈即座に見つけ出し、噛み砕いてくれる〉
黒き神は言い残し、神域を後にした。
残された白き神は、再び鋭い視線を転生の輪に向けた。
鷹の目はいつまでも転生の輪を見つめ続けた。
第1章 END
白き神の名前は鳥の太陽神です。
正確には『ベンヌ』『ホルス』『ヴィゾフニル』ですね。