神意
悪魔は語り続ける。
自然崇拝から生まれた原始宗教。
そこから生まれた多神教。
聖者や預言者と呼ばれた存在。
彼らやその弟子たちの起こした一神教。
特筆すべき点は、人が神を想像したという逆転現象だった。
この世界には見る事も話す事も出来ないが、神という存在は実在する。
例えば精霊神がいなければ精霊は存在しない。
よって精霊が存在するという事は精霊神は存在する。
天使が存在したのだがら白き神は存在し、悪魔がいるのだから黒き神も存在する。
これらの神が存在するのなら他の神も存在する。
こういったロジックでこの世界の人間は神の存在を認識している。
また、精霊などの眷属は主たる神の存在を明言している。
よって、教国が聖神という神を作り上げた事は非常にまれなケースだった。
さらに話は続く。
宗教は人々に団結を促し、法の存在しない時代に良心や道徳心による秩序をもたらした。
しかし、人口が増えるとその在り方が変化する。
異なる宗教を信じる集団が接触すると争うようになったのだ。
特に一神教にその傾向が大きかった。
他の神の存在を許さないからだ。
さらに権力との結びつきが強くなった。
権力者は自らの支配に宗教を利用するようになったのだ。
自身を神の代理と称する者、自身は神そのものと称する者。
いつしか宗教は人を縛るようになっていった。
宗教を自分の都合の良いように解釈する者もあらわれる。
神の名を免罪符に使う者も現れた。
同じ宗教内でも思想や解釈の違いが生まれ、分裂するようになる。
異なる派閥の者達が、同じ宗教同士で殺し合うようになった。
かつて人々を束ねた宗教は、その存在がある限り世界が一つに纏まらないモノとなってしまった。
しかし、それが悪い事とは言い切れない。
十人十色という言葉があるように、人は皆異なる存在なのだ。
全てが一つに統一されれば多様性が失われる。
世界は停滞し、ゆっくりと衰退していくかもしれない。
あるいは全ての意志を纏めれば、さらなる飛躍がなされるのかもしれない。
「そこまでは俺も判断できない」
そう、悪魔は締めくくった。
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祈りの間は静まり返っていた。
悪魔の話の内容を、皆が嚙みしめているのだ。
特に権力への利用と教会の腐敗の部分など、自分達の現状にそっくりではないか。
「私達は何処で道を間違えたのでしょうか?」
リックがようやくといった感じで問いかけた。
フィオは少し考え答えた。
「それはきっと、神に届くと、神への道を歩み出したと思った時……」
フィオの脳裏に浮かんでいたのはとある事件。
ある国で、極めて致死率の高い未知のウイルスが発生した。
感染力は弱かったが潜伏期間が長いせいで発見が遅れ、中々撲滅できず犠牲者は増え続けた。
治療法が見つからなかったその国は『カウンター・ウイルス・プロジェクト』という計画を実行した。
それは『ウイルスを殺すウイルス』を開発するという計画だった。
バイオテクノロジーの粋を結集して開発されたカウンター・ウイルスは実験ではうまく働いた。
しかし患者に投与されると、それは暴走を始める。
ターゲットのウイルスを破壊すると、その特性を取り込んだのだ。
さらに暴走したカウンター・ウイルスは、様々なウイルスを取り込み急速に感染を拡大してしまう。
手に負えなくなった政府は遂に感染区域、感染患者とその接触者全てを丸ごと核で焼き払った。
まるでゲームや映画の様な事件が起きてしまったのだ。
幸いウイルスはそれで完全に消滅したが、その被害は甚大だった。
政府首脳は総辞職し、科学者たちもその道を去った。
そして開発責任者だった天才遺伝子工学技術者は自殺した。
その遺書の最後の一文は
『我々はどこで道を間違えてしまったのだろう。私は思う。それは神に届くと、神への道を歩み始めたと思った時だと。人類よ再び道を間違う事無かれ』
というものだったのだ。
信仰も科学もそれ自体が悪い訳ではない。
人間の傲慢さが歪め、暴走させてしまうのだ。
「我々はどうするべきなのでしょうか?」
続いてアニタが問う。
彼女は『自分達は信仰を捨てるべきなのか』と聞きたいのだろう。
確かにフィオの話した内容はネガティブなイメージに偏っていたかもしれない。
そう考えたくなるのも仕方が無いだろう。
「それは俺の決める事じゃないな」
とはいえ、自分は教祖様ではない。
従え、さすれば導こう、などというタマでは無いのだ。
しかし、ほっぽり出すのも気が引ける。
助け舟くらいは出す事にした。
「そうだな、初心に帰るって言葉を知ってるか?」
「原点回帰のことですか?」
「おお、通じた。その通り。迷った時や行き詰った時は、そもそもの始まりはなんだったのかを考えてみようってことだ」
「始まり……」
しんみりしていた集団はそれぞれが考え始める。
元々宗教は団結と道徳心の育成という役割があった。
現代でも神を信じていなくても、ミッション系学校に情操教育の為に子供を通わせる親はいる。
法による規制が無くとも自分を律する精神を身につけて欲しいからだ。
「始まりは、天使と始祖フラム……」
「力は己の欲望の為に在らず……」
「愛とは見返りを求めないモノ……」
ブツブツと何やら呟き始める者達が。
どうやら経典の内容らしい。
読んだわけではないが、少なくとも原本はまともな内容だったはず。
過ぎた力を持って生まれた少年フラム。
力の使い方に迷っていた彼に天使は道を指し示す。
これが俺の認識で言う情操教育だったのだろう。
成長したフラム青年は人々を助けて回り、彼を慕う者が集い国となる。
これが聖教国の始まりだったはずだ。
ならば答えは初めからそこに在ったのだ。
後は、そうだな……
「最初に言ったが、俺の故郷にお天道様が見ているって言葉がある。お天道様ってのは太陽の事だ。太陽は神格化される自然の代表だ。つまり、神様が見てるって事だな」
人の目は道徳心を刺激する。
逆に言えば人目が無いと『誰も見ていないから』と悪さをする奴が多いという事だ。
そこで人が見ていなくても神様が~という話になる。
罰が当たるとか、地獄に落ちるとか、来世で不幸になるとか脅しも多いが、どれも良心に訴えかけている。
そう考えると、神無き世界においては人の善意、良心こそが神なのかもしれない。
神は人の内に在りってとこか。
ようやく、全員の目に前向きな意思が宿ってきた。
俺、講演とか出来んじゃね?
むしろ、教祖様?
カッ
「はい?」
下らない事を考えた直後、天井を貫き白い光の柱が降り注いだ。
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天使ではなく悪魔に導かれる。
それだけを聞けば異端の邪教だが、真実を知り話を聞いた者たちはむしろ進んで受け入れていた。
彼は理知的で、厳しくも善意にあふれていたからだ。
話の内容にしても同様だ。
彼の話を通じ皆は自分を、国を、信仰を見直した。
そして明日から新しい一歩を踏み出す気力を取り戻したのだ。
彼に感謝を告げようとした瞬間、まばゆい光が降り注いだ。
純白の光は聖神の像を包み込み、それを光の粒子に変えてしまった。
光の粒子は再び集まり、翼を広げた猛禽類の像に再構成された。
同時に粒子の一部が悪魔の持つ槍に吸い込まれていく。
彼も意表をつかれたらしく目を丸くしている。
さっきまでの超然とした顔つきとは打って変わった表情だ。
なんとなく親近感が増した気がする。
「あー、これは白き神様だな。手も口も基本出さないが、常に見ていて下さるそうだ」
白と黒が入り混じり、より力強さの増した槍を手に悪魔が言う。
この鳥が白き神の姿……。
しかも神が自ら作りだした神像。
これ以上の御神体があるだろうか。
「白き神よ。黒き神の使者よ。我ら教国の民は始祖の教えに立ちもどり、清く正しく生きる事を誓います……」
涙を流し、あるいは呆然とする者達を代表してリックが悪魔に告げる。
悪魔は一つ頷くと、どこからか大きな金属の筒を取り出し肩に担いだ。
「え?」
「は?」
「あの、それは?」
「なんだか、帝国の銃に良く似ている気が……」
戸惑う彼らを無視して悪魔が引き金を引く。
「祝砲って奴だ。それではごきげんよう」
カッ
ドオオオオオン!!
凄まじい閃光が目を焼き、轟音が耳を揺さぶる。
彼らが再び目を開けた時、悪魔も黒狼もグリフォンも姿を消していた。
司教達は顔を見合わせる。
彼は去ったのだ。
「これからが大変だな……」
「ああ」
「期待は裏切れませんね」
「怖いからな」
「まったくです」
この後、教国はその体制が一新される事になる。
法王をはじめとした中枢の悪事は白日の下に晒された。
関係者は審問会によって次々と捕縛されていった。
あまりにも数が多く人手が足りないため、勇者隊との共同任務となった程だ。
審問官たちの仮面に黒い蛇のマークが付けられていたのは余談である。
法王にはヨハン、枢機卿にはゲオルグ、アニタ、ベイガーが就任した。
3つの天翼騎士団の隊長には、勇者隊より人選が行われた。
ウェインは新たに設けられた元帥に就任し、3つの騎士団を束ねる事になった。
一気に10も席の空いた司教の座。
そこには有望な若手が就任した。
当然、その内の1人はミレニアである。
そして大聖堂の祈りの間は、広く国民に解放された。
天使の主、白き神の神像を一目見ようと連日多くの人々が押し掛けている。
この神像、元になった聖神の像は大理石製だったのだが、材質が不明であった。
まさか削って調べる訳にも行かず謎は謎のままにされた。
そして
「うーん、外したか?」
〈空気を読んだ行動では無かったと思いますが〉
天井の穴から飛び出したフィオは、ベルクに乗って飛翔していた。
ハウルは影に戻っている。
あの時フィオが使ったのは閃光と轟音だけのレプリカのバズーカ砲。
ドッキリ恒例のいわゆる『おはようバズーカ』というやつだった。
当然、RWOで職人達が作ったネタアイテムだ。
「いや、だって、最後の最後で白き神に持っていかれた感があってさ」
〈その槍は報酬というわけですな〉
フィオの槍は新たな進化を遂げていた。
石突きは虹色の宝玉を咥えた黒い蛇。
刃に象嵌された宝玉は白と黒の大極図の様な模様に変化していた。
その宝玉の周りには白い猛禽がレリーフされている。
さらに刃の根元には純白の飾り布が付けられていた。
これは自由に伸び縮みさせる事ができ、槍全体を包むことで槍の神力を隠蔽する事が出来た。
もちろんロープの様に使う事も出来るし、下手な盾よりも丈夫だった。
「『神槍杖オルピ二ス』ね……」
〈とりあえず天狼の森に行けばよろしいか?〉
「ああ。リンクスが獣人の難民を連れて向かっているはずだ。合流しよう」
悪魔の旅は舞台を獣人達の大陸へと移そうとしていた。
次回が短めなのでちょっと長めです。
しかし、書いてて思った。
哲学の授業かよ、と。
グダグダしててすいません。




