信仰
「教敵に死を」
「死を」
「死を」
ハウルの姿を見ても勇者隊の態度は変わらなかった。
いや、後方の数人が慌てている。
彼らは洗脳されていない指揮官なのだろう。
〈ふん。全員出てきたようだな〉
建物の3階に6つの気配。
それ以外は全て目の前にいる。
さすがに危機感は覚えているようだ。
無駄な事だが。
「ハウル殿……」
〈何だ?〉
一気に殲滅しようとしたハウルにウェインが話しかけてきた。
「殺すのですか?」
〈当然だろう〉
「洗脳されている者達は助けてもらえませんか?」
〈……甘いな。人としては美徳かも知れんが、戦場では愚かな考えだぞ〉
主たるフィオは味方には寛容だが敵には容赦しない。
敵に気を使い、味方を危険にさらすなどバカのやる事だと考えている。
必ず誠意は伝わる、話し合えば解るなど都合の良い幻想。
性善説を信じるほど彼は純真ではない。
それはハウルも同様だ。
「解っています。しかし、後の事を考えると使える人材は残しておきたいのです」
〈ほう……〉
ウェインは言う。
教国はこの後、上から下まで大混乱に陥る。
ましてや自分達はクーデターを起こした側なのだ。
国民を納得させるネタは多いほどいい。
勇者隊はエリートの代表であり、国民からの人気も高い。
洗脳を解いた勇者たちを味方に引き込み、国内安定に奔走してもらいたい。
これがウェインの考えであった。
さすが軍を率いる将。
情ではなく利を持って判断している。
これは帝国で双子を鍛え、公爵達を生かしたフィオに通じるものがある。
ハウルも反対しにくい。
〈……いいだろう、協力はしてやる。ただし、基本的にはお前達がやれ〉
「解りました。武器を取り上げるか宝玉を壊せばいいのですね?」
〈そうだ。奴らの動きは止めてやる。それと武器には長時間触れるなよ〉
「了解です。戦える者は集まってくれ!」
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「準備は完了です」
全員に作戦を伝えたウェインは敵を牽制していたハウルに告げる。
武器を抑え込むためのソードブレイカーや、宝玉を砕くための鈍器やピックを全員が所持している。
動きを止めてもらえるなら1人に対し4、5人で挑めば何とかなるだろう。
〈行くぞ。ガアアアアアア!〉
咆哮と共にハウルの口から真っ白なブレスが吐き出される。
威力を抑え、広範囲を狙った氷のブレスだ。
天狼でさえそんな能力は無い。
虚をつかれた勇者隊は、あっという間に凍り付いていく。
「よし、今だ!」
「武器を奪え!」
そこにウェイン達が突撃する。
首から下が凍っていてはまともな反撃など出来るはずもない。
次々と組み伏せられ、武器を奪われ拘束されていく。
しかし
「な!? こいつら……」
「奪っただけじゃだめだ!」
「宝玉を壊せ!」
「クソ! 硬い!」
勇者隊は武器を奪われても激しく抵抗する。
凍った体がひび割れても暴れるのをやめない。
ならばと宝玉を壊そうとするが、とてつもなく硬い。
ハウルはこれをあっさり噛み砕いたのか、と改めて戦慄する。
状況は抑え込むことには成功しているので硬直状態となる。
その時、ウェインは建物に逃げ込もうとする3人を見つけた。
司教達を人質にでもするつもりなのだろう。
「待て!」
ウェインは背を向けた3人に向かって駆けだす。
その時、不思議な事が起きる。
剣の纏う雷光がウェインの体に絡みつき、その速度を増幅させたのだ。
ウェインには魔法の才能は無かった。
しかし、彼には魔具の能力を最大限に引き出す才能があったのだ。
迅雷と化したウェインは背を向けたままの1人を斬り捨てる。
振り向こうとした二人目もあっさり切り倒す。
ガギィ
最後の1人がようやく反応し、盾で剣を防いだ。
光の盾が雷光の剣と押し合い、激しい火花が散る。
ここでようやく、ウェインは相手が誰なのか理解した。
「お前は確かキュロムの取り巻きだったな。ゲスな所はそっくりだ」
「ぬ、ぐ……」
名前は覚えていない。
ウェインにとっては興味の無い相手だったからだ。
ジリジリと押し込まれる剣を必死に押し返す勇者隊。
ズドオオオオ!!
その時、突如大聖堂から爆音が響いた。
続いて閃光が天高く昇っていく。
その場にいる者達は皆、その光景に呆然とする。
しかし、我に返るのが早い者がいた。
ウェインと審問官3人である。
ウェインは即座に身を沈め、相手の足を斬り払った。
転倒した所に容赦なく止めを刺す。
振り返ると、残りの勇者隊は全員気を失っていた。
〈大元の魔具が壊されたようだな。もうお前たちだけでいいだろう〉
そう言うとハウルは大聖堂に向かって歩き去っていく。
慌てて追いかけようとするウェインにハウルは振り向くと言った。
〈代表者を纏めて最上階に来い。主がそこでお待ちだ〉
「あ、と……」
〈別にどうこうするつもりは無い。だが、今後の道筋を決めるきっかけになるはずだぞ?〉
「……解りました」
そして、気を失った勇者隊は念のため捕縛され、司教達は無事に救出された。
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50人ほどの集団が最上階を目指す。
6人の司教とウェイン、さらに審問官、騎士、聖職者、勇者隊の代表たちである。
勇者隊は洗脳状態が長かった者はまだ昏睡状態だ。
しかし、目覚めた者達はまるで夢から覚めたようだった。
そして同行を申し出たのだ。
ちなみに彼らの武器だが、念のため宝玉は全て破壊された。
大会議室の様子を見に行った者は、その殺戮の跡に顔を青ざめさせていた。
法王達を守っていたのは教国の精鋭達である。
その彼らがろくな抵抗も出来ず一方的に蹂躙された現場は凄まじいものだった。
顔が残っている死体は全て絶望の表情を浮かべていた。
歩きながら集団のメンバー達は考えていた。
本当に会っても大丈夫なのか?
何かしらの助言が貰えるのでは?
期待と不安が入り混じっていた。
もっとも、直接顔を合わせた4人に不安の色は無い。
緊張しながらメンバーは最上階にたどり着いた。
祈りの間は相変わらず厳粛で美しかった。
神話を表すステンドグラス、そして聖神の像。
しかし、誰もいない。
全員が祈りの間に入り、不思議そうに部屋を見渡す。
その時、像の前の空間が揺らいだ。
滲みだすように黒い巨狼、空色のグリフォン、そして黒衣の人物が現れた。
彼が再び降臨した悪魔か……。
立ちくらみを起こすほどの、凄まじいプレッシャーにへたり込む者もいた。
しかし、そんな様子を見て悪魔はグリフォンに声をかけた。
「おいおい、そう怖がらせてやるなよ」
〈しかし、躾は最初が肝心です〉
「お前な……」
どこか気の抜けたやり取りに拍子抜けしてしまう。
そしてプレッシャーが弱まり、全員に少し余裕が戻った。
しかし、これが悪魔?
どう見ても一般的な魔族の『魔人種』だ。
かつての異形の悪魔とは似ても似つかない。
「見た目で判断するのは良くないな。これでも帝国と教国を落とした怪物だぞ?」
〈……主、貴方も怖がらせているではないですか〉
〈くくく〉
「まあ、それはともかくだ」
突然悪魔の表情が変わる。
さっきまでの人間臭い顔から、茫洋とした誰も見ていない様で全員を見ている様な不思議な表情に。
無表情では無いが、そこからは何の感情も読み取れない。
「俺はフィオ。黒き神の代行者としてここにいる。目的は異世界召喚術の排除だ。この国のトップもそれを求めたから、帝国の皇帝と同様に消えてもらった」
そして語られる神の役割、『歪み』の概念。
それは本来なら人間が知る事無く一生を終える類の情報だ。
「まあ、そんな訳でお前らの信じる『聖神』とやらは存在しない。いたとしてもお前たちの祈りに答える事は無い。……その反応からすると薄々気づいてはいたみたいだな」
彼らとてバカではない。
法王の暴走、異世界召喚の乱用、これだけあっても何も起きないのだ。
神など存在しないか人間社会に興味が無いのだと勘付いてはいた。
しかし、怖い。
生まれてからずっと信じていたものが否定されるのは。
「そうだな……。そもそも信仰って誰のため、何のためのモノだ?」
消沈する彼らに悪魔は問いかける。
今まで考えた事も無い疑問。
信仰そのものに対する問い。
「そうだな。俺の故郷では『お天道様が見ている』って言葉があるんだが……」
悪魔は語り出す。
遠い世界でかつて起こった宗教、信仰に関する歴史を。
宗教って難しいですよね。
心の支えになってくれるのは確かですが、のめり込み過ぎると他の全てを否定してしまいかねません。
宗教がアイデンティティーその物になってしまう人もいますしね。




