黒狼再び
フィオと別れたA、B、ウェインは囚われた司教達の元に急いだ。
その後を黒い子犬が付いてくる。
しかし、アレの配下が唯の犬のはずが無いと3人は確信している。
というよりも、黒い獣の話題に覚えがあった。
〈ククッ……〉
「?」
「どうしました?」
突然ハウルが笑い声を上げた。
3人が視線を向け、問いかけるとハウルは鼻をヒクヒク動かして答えた。
〈目的地の方から血の臭いがするな。物騒な事態になっている様だぞ?〉
「え!?」
「本当ですか!?」
〈嘘をついてどうする。ん? ほう……〉
今度は耳をパタパタと動かすハウル。
子犬の姿のくせに態度がデカイ。
しかし不思議と不遜な態度が板についている。
〈成る程。どうやら、お前達のお仲間……Cだったか? あいつが人数を揃えて外から攻め込んだようだな。勇者隊とやらと小競り合いになっている〉
「何だって!」
「あいつ……なんて無茶を」
気持ちは解る。
ジッとしていられなかったのだろう。
だが不用意に動けば犠牲が出る。
〈まだ死人は出ていないようだな。だが時間の問題だ。直に全面衝突になだれ込む〉
「クソッ!」
「急がないと!」
急いで駆けだす3人。
どこか楽しそうな様子のハウルが後を追う。
その様子をウェインがもう一度チラリと窺う。
彼はハウルがミレニア達の遭遇した神獣であると確信している。
つまりハウルは味方とは限らない。
一言も喋らず様子を見ていたのも警戒心ゆえだ。
だが、今のやりとりで警戒は薄れた。
ハウルには悪意も敵意も無い。
積極的に干渉するほどの興味が無いのかもしれない。
しかし、それでも今のやりとりには彼なりの善意があるように感じたのだ。
(味方なら心強いか……)
僅かな安堵を覚え、ウェインも先を急いだ。
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「うん?」
「外が騒がしいですね」
囚われの6人の司教達も異変に気付いていた。
外から叫び声や怒号が聞こえ、廊下をバタバタと走り回る音がする。
「ウェインが第2部隊を引き連れて乗りこんで来たとかな」
「ゲオルグ……、さすがにそれはシャレにならんぞ」
ゲオルグとベイガーが鉄格子のはまった窓から外を見る。
そして一瞬の硬直の後、大慌てで叫ぶ。
「ミレニア!?」
「あいつら、揃ってなにを!?」
門の前で勇者隊と睨み合う集団。
その先頭はゲオルグの弟子ミレニア率いる聖職者と、ベイガーの部下の審問官達だったのだ。
はっきりとは聞こえないが、双方は激しく言い争っているようだった。
「まずいぞ。今の勇者隊に話は通じない」
監視の勇者隊の大半は洗脳されており、会話など成り立たない。
洗脳されていない者たちは元々上層部のシンパであり、細かい融通のきかない洗脳組を指揮するためにいるのだ。
説得など通じるはずも無く、穏便に事が進むはずなど無い。
ヒュッ ザク
遂に勇者隊から弓が放たれ、矢は1人の聖職者の肩を貫いた。
一瞬の静寂。
矢はもしかすると警告、威嚇のつもりだったのかもしれない。
だが、その一矢は
「反撃だ!」
「突破しろ!」
「撃て、撃て!」
「殺せ!」
戦闘の引き金となった。
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数では勝る救助隊だったが、質では負けているため攻めきれなかった。
そもそも騎士ではない彼らは前線で戦った経験が少ない。
百戦錬磨の勇者隊の前に次々と負傷していく。
今のところ死者は出ていないが時間の問題だろう。
ガキッ パキィン
さらに問題なのは武器の差だ。
こちらの武器も上質の鋼鉄製を集めてきたのだが、それが容易く破壊される。
祝福武器、光属性の付加のかかった武器はそれほどの性能なのだ。
鉄製の盾も鎧も木の板のように切り裂かれる。
包囲してはいるが攻めきれず、旗色は悪い。
体勢を立て直すべきか?
そんな空気が漂い始めるが
「今だ! 殲滅しろ!」
勇者隊の後方で指揮を執っていた男が反撃を命じる。
勇者隊は猛然と救助隊に襲いかかった。
「くっ、抑えろ!」
「防壁を重ねろ!」
たちまち劣勢に追い込まれる救助隊。
一度包囲を破られれば、後は各個撃破されてしまう。
必死に耐えるが、徐々に負傷者が抜けた穴を塞ぎきれなくなっていく。
そして遂に
ガッ
「うわっ!」
ドサドサ
盾を構えた兵士の1人が足払いをかけられ転倒する。
さらにそれに巻き込まれ周囲も体勢を崩してしまった。
遂に開いた突破口に突入する勇者隊。
即座にフォローが入り穴は埋められたが、1人後方に逃してしまった。
後方には怪我人と治癒担当の聖職者たちがいる。
非戦闘員を殲滅するだけなら、勇者隊の実力なら一人で十分だろう。
驚愕と絶望に染まる者達に刃が振り下ろされる。
「させるか!」
ガギィ
振り下ろされた剣は、割り込んだ1人の騎士によって受け止められていた。
白い光と紫の雷光がせめぎ合う。
力負けしたのは光の剣。
振り抜かれた雷光の剣が勇者を弾き飛ばす。
自分から後方に跳躍し距離を取る勇者。
しかし、そこに音も無く忍び寄る仮面の二人。
1人が剣ごと腕を捕え、もう1人が首を決めて締め落とす。
「ここは大丈夫だな?」
「向こうは大分押されてるみたいです。急ぎましょう」
「早く司教様を助けないと」
A、B、ウェインの3人がようやく参戦した。
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勇者の1人が包囲を突破した事を知り、ミレニアは後方に向かっていた。
戦闘力はともかく補助や治癒には自信があり、周囲と協力すれば1人くらい抑えられるはず。
このまま後方を攪乱されてはこちらが瓦解してしまう。
焦りながら進んだミレニアの目に映ったのは、意外な光景だった。
すでに無力化された勇者とそれを囲む3人。
騎士と審問官。
真剣に何かを調べていた3人は、ミレニアに気付くと表情を緩めた。
「やあ、お久しぶりです」
「どうも。こちらは大丈夫ですよ」
「なんとか間に合いました」
「ウェイン隊長……なぜここに?」
ウェインは大聖堂に呼び出されてから音信不通となっていた。
司教達の様に拘束されるか、すでに消されたと思っていたのだ。
事情は解らないが無事な姿を見て安堵するミレニア。
あっさりと勇者を下したこの3人がいれば心強い。
〈ふむ、これだな〉
しかし、続いて発された声に驚愕を通り越してパニック寸前になる。
失神しなかった自分を褒めてやりたい。
ギギギと首を向けると倒れた勇者の上に黒い子犬が乗っている。
口には剣から外した宝玉を咥えている。
〈これだ。これから不快な感じがする〉
「これは祝福を込めた宝玉のはずですが……」
「いや、待て。宝玉を外したのに刀身の光が消えないぞ」
「じゃあ、これは?」
間違いない。
例え姿が変わっても声と魔力は偽り様が無い。
初めからそうと疑ってかかれば、小さな体に莫大な力を宿しているのが良く解る。
〈これは洗脳のマジックアイテムの類だな〉
「洗脳!?」
「勇者隊が!?」
「……確かにベイガー司教も最近彼らの様子がおかしいと」
なぜ、ここに? 彼がウェイン隊長を助けた?
でも、何で? どうやって? 彼は敵では?
いや、確かにあの時先に手を出したのは自分たちだ。
シコウガ、クルクルシテ、マトマラナイ
〈間違いない。そこの女が俺に使った魔具と同じ気配がするからな〉
目があった瞬間、ミレニアの下半身から力が抜けた。
腰が抜けたのだ。
そんなミレニアをどこか面白げに見て
パキン
黒い子犬は咥えた宝玉を噛み砕いた。
すると、倒れていた勇者の体がビクンと跳ね、完全に脱力した。
仮面の二人が急いで容体をみる。
「生きてます。体に異常は無いみたいですね」
「洗脳が解けた反動かと」
〈ふむ、体に残り香は感じないな。これを壊すだけでいいようだ〉
「念のため拘束はしておきましょうか」
呆然と成り行きを見守るミレニアの元に黒い子犬がやってくる。
その姿が揺らぎ、膨れ上がっていく。
ミレニアは失禁しなかった自分を褒めてやりたい。
〈自己紹介がまだだったな。俺はハウル。あるお方の下僕だ。主の命でこいつらに助力している〉
味方宣言に安堵するが、『なぜ?』という疑問は消えない。
周囲も突然の怪物の出現に凍りついている。
〈深く考える必要はない。主はわりと気まぐれな方なのだ。ただし約束は守る〉
ふと、黒狼は大聖堂の上を見上げた。
何かを感じた様だ。
〈もっとも、直にケリは付くだろうがな〉
そう言うと黒狼は連れの3人を引き連れ、前線に向かって行った。
人垣が割れ、門まで一直線の道ができる。
救助隊は黒狼の姿に怯え、ウェイン達の姿に安堵する。
ミレニアは必死に体を動かし後を追う。
と、1人の審問官が集団から飛び出し2人の審問官に飛び付いた。
仮面の女性は喜び大興奮だが、2人に窘められシュンとしてしまった。
その様子を面白げに見ていた黒狼は、4人を引き連れ悠々と進み勇者隊と対峙した。
大聖堂のもう一つの戦いが間もなく終わろうとしていた。
始まる前から戦闘終了宣言。
時間軸的にはフィオが門番を倒したらへんです。




