天裂く閃光
リーフの結界に囚われた以上、逃げる事は不可能。
そして、事ここに至っては一々選別する気も無い。
殲滅する。
会議室は縦長で中央に長机が置かれている。
フィオから見て一番奥の上座に座っているのが法王だろう。
その他に枢機卿が3人、司教が6人、第一騎士隊長、勇者隊長などの幹部が座っている。
彼らの後ろにはそれぞれの副官や護衛が立ち、壁際にはずらりと騎士が並んでいる。
所持している武器がバラバラな所を見ると勇者隊なのだろう。
あまりにも予想外なのか全員フリーズして動かない。
と、大きく目を見開いた法王と目があった。
「き、貴様、何者だ!」
ようやく再起動したようで、金切り声を上げ始める。
まあ、結果は変わらない。
槍を逆手に持ち替える。
「こ、この神の代理人たる聖フラム教国の法王である余に対して……」
アホだな。
喚いてる暇があったら、逃げるなり防ぐなりの準備をすればいい物を。
右腕を大きく引き、投槍の構えを取る。
「こ、このような無礼な……」
「止めろ!」
「防御!」
護衛がようやく動き出す。
勇者隊や聖職者が俺と法王の間に障壁を張る。
無詠唱の簡易なモノだが数十枚はあるだろうか。
数で勝負といったところか。
良い判断だ。
槍は虹色の光を発し始め、光は螺旋を描いて槍を包む。
一方、分厚い鎧を纏った者たちが障壁の後ろに陣取り、高級そうな盾を構える。
相手の準備が整ったのを確認。
思考が切り替わる。
代行者としての冷徹な思考に。
そうだ、全力で抵抗しろ。
生き残れたら見逃してやる。
試練を乗り越えた者として。
槍を放つ。
「グングニル」
--------------------------
その日、町の住民たちは現実とは思えない光景を目にした。
眩い閃光が天高く迸り、雲を貫いて消え去ったのだ。
首都を中心に雲が円状にくり抜かれた光景は、常識を超えた何かが起きている事を察するには十分なものだった。
大聖堂を取り巻いていた者達は、よりはっきりと事態を知る事ができた。
大聖堂の上層階の壁を貫き閃光が迸ったのだ。
つまり、アレは大聖堂の内部にいる何者かの仕業という事だ。
しかし、彼らはただ事態が進むのを見ている事しかできなかった。
何に対し祈ればいいのかも解らなかった。
----------------------
「ふむ、やりすぎたかな?」
立ち塞がっていた騎士たちも、置かれていた長机も、座っていた幹部達も等しく消滅していた。
真正面の壁には穴が空き、外が丸見えになっている。
張り切り過ぎてリーフの結界をぶち抜いてしまったのだ。
槍は結界に当たって上方向に軌道が変わり、空の彼方へ消えていった。
「……うん。消えたな」
もちろん、ここまでやったのには理由がある。
法王の身につけている物の中に、何かの魔具があった様なのだ。
どれがその魔具で、どんな効果があったのかは解らない。
しかし、不吉で禍々しく、不愉快な波動を発しているのだけは解った。
そこで浄化の力を込めた槍で、法王ごと跡形も無く消滅させたのだ
フィオ自身は知らぬ事だが、それは異世界人の作った魔具の波動だった。
勇者隊の半数を洗脳していたサークレットである。
これにより、司教達を救出に向かった3人の前で勇者隊は正気に戻る事になった。
「ベルク、左を始末しろ」
〈御意〉
俺が右に駆け出すと同時にベルクは左に飛び立つ。
青い小鳥の姿が揺らぎ、膨れ上がる。
現れたのは空色の体毛を持つ巨大なグリフォン。
空の王が真の姿を現した。
右手に竜槍杖を送還し、左手で魔剣サマエルを引き抜く。
剣を構えた騎士を武器ごと斬り伏せ、逃げようとする聖職者の首を刎ねる。
反対側ではベルクが大暴れしている。
風も雷も使わず爪と嘴だけで紙屑の様に人間が引き裂かれている。
「神よ……どうかお助け下さい……」
逃げる事も出来ずへたり込んだ聖職者が呟く。
無視して斬り伏せ、苦笑する。
滑稽だ。
彼らの言う『聖神』とやらは、白き神とは関係ない彼らが想像した神だ。
元々神は個人を救うほど暇ではないが、虚構の偶像が助けてくれるはずもない。
しかも彼らは、その聖神の教えとやらに反しているのだ。
神に背いた所で罰など無いと。
にもかかわらず、絶体絶命になると神頼みになるらしい。
彼らは何に祈っているのだろう?
祈った所で救われるとでも思っているのだろうか?
結局、神を否定する彼らも教国の人間。
土壇場では信仰心を発揮してしまう様だ。
ずいぶん都合の良い信仰心だが。
200人以上いた者達も残るは数人。
上座が在った方へ左右から追い詰められていく。
まあ、逃げ道など無いがな。
「あ、あ、あああああああ!」
自棄になった騎士がベルクに突進し
グシャ
脳天を嘴で砕かれた。
頭部を失い崩れ落ちる死体。
「ひいいいいいい!」
「嫌だあああああああ!」
限界を突破した恐怖に、生き残りがパニックに陥る。
そして壁に空いた穴に突撃していく。
ん? あ、ヤベ、そこ結界にも穴が空いてるんだった。
5人の人間が飛び出した所で追い付き、残りを切り捨てた。
これで全滅だ。
「逃げられたかな?」
穴から下を覗いてみる。
すると地面に5つの潰れたトマトがあった。
ここは大聖堂の上層階。
高層ビル並みの高さがある。
さすがにロープレスバンジーをやるには無理があった様だ。
〈浮遊や防御の魔法は使わなかったのでしょうか?〉
「完全にパニクってたみたいだしな。魔法使えるような状態じゃなかったんだろ」
呆れたように呟くベルクに答える。
アレじゃあ、精神集中も何もあったもんじゃない。
魔法を使うという発想どころか、落ちたら死ぬということすら解らなかったかもしれない。
「よし、リーフ、もういいぞ」
〈キュイ〉
結界が解除されると周囲の音が聞こえ始める。
大歓声だ。
「司教達の救出に成功したみたいだな」
ハウルがこちらに向かってくるのが感じ取れる。
向こうも問題なく終わった様だ。
このまま立ち去ってもいいのだが……
「軽くアフターサービスしておくかな」
近づいてくる喧騒を背に最上階に向かう。
祈りの間か……。
俺とは最も縁が無い場所の1つかもな。
これでフィオは実質二つの国を落とした事になる。
中央集権の体制とフィオ個人の並はずれた戦力あっての物だが。
例えば13億の人口を抱える隣国も、権力者が全員集まる大会議中に会場にミサイルをぶち込まれれば国が崩壊するだろう。
中央集権政治の弱点と言える。
そもそも現代社会では、どんなに悪辣な国でも正式な手順を踏まなければ攻撃などできない。
やってしまえば自分が集中攻撃を受けてしまう。
しかし、それも国際社会がある程度安定しているからの話だ。
現代社会に当てはめれば、フィオの行動はテロ以外何物でもない。
しかし、この世界には彼を罰する事ができる仕組みもそれを成せる強者もいない。
さらに言えば、特定の勢力に属しているわけではないフィオにとって、目的を達成できれば後はどうでもいいことなのだ。
本来ならば。
しかし、彼は国が崩壊し、民が苦しむ事を避けるための手を打っている。
混乱を纏められる人材を残し、方向性を示すだけだが、それだけでもずいぶん違う。
人外に転生し価値観などにも相当な変化のあったフィオだが、元々の世話好きでお人好しな性格は消えていない様だった。
最上階にたどり着いたフィオは祈りの間に入る。
そして最奥まで進み、聖神の像を見上げた。
完全に天使である。
白き神は鳥の姿をしているが、その姿を知るはずもないので、まんま天使なのだろう。
「白き神……。あんたは干渉する気はあるのか?」
答えは無い。
元より期待はしていなかったが。
「さてさて、じゃあ、どうやって上手くまとめようかね……」
ヴァンデル公爵の時の様に、再び口先三寸を振るう時が来たようだな。
さあ、来るがいい。
迷える子羊たちよ。
あっと言う間の蹂躙劇。
散々引っ張ったのに……。