再会 悪魔と騎士
思わぬ足止めを食ってしまった。
さっさと大聖堂に突入しよう。
フィオは麻薬患者達の容体が安定したのを確認し、通路を進もうとした。
が、
「ま、待ってくれ! いや、待って下さい!」
「んー?」
突然Aに呼び止められた。
残りの二人と元ジャンキーの皆様も真剣な目で俺を見ている。
「大聖堂へ向かうのですか?」
「ああ」
「何のために?」
「教国の上層部を始末するためだが?」
「「「「「「「!」」」」」」」
全員驚愕に目を見開く。
放っておいて行こうとすると、Aが我に返った。
「な、なぜそんな事を?」
「言われないと解らないか?」
お前らの状況だけでも十分理由になるぞ。
普通ならとっくに革命が起きているはずだ。
帝国という敵があり、宗教国であるため堪えているんだろうけど。
「……」
「まあ、あえて言うなら連中は異世界召喚を手に入れようとしている」
「な! あれは邪法ではないですか!」
「では、聖戦の本当の目的は……」
「教義に反します!」
おうおう、反響大きいな。
疑う奴もいない。
まあ、当然か。
彼らは『聖職者=聖人』ではない事を身をもって知ってしまったからな。
「まあ、実際のところ帝国の異世界召喚術は潰してあるんだがな。でも、何かの拍子で再現されたら面倒だし。そんな訳で一応な」
平然と放たれた言葉。
その意味する所。
帝国の大混乱を引き起こしたのは
「貴方は一体?」
「さっき答えただろう?」
「……本当にあなたは悪魔なのですか?」
真剣な目で問いかけるA。
俺は答える代わりに背中にコウモリの様な翼を顕現させた。
「天使は聖者を導き、悪魔は罪人を裁く。そういう事だ」
「黒き神は邪神なのでは……」
「それは死を拒絶する本能ゆえの発想だな。だが、死が無ければ世界は生者で埋め尽くされるだろう? そもそも、神とは世界を維持する存在だ。不必要な神などいないし、人間が善悪を決められるような存在でもない」
「……聖神は、白き神は天使をつかわせてくれないのですか?」
「導くべき聖者がいないからな。異世界召喚が絡まなければ、俺もここにはいない」
そもそも、天使が聖者を導くというのも都合の良い見方にすぎない。
実際は神種になりうる者が生まれた時、その者が暴走して世界に悪影響を与える事が無いよう導くため、天使が派遣されるのだ。
つまりは監視役であり、お目付役だ。
やるせない現実である。
「黒き神は意外と面倒見がいいと思うぞ? 教国と帝国を和解させるために、共通の敵として先任の悪魔を送り込んだくらいだからな。まあ、結局上手く行かなかったが」
「そんな……、いや、しかし、あの悪魔は大勢の民を……」
「だから神は一々そんなこと気にしないんだよ。大の為に小を切り捨てる。規模は違えど王や皇帝だってそうやって国を動かしてるんだろ? 神だって同じさ」
「……」
しゃべりすぎたかな?
信仰も価値観も軒並みぶっ壊してしまった。
まあ、どうでもいいか。
「じゃ、俺は行くぞ。」
「お待ちください」
おう?
さっきよりさらに、やたらと丁寧な態度になったな。
「私達もついて行ってもよろしいでしょうか?」
「急にどうした? 止めたって無駄だぞ?」
「止めるつもりなどありません。ただ、見届けたいのです」
なんだか、最初よりずっと芯の通った様子だ。
さっきまでのぐらついた態度が嘘の様。
静かで静謐な、意志のこもった眼をしている。
「……まあ、いいか。AとBはついてこい。Cは彼らを見ていてやれ。念のためだ」
「はい」
「ありがとうございます」
「解りました」
恭しい態度で答える3人。
さすがに丸腰はまずいだろうな。
Aにはメイス、Bには長剣、Cには小剣を渡してやる。
メイスはメテオライト、長剣はダマスカス、小剣はミスリルだ。
ちょっとしたサービスである。
「よし、行くか」
「「はい」」
フィオは気にしていなかったが、この一件は3人にとっては『試練』であった。
それを受け入れ、乗り越えた3人は人間として大きく成長したのだ。
悪魔の試練を乗り越えた彼らは、聖職者としても成長した事になった。
フィオの感じた雰囲気の変化は、3人の魂が輝きを強めた結果だった。
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大聖堂の一室。
そこでウェインは30人ほどの男達に囲まれていた。
突然呼び戻され、大聖堂の現状に驚愕し、そしてこの状況だ。
目の前には集団のリーダーがニヤニヤとした顔で立っている。
この男、キュロムは騎士団の新しい第3隊長だ。
元は勇者隊に所属していたので実力は確かだが、人間的には問題がある人物だった。
一言で言えば権力至上主義者。
上に媚を売り、下を虐げるタイプの人間なのだ。
派閥としては法王派に所属し、腹心と言ってもいい人物だ。
剣の腕ではウェインが上だが、彼には魔法がある。
総合すればほぼ互角だが、今は魔剣がある分ウェインの方が上だろう。
そう、魔剣である。
この部屋にウェインを呼び出したキュロムは魔剣を要求してきたのだ。
「この魔剣は私の私物だ。それをよこせとは穏やかではないですな。私は君の部下ではないのだが?」
「それは帝国の宝剣。私物にするには価値があり過ぎる。よって教国の財産という事になった。そして法王様は、それを私が所有するべきとおっしゃったのだ」
「ゲオルグ司教の了承は得ているのですか?」
「ゲオルグ? なぜ、一介の司教ごときの意見を法王様が聞かねばならない。そもそも、あいつは謹慎中だ。その内、罷免されるだろうな」
「私もそうするつもりですか?」
「いやいや、貴殿は優秀だ。何しろ、魔法も使えないのに剣一本で上り詰めた人物だからな。だがこの辺で良いのではないか?」
キュロムの目は愉悦感に満ちている。
実力は互角でも純粋な戦闘に関してはウェインに分がある。
だから彼の方が先に隊長になったのだ。
キュロムはその事を妬んでいたのだろう。
だからウェインを引きずり降ろし、彼の手柄を横取りできる事を喜んでいるのだ。
おそらく、もうシナリオが決まっているのだろう。
「貴殿は私の隊長就任祝いとしてその魔剣を寄贈するのだ。そして盟友のゲオルグ達の不敬に責任を感じ隊長をやめる。そういうことだ」
「それを受け入れるとでも?」
魔剣に手をかけるウェイン。
この現状を放置すれば教国は堕ちる。
何とかこの場を切り抜け、ゲオルグ達と合流しなければ。
(いけるか?)
周囲の連中は全員が騎士と聖職者だ。
一般兵ならこの程度の人数何とかなるのだが。
せめてキュロムがいなければ。
(だが、やるしかない)
まずは後衛の聖職者を倒す。
次に敵を盾にしながら騎士を倒し、最後にキュロムを倒す。
プライドの高い奴なら、逃げるという選択は取らないはず。
「ふん、剣を抜いた瞬間こいつは反逆者だ。殺してもかまわんぞ」
「剣を抜くまで待つのか。お優しい事だな」
もはや敬語を捨て、挑発するウェイン。
キュロムは怒りで顔を赤くするが、言葉をひるがえすつもりは無いらしい。
好都合だ。
(ならば、まずキュロムを狙うべきか?)
戦術の立て直しを考えたウェイン。
その耳に会話が飛び込んできた。
廊下から。
「どこに向かわれるんです? 法王の部屋も司教たちの幽閉場所もそっちじゃないですよ」
「いや、こっちにどっかで感じた反応が在ってな」
「ここは今は空き部屋ばかりのはずですが……」
「いや、結構な人数がいるぞ」
その場の全員が困惑する。
この辺はキュロム達によって、既に人払いを済ませてあるはずだ。
見張りも置いたので第三者が来るはずはない。
しかも会話の内容が不穏だ。
(今の声はどこかで……)
しかし、ウェインはもっと気になる事があった。
会話の内容より声そのものだ。
どこかで聞いた覚えがあるのだ。
そう、あれは確か……
「何だ? 見張りは何をしている!」
ギィ
キュロムが苛立って怒鳴ったのと、扉が開いたのは同時だった。
「なっ!?」
「ん?」
まず入ってきたのは魔族の青年。
次に入ってきたのは二人の審問官。
青年と目があった瞬間、ウェインの頭から思考が吹っ飛んだ。
「あ、あああ……」
「ふむ? こいつどこかで……」
自分の置かれた現状も忘れ硬直するウェイン。
キュロム達も突然の乱入者に気を取られ、動けなかったのは幸いだろう。
下手をすれば、なすすべも無く斬り殺されていた。
だが、彼にはそんな事を気にする余裕はない。
かつて英雄と切り結んだ戦場。
死を覚悟した自分。
しかし、目の前にあった真逆の光景。
槍に貫かれた英雄。
英雄を貫いた謎の人物。
消え去った英雄。
渡された魔剣。
「あ、貴方は……」
フードを被っていたので顔は見ていない。
だが青年の握る槍は見間違いようもない。
青年は部屋を見渡し首を傾げた。
「えーと、お取り込み中だったか?」
ここに騎士と悪魔は再会を果たした。
騎士がそれを望んでいたかどうかは別問題だが。
個人の意思とは関係なく、終局に向けて役者は揃っていく。
三人は悟りを開いてしまいました。
そして、小悪党たちの運命も決まりましたね。




