地下の監獄
重苦しい沈黙が満ちる部屋。
6人の司教たちは沈痛な表情で黙りこんでいる。
「では、今度は私からも1つ報告があります」
ヘレン司教が沈黙を破る。
良い知らせとも思えないが、聞かない訳にはいかない。
5人の視線を受けたヘレンはベイガー司教と目を合わせた。
「ベイガー様。先日の麻薬の件で残念なお知らせが……」
ベイガーたち審問会は、実行犯の司祭や薬師などは捕える事が出来た。
証言から、ある程度の関係者も判明した。
しかし、そこまでだった。
完全な解決とは程遠い。
この大掛かりな事件を連中だけで行えたはずが無い。
必ず黒幕が、しかも上層部にいるだろうことは明白だった。
だが、証拠が無い。
すでに消された者も多かった。
「まず、捕えられた関係者達ですが全て変死しました」
「「「「!」」」」
「……口封じか」
コクリとヘレンは頷く。
そして、次の言葉はさらに衝撃的なものだった。
「さらに保護された被害者、そして事件を担当していたあなたの部下3名が行方不明になりました」
「何だと!?」
「貴方が幽閉された翌日から、50人以上の人間が忽然と消えたのです。治療院、大聖堂、色々探してみましたが……」
そう言って首を振るヘレン。
上層部の意図は明白だった。
事件を完全に揉み消そうとしている。
そして
「法王は審問会を潰し、新たな自分の意のままになる監査機関を設置しようとしているようです」
「まさか、そこまで……」
ベイガーは自分の法衣を見つめる。
この法衣も部下達の法衣も、始祖の祝福を受けた一品だ。
今は亡き聖フラムに代わり不正を正す事は彼らの誇りだった。
法王は邪魔だというだけで始祖の遺志を蔑ろにしようというのか。
「今のところ、審問会自体に圧力がかけられた様子は有りません。おそらく聖戦に勝利し、目的を達したタイミングで改革と称して強行するつもりなのでしょう。私達の処分も」
「……」
さすがのベイガーも普段の覇気を失っている。
このままでは取り返しのつかない事になる。
だが、丸腰で突破できるほど勇者隊は甘くない。
せめて外部から呼応してくれる者がいれば……。
「実は良い知らせもあります」
リック司教が努めて明るい声で口を開いた。
皆の目に希望が灯る。
「実は、ウェイン隊長が大聖堂に呼び出されているのです。この現状を知れば、必ず何かの行動を起こしてくれるはずです」
「確かにあいつなら期待できるな。だが、そのリスクは法王も解っているのではないか?」
ゲオルグが怪訝に思い問う。
わざわざ国境に隔離していた彼を呼び出す理由とは?
「ええ、それでも手元に置きたいのですよ。彼の持つ英雄が振るった精霊銀製の雷の魔剣、帝国の宝剣を。後は……、もしかすると、彼を解任して自分の手駒を後釜に据える気なのかもしれませんね」
「あれはウェインが命がけで手に入れた戦利品、私物だぞ。取り上げるつもりだというのか? 盗賊と変わらんではないか!」
ゲオルグは英雄マイクが死んだとは思っていない。
何らかの理由で帝国を去ったのだと思っている。
そして、あの魔剣は英雄がウェインに託したのだと考えていた。
それを強引に取り上げるなど許せなかった。
しかも、ここは既にウェインにとっては敵地である。
そして、彼は良くも悪くも真っすぐだ。
自分達の現状を知れば後先考えないで行動する恐れがある。
下手な事をすれば殺されてもおかしくないのに。
「ウェイン……、無茶はするなよ……」
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そのころフィオは真っ暗な地下道を歩いていた。
フィオもリーフもベルクも夜目が効く。
明かりなど無くても平気だった。
「地下道って言うとジメジメした雰囲気があるけど、ここはそうでもないな」
〈キュー〉
〈割と頻繁に使っているようですな。良く手入れされている〉
入る前は下水道の様なイメージだったのだが、中は意外と綺麗だった。
石のブロックが規則正しく並び、破損も無い。
だが、気になる事もあった。
「ここって脱出路なんだよな?」
〈そのはずですが……〉
「じゃあ、何でそこら中に牢屋なんてあるんだろう?」
〈キュイー……〉
通路の左右は牢屋だらけだった。
今のところ中に人はいないが、この規模だと収容所と言えるほどだ。
〈ふむ、どうやら脱出路そのものより大分後に作られたようですな〉
「そうだな。石材の材質が違うし格段に新しい」
「! キュイ!」
「ん? どうしたリーフ?」
リーフが何かに勘づいた。
探知にはなにも引っかかっていないが……。
しかし、そこで俺も気づく。
「この臭いは……」
〈ふむ、換気はあまり良くないようですな〉
通路の奥から異臭が漂ってくる。
汚物や吐瀉物といった類の、荒れた酒場の様な悪臭だ。
相当向こうから漂ってきているようだ。
正直行きたくないが、道は一本だ。
「しゃーない、行くか……」
〈キュ~……〉
しばらく進むと、ようやく人間の反応があった。
予想通り牢屋の中だ。
「こんちわ~って、うわ……」
その中にいたのは、いわゆるジャンキーの方々だった。
涎を垂らし、虚空を見つめ、何かを呟いている。
さらには壁に頭突きしたり、髪を引きぬいたりと自傷している者もいる。
そしてピクリとも動かない者も。
「ホントに収容所だったのか……」
「……誰かいるのか?」
「ん?」
〈キュ!〉
突然、反対側の牢から声をかけられた。
まともな者もいたらしい。
リーフが気を利かせて無数の光球を作り、通路を照らす。
そこにいたのは、白い仮面と高性能そうな戦闘法衣を纏った3人組だった。
「君は魔族か? どうしてこんな所に?」
「あーっと、むしろここは何なんだ? 収容所か何かか?」
「まあ、似た様なものか」
「うむ、おたくら怪しいし」
「違っ! これは審問官の制装で……」
〈……とりあえず自己紹介から始めてはいかがですか?〉
とりあえず鉄格子を2本もぎ取って3人を外に出す。
仮面越しにも動揺が伝わってきた。
そして、ベルクの言葉に従い自己紹介を始める事に。
「俺はフィオ。神様に世直しを依頼された悪魔だ」
「はあ……」
「えーと」
「その……」
何だろう? 誠実に正直に自己紹介したのに。
仮面越しだが、3人が可哀相な子を見る目をしているのが解る。
何か不味かったかな?
〈主よ。正直が美徳とは限りません〉
〈キュ~……〉
「……まあ、いいや。で、おたくらは?」
3人は顔を見合わせ、1人が代表して話しだす。
そう言えば、こいつらの仮面には弱い認識阻害の魔法が付加されている。
顔見知りが見ても誰だか解らないだろうし、3人を区別する事も出来ないだろう。
まあ、俺には無意味だけど。
「まずは、助けてくれて感謝します。そして、すいませんが顔と名は明かせない。役職がらリスクが大きいのです」
「役職? 審問官だっけ?」
「はい。聖教国の内部監査機関『審問会』。そこに属する者は、当然犯罪者達から目の敵にされます。本人や周囲に手出しされないための処置なのです」
「ふむ。じゃあ、あんたはA。そっちのノッポ君はB。彼女はCと呼ぼうか」
「「「!」」」
3人が驚愕する。
そんなに意外か?
「どうやらあなたには、仮面の幻術が効いていないようですね」
「だからといって、どうという事は無いだろ? それより何であんたらは牢にぶち込まれてたんだ? 本来なら犯罪者を放り込む立場なんだろ? それにあっちの牢の連中は?」
「はい、そうですね……。本当に情けない話なのですが……」
Aから大体の事情を聴く。
ベルクの話だと、彼らの上司は今のところ無事らしいが。
まったく、帝国の貴族といい勝負だな。
「麻薬ね……。治療できるのか?」
「今回使用されたのは依存性は高いですが、効果は低いものでした。薬自体はもう抜けているはずです」
「じゃあ、あれは副作用か禁断症状ってわけだな」
牢に目をやり、解析メガネを付ける。
表示されたバッドステータスは『中毒』。
ゲーム中では見た事が無い。
「本来ならこの後、万能薬による治療が行われるはずだったのです。麻薬に通常の解毒剤は効果がありませんから」
「万能薬……」
アイテムボックスを確認する。
RWOで万能薬とされるのは『キュアポーション』系だ。
それ以上となるとエリクサーが必要になる。
とりあえずキュアポーションを試すか。
駄目ならハイ・キュアポーションだな。
「おい、これで治せるか?」
「え? こ、これは!」
「高位万能薬じゃないですか!」
「治せます! 完璧に!」
3人揃って大興奮だ。
それにしても、通常のキュアポーションが『高位』ね。
確かにゲームでも、毒消しや麻痺直しなどを複合精製して作る高級品だった。
しかし、それは中盤まで。
後半じゃ、通常のは普通にNPCの店で売ってたんだよな。
「じゃあ、手分けして治していこう」
「「「はい!」」」
俺が鉄格子を破壊すると、3人は人々にキュアポーションを飲ませていく。
実は飲ませなくても、かけるだけで効果があるはずなんだよな。
抵抗して飲まない者の頭にバシャっとかけたら3人に唖然とされてしまった。
効いたんだからいいじゃん。
そんな目で見るなよ……。
常識ブレイカー降臨。
審問官たちの常識は耐えられるのか?




