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リバース チェンジ ワールド  作者: 白黒招き猫
第1章 異世界召喚編
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灯火

 怨念から作った魔法生物の異常。

それを感じたフィオは即座にプルートに確認を取る。


「プルート。どうなっている?」


〈……どうやら『死者の汚泥』は内側から侵食を受けている模様〉


「内側?」


〈あれは残留思念の塊。明確な意思を持つ者が同化すれば、その者の意思に染まる可能性は有り〉


「同化って、怨念に同化する? 正気の沙汰じゃないぞ……」


〈逆に言えば、正気を失えば実行可能〉


「理論上は、な」


 あれこれ考えても仕方ない。

死者の汚泥は一カ所に集まっていく。

その中心にファンがいるのだろう。


「この目で確認するしかないか」


〈同意〉


-----------------------------------------


「あああああああああああああああああああああああああ!!」


 ファンは絶叫していた。

その眼にはもはや何も映っていない。

だが脳裏に直接流れ込んでくる映像。

それは死、死、死。


 騎士が剣を振り下ろす  死


 兵士が槍を突きだす   死


 水も飲めずに飢え    死


 そして自分そっくりな少年が火球を放ち   死


 膨大な魔力を宿したファンの肉体は、そう簡単には壊れない。

両の手足を失えば普通なら失血死するが、彼の傷の出血はもう止まりかけていた。

しかし、精神は肉体同様に強靭とは限らない。

むしろ打たれ弱い彼の精神は崩壊寸前だった。


 自分が何をしたというのだ。

何でこんな目に遭わなければならないのだ。

自分は何も悪くない。


 彼に殺された者たちが聞けば激怒するだろう。

しかし、彼は本心からそう思っていた。

なぜなら、そう教育されていたのだから。

悪いのは全て相手であり、自分は悪くないのだ、と。


 しかし、怨念はそんな事は気にとめない。

ひたすらに彼の精神に死のイメージを送り続ける。


 魔力の精神防壁が働き、気を失う事ができない。

彼の本能はどうにか今の状況を脱する方法を探していた。

この苦痛から逃げる方法を探していた。


 そこに明確な理性など無い。

ただ闇雲に逃げ道を探していた。

そして見つける。

その方法を。

選んではいけない道を。


 怨念とファンの精神に僅かに同調する部分があった。

それは『被害者意識』だった。

ファンは生まれてからずっと『自分達は被害者なのだ』という歪んだ教育を受けてきた。

被害者だから許される、と。

高慢な態度も『被害者=弱者』という劣等感の裏返しにすぎない。

弱い犬ほどよく吠える、という言葉の通りだった。


 ファンはその伝家の宝刀に縋る。

全てを正当化してくれるモノに縋る。

そして禁断の一歩を踏み出す。


 自分も被害者だ。

自分もお前達と同じだ。

仲間だ。

同胞だ。


 死者の汚泥の構成に力ずくで割り込んでいく。

同調し、一体化していく。

その魂は肉体を捨て、死者の汚泥の内部に同化する。


 そして彼は解放された。

死のイメージから。

そして生から。


 逆ならば、自身に怨念を取り込んだのならアンデッドとなっても意思を保てただろう。

しかし彼は自分を捨てて、怨念の内部に自分を取り込ませてしまった。

彼の意思は残らなかった。

ただ、死者の汚泥の一部として怨嗟を振りまくだけになってしまった。

 

 しかし、戦場にはもう、その怨嗟を向ける相手がいなくなっていた。

ただ、その場で存在するだけ。

そして、それも終わりが来る。

プルートが術を解除し、魔力の供給が途絶えたのだ。


 ファンの欠片が悲鳴を上げる。

このままでは消えてしまう。

なんとか自分を維持しなければ。

肉体は捨ててしまった。

ならば魔力を生み出せるのは……魂のみ。


--------------------


「うわあぉ。何だこれは……」


〈術は解除済み。何らかの方法で強引に維持している模様〉


 そこにあったのは山の様な大きさの、黒い怨念のオーラを纏う不定形。

人体のパーツが浮かんでは消えていく。

今にも崩れそうだ。


〈オオオオオオオオオン……〉


 苦しげな怨嗟の声を上げてはいるが、近付いても何の反応も無い。

燃え盛るオーラは悪趣味な松明みたいだ。

しかし、どこからこんな魔力を引きだしてるんだろう。


〈判明。どうやら魂を魔力に変換して維持している模様〉


「は? 魂を? 何考えてんだ?」


 魂はその存在の根源だ。

それを消費する先にあるのは消滅。

転生も来世も無い完全なる無だ。


〈死者の汚泥と同化した結果、取り込まれたものと思われる。アレにファンの意識は、ほぼ残っていないものと推測〉


「……異世界で覇道を目指し、その結果がこれかよ」


 日が落ち始め夜の帳が下りはじめた戦場。

そこに闇より暗く燃える黒い灯火。

ファンの魂の炎。


「あるいは、これもお前の願望か?」


 自己顕示欲求。

彼は、自分がその他大勢の中に埋没する事を拒絶していた様に思える。

だから無視されたり自分を否定される様な事を言われると、たやすく激昂した。

世界に自分の存在を知らせる黒い灯火。

それは彼の願望の表れにも思えた。


 中二病的な言動も、自分は特別なオンリーワンだと周囲に認めて欲しいという欲求の表れだったのではないだろうか。

だが、結局彼は苦しみから逃れるために、怨念というその他大勢の中に逃げ込んだ。

その結果がこれだ。


「矛盾だらけだな……」




 やがて死者の松明は崩れて消え、抜け殻となったファンの体が残された。

彼の魂は消えてしまったのだから。

彼の存在は消えてしまったのだから。


「自業自得、なんだろうな……」


 彼のこれまでの行いは許されるものではなかった。

彼の人間性は危険だった。

だが、彼は来世でのやり直しの機会すらも失ってしまったのだ。


「まあ、何にせよ帝国に関してはこれでいいか。一応、教国も見ておこうかね……」


 こうして、フィオの帝国での仕事は終わった。



ファンは救いの無い最期を迎えてしまいました。


彼自らの選択の結果とはいえ悲惨ですね。

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