新たな世界樹
◆フィオ◆
話を終えた老島亀は、再び海中へと去っていった。
そして俺たちも何事もなかったように調査団と合流し、無事に護衛任務を完了した。
ちなみに心配された暗殺や誘拐等は起きなかった。
いくらシリルスが邪魔とはいえ、そこまでなりふり構わないほどではなかったようだ。
「さて、まずは世界樹をある程度まで成長させないとだな」
〈すんごく目立ちそうですけどね~〉
〈隠蔽でどうにでもなるが、目立たない方がよろしいかと……〉
「ふむ……」
依頼も終わり、手が空いた俺たちは神域創造の準備を開始することにした。
メインで動くのは老島亀と話したメンバー、俺、フェイ、プルート、アリエルだ。
構造粒子体を活用するにしても、世界樹はある程度成長していなければならない。
邪神との戦いの後で回収した種子は、そのまま放置していたからな。
「どこかの無人島に植えるか。最終的には島ごと神域の材料にする感じで」
「世界樹の機能が安定する大きさまで成長させるとなると、土台にもそれなりの大きさが必要です。そして、それだけのサイズの島となると、ほとんどがすでに使用されているか存在を認識されています」
〈無人島は利用しづらいからこその無人島……。条件の良い無人島などそうは残っていない、か……〉
〈最近の海はあっちもこっちも船だらけですもんね~〉
「むう、確かに大きめの島は粗方発見されているか。……いや、まてよ?」
確か、あったぞ。
サイズがあり、人に発見されていない島が。
* * *
◆フィオ◆
「で、到着したわけだが……」
〈以前とあんまり変わってませんね~〉
〈僅かにマシにはなっているようですが……〉
やってきたのはかなりの広さを持つ無人島。
場所は南大陸のさらにはるか南の海域。
北大陸よりは南大陸に近いかな? くらい陸からは遠い。
「まだ異神の神気がわずかに残留しているようですね」
「まあ、ほったらかしだったからな」
〈元はあのキモ野郎たちの縄張りでしたもんね~〉
そう、ここはかつての魔物に堕ちた水棲獣人たちの聖地。
連中が異界から別世界の神を呼び込もうと儀式を行った祭場の跡地だ。
召喚された異神は俺が討伐したが、ここには未だに淀んだ神気が漂っている。
そのおかげで漁師も近づかない、まさに禁断の地だ。
「生物の気配は無し。骨の一本も残っていないか」
〈奴らはすでに魔物、いや眷属と化していたがゆえに……〉
俺の知る水棲獣人たちはエラやヒレ、水かきなど『水棲生物の特徴をもつ人』だった。
しかし、ここで見た連中はすでに人の特徴を失いかけていた。
しかもタコやイカといった軟体生物の特徴を持つ者が異常に多かったのだ。
異神が神気で構成された軟体生物の合成獣みたいな姿だったことを考えると、連中はすでに眷属として取り込まれていたのだろう。
そして、異神が滅ぶと同時に生き残っていた連中も溶けて消えていった。
主の後を追ったのだ。
そこに彼らの意思は反映されていない。
強制だった。
そうなることを知っていて眷属となったのか、それ以前に自分たちが眷属と化していることを理解できていたのか。
今となっては知るすべはない。
だが、当時の連中の様子を考えると、そんなことを考える知性も失っていたように思う。
この世界の理から外れた異神の神気は、瘴気同様にこの世界の存在を歪ませ狂わせる猛毒だったからだ。
「さて、とりあえず……」
―ザクッ
島の中心に神槍杖を突き立てて浄化を開始する。
ここにはかつて異神を召喚するための神殿があった。
そして俺との戦いで異神が滅びた場所でもある。
まあ、その戦いによって神殿は完全に崩壊し、瓦礫すら残っていない。
あるのは巨大なクレーターだけだ。
「思ったより神気が残留していたな……。放置するべきじゃなかったか」
やや時間はかかったが、島の浄化は完了した。
異神戦は、邪神戦に次ぐ2度目の全力戦闘だったわけだが、戦いの後はさすがに消耗しすぎていた。
その結果、後始末が不十分だったのだ。
その後すっかり忘れていたので、今回の件はちょうど良かったのかもしれない。
「え~と、まずは地脈に到達する穴を空け、次に呼び水になる魔力を注ぎ込むんだったか?」
神槍杖を引き抜いた穴を、さらに深く深く掘り下げていく。
幅はそれほど必要ない。
必要なのは大地の底の魔力の流れに到達するだけの深さだ。
やがて穴は地脈、あるいは龍脈と呼ばれる魔力の大河に到達する。
次に久々に取り出した世界樹の種子に、魔力を注ぎ込み覚醒させる。
邪神の依り代に使われていた種子だが、邪神が抜け出た後は魔力を全て失い空っぽの状態だった。
当然種子は休眠状態になっているので、目覚めさせるために魔力を与える必要があるのだ。
魔力が空っぽの種子は、乾いた砂のように貪欲に俺の魔力を吸い上げていく。
やがて
―ドクン
結構な量の魔力を与えると種子に反応があった。
ドクン、ドクンと脈動するような感覚が伝わってくる。
さらに茶色かった表面が虹色に輝き始めた。
こんなもんで良いのかな?
「ほいっ」
眩い光を放つ種子を穴の中に落とす。
種子は深い穴に落下していくが、ある程度の高さで落下が止まった。
地の底から湧き上がってきた大地の魔力が種子を受け止めたのだ。
そして覚醒状態の種子は湧き上がる大地の魔力を吸収し、発芽する。
―ズズン
「おお? 揺れるな」
「種子の発芽を確認しました。凄まじい速さで成長していますね」
〈おお~。地面の下で根っこがドンドン広がってるね~〉
〈……地脈との接続は問題無く完了したようです〉
―ゴバァ!!
凄まじい速さで成長した世界樹の幹が、地面を吹き飛ばして姿を現した。
成長を続ける幹は穴を押し広げ、天高く伸びていく。
先端はすでに雲にまで到達し、天蓋のように広がった枝に深緑の葉が生えていく。
まるで早送りの映像でも見ているような光景だ。
〈……そういえば、コレどうやって制御するんですか~?〉
「演算能力では負けるつもりはありませんが、ハッキングはかなり困難ですね……」
「あ~、そうだな……」
他の5本とほぼ同じサイズにまで成長した新たな世界樹。
外側からでは分からないが、今は内部が成長中だ。
PCで言えば必要なプログラムを構築している最中といったところか。
幹はぼんやりと燐光を纏い、時々光のラインが走っている。
見た目は植物なのに人工物っぽいな。
「これが一番手っ取り早いな『従え』」
俺は世界樹に近づくとその幹に手を触れ、久々に【使い魔契約】のスキルを発動した。
この世界で使用したのは、まだ2回目か。
アリエルを使い魔にした時以来だな。
そして俺の魔力で目覚め、まだ成長途中の世界樹はあっさり俺の支配下に置かれた。
とりあえず、そのまま成長させるか。
命令を出すのは世界樹としての機能が整ってからでいいだろう。
〈えぇ……。そんなあっさり……〉
〈非常に合理的ですな……〉
「これが私の後輩ですか」
若干1名引いているが、問題ないだろう。
さて、それじゃあ名前を考えるか。
世界樹の名前ねぇ……。
〈メジャー中のメジャーといえばユグドラシルですよね~〉
「ありきたりすぎませんか?」
「う~む、別に悪くはないんだが……」
〈そういえば、かつての世界には神樹と呼ばれる植物が存在していましたな……〉
はい?
神樹って名前?
サカキじゃなくて?
〈確かニワウルシという植物だったかと……〉
プルート凄いな。
素直に感心してしまう。
ネットから情報を収集してたのか?
学習するAI凄い!
人類に反乱は起こさないで欲しいけど。
〈何でニワウルシが神樹なの~?〉
〈元々原産地では天にも届く木『天の樹』と呼ばれていたらしいな……。そこから他国で『天国の樹』や『神樹』と訳されたそうだ……〉
〈ほぇ~、全然興味ない!〉
「でしょうね……」
ふむ、天の樹か……。
空を覆い尽くすような巨木。
うん、イメージにぴったりだな。樹
「プルート、原産地では『天の樹』を何と呼んでいるんだ?」
〈アイラントゥス、あるいはアイラントと……〉
「そうか、なら……」
再び世界樹に向き直り、手を触れ宣言する。
「我が世界樹よ。お前の名は『アイラント』だ」
名をつけた瞬間、世界樹アイラントが纏う光が強く輝いた。
異神エピソードは丸ごとカット。
いつか書く日は来るのだろうか……。