世界樹と島亀
何とか年内に更新。
本業医療関係なんで、コロナ騒ぎで暇がない……。
◇アリエル◇
「大慌てですね」
〈まあ、そりゃそうだよね~〉
粒体を操作して作った簡易の潜水艇。
前方から取り込んだ海水を後方に噴出するだけの単純な仕組みですが、それでも乗ってきたホバー船よりずっとスピードが出ています。
さらに光学迷彩と魔力隠蔽のステルス機能付き。
アールヴ文明最高の魔導兵器たる私にとって、この程度は大した手間ではありません。
フェイと共にのんびり海中クルーズ気分です。
一方でのんびりしていないのは私たちの周囲です。
先程から白いシャチ型の聖獣グラシアル・ダイバーたちが、凄いスピードである一方に向かっています。
彼らは探知能力も高いはずなのですが、ただの一頭もこの程度の隠蔽を見破れていません。
それだけ慌てているという事なのでしょう。
その原因の同僚としては責任を感じるべきなのでしょうか?
〈でも、あのプルートがこんな大胆な事するなんてね~〉
「そうですね。マスターも驚いていましたし……」
聖獣たちが慌てている原因、それは同僚である冥王プルートです。
私たちは3手に分かれて調査隊に参加しており、それぞれが似たような答えにたどり着きました。
簡単にまとめると
①東方諸島は元は大陸であり、大半が水没した事で島となった
②仮称『旧東大陸』にはかつて何らかの文明が存在し、大陸の水没と共に滅びた
③大陸が水没した原因は地殻変動だが、それを引き起こしたのは旧東大陸の中心に存在していたと思われる何か
④その何かはおそらく最古の世界樹であり、現在も聖域と共に東方諸島の中心に存在している
こんなところでしょうか。
ここまで推測したところでプルートが中心部に向かってしまったのです。
突撃取材など冷静な彼のキャラではないような気がしますが、彼は勤勉な学者でもあります。
直接調べてみるのが一番早くて確実と結論付けたのかもしれませんね。
合理的な彼ならありえます。
〈単に好奇心が抑えられなかっただけだったりして……〉
「……」
* * *
◆フィオ◆
「あ~、もう。頼むからドンパチは勘弁してくれよ……」
姿を隠した状態で海面を疾走する。
字面だけならほとんど忍者だ。
ちなみに船の護衛にはシミラを残してきた。
あいつは影の護衛とか縁の下の力持ち的な仕事が得意だからな。
そしてプルートの突撃を慌ててストップさせた俺は、全速力で中心部を目指していた。
本気を出せば一瞬なのだが、あまり力を引き出すと神化が進んでしまう。
あのキモ野郎との戦いで一気に進行したからな……。
戦っている最中はそんな事は言っていられないのだが、落ち着いてくると結構クルものがある。
何と言うか、気付かないうちに自分が書き換わっていくような違和感と言えば良いのだろうか?
子供が経験も積まずに一気に大人になるようなズレた感覚は、正直言って慣れない。
できれば味わいたくないんだよな……。
〈マスター、周辺から聖獣たちが集まってきております……〉
「解ってるよ。それより聖域には入っていないんだよな?」
〈御意。直前で停止し、マスターをお待ちしております……〉
「すぐに行く」
相当警戒させてしまっているが、まだセーフと思いたい。
普段は冷静沈着なプルートが好奇心に負けるとは……。
はっ!! まさか……。
「話は変わるが、お前シリルスと交流を深めていたな?」
〈はい。かの吾人の知識と直感、そして学問に対する探究心は素晴らしい者でした……〉
やはり、あの研究バカの影響か。
政治から距離を置く代わりに、そっち方向により力を入れてるみたいだったからな。
アリエルやプルートと情報交換していたのも知ってはいた。
だが、まさかこんな弊害が出てくるとは……。
「と、見えてきたな」
今更後悔しても仕方がない。
まずは目の前の問題から片付けよう。
前方にはドーム状に歪んだ空間が見える。
あの歪みが聖域を隠す結界なのだろう。
結界の存在は認識できるが内部までは見えない。
神種クラスの力がなければ『結界が存在する』という事さえ認識できないだろう。
明らかに他の聖域より強力な結界が張られている。
そして、その結界から少し離れたところに翼蛇に乗った死神が遊弋していた。
まさかのトラブルを起こしかけたプルートである。
〈お待ちしておりました……〉
「ああ。頼むから今後は一報入れてから行動してくれ」
〈御意……〉
――ザザン
「お、来たか」
水面に立つ俺の横に砲弾型の物体が浮上してきた。
物体が繭が解けるように消え去ると、そこには有翼の少女と妖精が。
古代アールヴ文明の天使型兵器アリエルと妖精女王フェイである。
「お待たせしました」
〈やっほー。おまたせー〉
真面目なアリエルとお気楽なフェイ。
一見すると真逆で相性が悪そうだが、意外と仲は良い。
さて、それじゃあ……。
「どうする?」
〈グラシアル・ダイバーたち、めっちゃ警戒してるね~〉
「何とか穏便に話し合えないでしょうか?」
〈名乗りを上げてみてはいかがでしょう?〉
ふむ、じゃあ名乗ってみるか。
「我は至高なる黒き神の代行者! 聖域の管理者よこの度は騒がせて済まない! 可能ならば聖域への立ち入りを許可していただきたい!」
さて、どうかな……。
「お?」
〈結界に裂け目ができたようです……〉
「許可していただけたようですね」
〈ん~?奥に見えるあれって、やっぱり世界樹?〉
扉が開くようにできた結界の裂けめ。
その奥に見えたのはやや大きめの島。
そして、そこに根を下ろす巨木だった。
* * *
聖域の結界の前に門番のようにひしめいていたグラシアル・ダイバーたちが、きれいに整列して道を作る。
それはまるで兵士が城に向かう賓客を迎え入れるような光景だった。
「いきなりお客様待遇だな」
「騒ぎを起こしてしまったのに、なんだか申し訳ないですね」
〈面目ない……〉
〈おっさき~〉
恐縮するフィオ、アリエル、プルート。
だが、最後の1名は全く気にせず聖域へと突入した。
そして一直線に島まで飛んで行ったのだが、そこで違和感を覚えた。
〈何で水浸しなんだろ? それにコレ、海藻?〉
空は晴れ渡り、ここ数日雨など降っていないのに島は何故だか水浸しだった。
おまけに島はゴツゴツした岩ばかりで草どころかコケも生えていない。
代わりにあちこちに、まだ乾ききっていない海藻が見られた。
「妙な島ですね」
〈これではまるで……〉
「海中から浮上したみたいだな」
〈うむ、その通りじゃよ……〉
「「〈〈!!?〉〉」」
島の様子を見て不思議がるフィオ達。
そこに、どこからか声がかけられた。
「今の声は?」
――ザザザザ
驚いて周囲を見渡すフィオ達に応えるように、海中から巨大な何かが浮上する。
それは巨大な頭部だった。
細長い首の先に巨大な頭が付いている。
それはぐるりと首をひねるようにしてフィオ達の方を向いた。
首は海中から、いや、この島から生えていた。
そう、この島は生き物だったのだ。
その背に世界樹を乗せたこの生物は、普段は水中に身体を沈めているのだろう。
そして今は客を迎えるために浮上してきている。
だから島は水浸しで海藻だらけだったのだ。
「島亀……アスピドケロン」
〈その通り、儂がこの原初の聖域の管理者じゃ。代行者殿〉
呆然とするフィオ達に、老爺のような声で島亀は応えた。
病院で正月を過ごすことが無いようご注意下さい。
それでは良いお年を。