青い空と水平線
◆フィオ◆
「見渡す限り、何も無いな……」
〈キュ……〉
数百隻はあった大船団だが、東部諸島に着くとバラバラになってしまった。
さらに、島を見つけるなり上陸して調査を始めているので、海上を進む船は全体の3~4割といったところか。
島はどれもさほど大きくないからな。
大型船が数隻も乗り込めばもう定員オーバーだ。
『どうだ! 島は見えるか!?』
『いえ! 海ばっかりです!』
船長と思わしき船員が見張り台の上の声をかけるが、答えは変わらず『何も見えない』だ。
まあ、この船は船団のほぼ最後尾にいたからな。
出遅れた感があるのは仕方がない。
『残り物には福がある』なんていうけど、その残り物が無いんじゃな……。
調査団の皆さんもイラつき始めてるし、船員たちも焦ってきている。
「遺跡自体は結構あるんだがな……」
船べりから海中を覗き込む。
船の起こす波で水面は乱れているが、それでも元は建造物だったと思わしき岩塊が見て取れる。
つまり、このあたりも今は海だがかつては陸地だったのだ。
そして、建造物が形を残しているという事は、陸地は隕石の落下などで破壊されたのではなく沈んだという事。
大陸消滅の原因は上ではなく下にある。
「地球で言うアトランティス大陸みたいなものか。まあ、あれも伝説や神話の類だったけど」
イースター島は沈没しなかったアトランティスの一部なんて説もあったっけ?
実際にはイースター島は火山活動でできた島って事で否定されたはずだが……。
まあ、真実はともかくアトランティス伝説には同じ失われた大陸として共通する疑問点がある。
それは何故大陸が沈んだか? という点だ。
氷が浮いている北極ならともかく、通常陸地は丸ごと沈むなんてことはない。
海面上昇にしたっていきなり起こるわけじゃないし、津波や洪水もやがて水は引く。
地震や火山活動にしたってそれだけで大陸が沈むような規模で起こるとも思えない。
では、何故大陸が沈んだのか?
突拍子も無く聞こえるが、実はアトランティス大陸の内部が空洞だったからという説があるらしい。
通常、陸地は海底の隆起や火山噴火による溶岩の噴出によって誕生する。
その際に、内側に水やガス、マグマなどを内包したまま陸地になってしまう事があるのだという。
そして、何らかの理由でそれらが抜けてしまうと、中が空洞の陸地ができてしまうというわけだ。
実際、地球でも地下水の採取による地盤沈下は起きている。
阿蘇山などが有名なカルデラ地形も、火山のマグマ溜まりからマグマが抜けて巨大な空洞となり、そこが崩落して誕生した。
そういった現象が大地震などで大陸レベルで起きた結果、大陸が丸ごと沈んでしまったのだという。
まあ、確かに可能性としてはゼロではないんだろう。
現実に起きるかと言われると少々怪しいがな。
ただ参考になるところもある。
地下で大地を支えていた何かが抜ければ、柱を失った大地は容易く沈む。
それが大陸規模なら大陸が丸ごと沈む可能性はある。
この辺は大いに参考になる。
何しろここは神の存在する異世界だ。
地球の神話のように大地を蛇や亀が支えていても不思議ではない。
まあ、黒き神に貰った知識にそんなものは無かったけど。
だが、残された島々の配置は気になるところだ。
中心に行くほど少なく、周辺部に多い。
普通に考えれば陸地は端から沈んでいくのに逆だ。
「やはり、大陸の中心がカギか……」
大陸の中心に大陸を支えていた何かがあった。
そしてソレに近いほど、ソレが失われた時の影響が大きかった。
そうは考えられないだろうか。
〈キュ? キュキュ!〉
「ん? どうした? む、あいつらは……」
水平線の向こう、望遠鏡を使っても見えないような遠距離からこちらを窺う多数の気配がする。
この気配には覚えがあるな。
確か中央大陸から南大陸に向かう時に……ああ。
「グラシアル・ダイバーか。海の聖獣たちが揃って何の用だ?」
中央大陸の天狼、南大陸の竜、西大陸の木巨人エント、北大陸の巨人。
そして元東大陸の白いシャチ、グラシアル・ダイバー。
皆、世界樹を守護する聖域の住人だ。
「って、待て待て! そうだよ、何で忘れていたんだ!!」
〈キュイ?〉
「おっと、すまん声がデカかったな……」
いきなり騒ぎ出したせいで注目を集めてしまった。
いかんいかん気を付けよう。
それよりも自分の忘れっぽさに呆れ果てる。
東方に海の環境維持を担う世界樹がある事は知っていたのに。
グラシアル・ダイバーたちが出てきたという事は聖域が近いんだろう。
まあ、通常は聖域は関係者以外立ち入り禁止だ。
このまま進んでも結界に沿って反対側に抜けるのがオチだろう。
もし、明確に世界樹を狙っていれば連中は容赦なく船を沈めにかかるだろうけど、現状ではそこまでしないだろう。
遠巻きに見張ってるのも念のため程度の意識のはずだ。
下手に船を沈めたら『ここに何かありますよ』って知らせるようなものだしな。
どうせ聖域には入れないんだから、黙って通過させるのが最善だろう。
聖獣の知能は下手な人間以上だ。
その程度の事は考えているはず。
船員たちも気づいていないみたいだし、わざわざ教える事も無いか。
ここは平穏にすれ違ってもらうことにしよう。
「しかし、そうか。世界樹か……」
植物が海の環境保全と聞いて、勝手に巨大な海草みたいな世界樹を想像していた。
でも、別に全身が海中に無くてもいいんだよな。
そう、例えばマングローブ。
根っこだけ海に浸かっている塩分に耐性のある木々。
あれなら外見は通常の世界樹とそう変わらない。
完全に別物を作るよりマイナーチェンジの方が楽そうだしな。
そして世界樹なら大陸規模の範囲に根を広げ、大地を支える事もできる。
さらにその根を回収すれば大陸の内側は穴だらけだ。
ちょっとした天災であっさり沈むだろう。
いや、天災を待つ必要も無いか。
大地を崩して沈めながら根を引っ込めればいいだけの話だ。
大陸丸ごと、あっと言う間に海の底だ。
そして根の密度が高かった中心ほど完全に沈み、薄かった辺縁部は沈み残しが出ると。
「そう考えると順序が逆なのか?」
東の世界樹が海の浄化を担っているのは、元々ではないのかもしれない。
本来は東大陸の環境保全が役目だったが、その大陸が失われてしまった。
だから代わりに海の環境保全をすることになり、マングローブ化した。
こっちの方が正しい気がする。
「ふむ、だがそうなると……」
そうなると、東大陸は意図的に沈められたことになる。
それも世界樹、あるいは神々の意思によって。
何故、沈める必要があったのだろう?
う~む、情報が足りないな。
俺の考えだって正しいとは限らないし。
ここはアリエルやプルートと情報交換するべきか?
あっちはあっちで色々調べているみたいだし。
「え~っとアリエルは……フェイと一緒で辺縁部の島の1つか。プルートの方は……って、え? 上空? しかも、聖域の真上? さらには急降下中?」
水平線の向こうのグラシアル・ダイバーたちの気配が変わった。
船を無視して聖域があると思われる方角に、慌てたように引き返していく。
どう考えてもプルートが原因だろう。
凄まじく嫌な予感。
まさか俺やフェイではなくプルートがトラブルの火種になろうとは……。
俺も行ったほうが良いんだろうか?
「まずはプルートを止めるのが先か……」
すでに相当警戒させてしまったけど、まだギリギリ大丈夫だと思いたい。
だが、このまま突っ込ませたらさすがにマズイだろう。
ハァ……何とか穏便に済ませたいんだけどなぁ……。
歴史ミステリー小説みたいになってきましたがハイファンタジーです。
まあ、本編は終わっているのでご容赦を。