遺跡の島々
◆フィオ◆
滑るように海を進む船。
それは比喩ではなく水上を滑っている。
地球で言うホバークラフトという奴だ
「意外と静かなんだな……」
フイィィンとかギュイイイイィとか派手な音がするものだと思っていたんだが。
これが魔法と科学の複合技術、魔法科学の力か。
騒音問題は地球でも厄介な問題の1つだった。
それが起きないってのは大したものだな。
魔法科学の最先端都市に結構長く住んでいたが、その発展はまさに激流の様だった。
日進月歩どころの話ではなく、いきなり段階をすっ飛ばすように技術が進むのだ。
これはアールヴ文明の遺産という完成品が既に存在しているからで、解析が完了すれば即座にコピーできるからなのだが、それにしても早い。
これらの技術は全世界に広がっており、人々の生活はたった数百年で地球の近代レベルに近い水準にまで引き上げられている。
まあ、大陸間、国家間の格差は当然あるけど。
平和で余裕のある国ほど内政に力を入れる事ができて、発展は速いからな。
妖獣の発生はほぼ無くなったとはいえ、危険な魔物はまだまだ生息している。
それらの被害を抑えられるだけの軍事力は必要だ。
だが、軍拡が進んだ割には大規模な戦争は起きなかった。
人間同士で争ってもその妨げにしかならないからな。
さて、こうして順調に発展が進むハノーバス世界だが、地球と違う点もある。
地球では新しい技術や発見が文明を発展させる起爆剤だった。
だが、この世界では正反対なのだ。
即ち、文明を発展させるのは過去。
古代文明の遺産や遺跡に残された技術なのだ。
自分たちで試行錯誤しなくても答えが存在する。
必要なのは、その答えにたどり着くまでの道筋を研究する事。
地球とは真逆と言えるだろう。
そうなると世界各国が欲しがるのは、新しい遺跡とそこに眠る遺物だ。
現在の技術の大半は西大陸のアールヴ文明の遺跡から得られたものだ。
だが、さすがに遺跡は調査され尽くし、再現できる技術も再現し尽くしてしまった。
そうなると今度は地道な改良などが必要になるのだが、これが中々上手くいかない。
地球でも他国の技術をパクって技術発展をする国や組織はあった。
しかし、そういった事ばかりやっていると独自開発する能力を失ってしまう。
参考にして発展させるならともかく、ただ模倣するだけでは長期的に見ると良くないのだろう。
とは言え、この世界では各国が躍起になって古代の遺跡を探すようになるのは必然と言えた。
そして、その探索先に最後の未開地である東方の地が選ばれることも。
「古ければいいってわけじゃないと思うがね……」
アールヴ文明以上の古代技術なんて本当に見つかるのだろうか?
そもそも存在したのだろうか?
それを確かめることが俺自身の目的だった。
* * *
◇アリエル◇
「なるほど、この地質は……」
〈ん~? 何か分かったの?〉
暇そうにその辺をフラフラしていたフェイが、私の呟きに興味を惹かれて飛んできました。
今回の東方調査ですが、私たちは参加自由でした。
参加者はマスターに同行しているリーフ、私と好奇心の強いフェイ。
そして学者気質のプルートです。
残りのメンバーは興味が無いので、マスターの影の中で待機しています。
まあ、彼らがウロウロしていたら調査どころじゃない騒ぎになりますからね。
傍から見れば世界滅亡の危機ですし。
「この島の地質のスキャンが終わったんですけど、やはりこれまでの島とほぼ同じ成分です」
〈最初の島って結構離れてるよね~。なのに同じなの?〉
子供っぽい話し方なので騙されやすいですが、フェイは決して頭が悪くありません。
演算能力なら超ハイスペックのバイオコンピュータ以上でしょう。
そうでなければ、あれほどの空間制御を息をするように使いこなせるはずがありませんから。
今回も私が何を言いたいのかを正確に理解しています。
「ええ。この島からも火山の噴出物は検出されませんでした。そして、含有成分はほぼ同じ。つまり、この広大な群島は、元は一つの大陸だった可能性が高い」
〈おお~。ロマンだね~〉
まあ、性格が子供っぽいのは否定できませんね。
エルフなどの『妖精種』ではない、純粋な意味での『妖精』はそういうものらしいですし。
ああ、古代の遺跡も心惹かれるものがありますが、マスターの異界の知識も魅力的です。
おっと、いけないいけない、今は調査ですね。
〈じゃあ、何でその大陸は沈んじゃったの? 大地震? 大洪水? 火山爆発?〉
「さっきも言いましたが、火山成分は検出されていません。地震も原因となるようなプレートが近くに存在しません」
〈う~ん、そうすると洪水で大陸が沈むってのも変か~〉
「この『東方大陸』だけというのは不自然でしょうね」
私が製造された時代すら、すでに遠い古の時代と呼ばれています。
その時代から見ても遥か彼方、伝説や神話と呼ばれる時代。
そんな時代にあった出来事を知る。
果たしてそんなことが可能なのでしょうか。
◆プルート◆
〈(やはり、カギを握るのはアレか……)〉
いまだに船上のフィオとリーフ。
島に降りて好きに調査を始めたアリエルとフェイ。
最後の参加者であるプルートは、全く違う視点から東方諸島を眺めていた。
そう、文字通り視点が違う。
彼は隠蔽結界で姿を隠し、翼蛇に乗って遥か上空から島々を俯瞰していたのだから。
術者に俯瞰視点を与える魔法やスキルは存在する。
しかし、大陸に匹敵する広さに散在する島全てを俯瞰するなど不可能である。
そこでプルートはシンプルに島を俯瞰できるほどの上空に飛び上がったのだ。
シンプル・イズ・ベスト。
時に単純な方法ほど効果的であることがある。
今回はまさにそれだった。
プルートは3組の中で最も早く、重要な事実を掴んだのだから。
〈(この島々は元は一つの大陸だった。それを沈めたのは……何だ?)〉
眼下の海にはポツリ、ポツリと島が点在し、かつての大陸の輪郭を浮き上がらせている。
だが、明らかにその比率は偏っている。
かつての大陸の中心部にあたる場所ほど島は少なく、周辺部ほど多い。
そこから推測されるのは、大陸は辺縁部ではなく中心部から沈んだという事。
1つの大陸を沈めるほどの何かとなれば、真っ先に思いつくのは大規模な天災だ。
だが、この島々を見るに少なくとも洪水とは考えにくい。
火山や地震にしても、大陸が丸ごと沈むなど普通ならありえない。
〈(ならば外部からの災害。例えば隕石の落下……いや、違うか)〉
思いついた説を即座に否定する。
大陸を沈めるほどの巨大隕石が直撃すれば、中心部は巨大なクレーターと化すだろう。
島など残るはずがない。
さらに被害は他の大陸にも波及しているはずだ。
〈では、天災ではない? 何者かが意図的に東大陸だけを沈めた?〉
それを実行できる者。
できるだけの力を持つ者。
それは神以外考えられない。
では何のために?
どのような目的があってそんな事をしたのか?
何故、世界の5分の1を滅ぼさなければいけなかったのか?
答えは文字通り『神のみぞ知る』だ。
神ならざるプルートには分かるはずもない。
だが
〈(かつての大陸の中心部。そこに何か手掛かりがあるかもしれない……)〉
僅かな可能性を信じ、プルートは翼蛇を飛翔させた。
その行く先に最後の、5本目の世界樹がある事を知らぬまま。
本編終了後の消化試合だからアップダウンが無いです。
第1章とかにあった舞台設定とかに近い内容になっていますね。