船出
最終章開始です。
後日談のようなものなので短いです。
上手く物語を着陸させられるよう頑張ります。
魔神と邪神の戦いから長い時が経った。
数百年の寿命を誇る妖精種すらも世代交代するほど長い時が。
時の流れは当然のように世界の在り方を変えた。
中央大陸では空白地帯だった中央部に自由都市が誕生した。
始まりは元々は聖域で天狼に保護されていた獣人たちが築いた集落だった。
その集落に中央大陸各地で隠れ住んでいた獣人たちが集まり、集落は村へと発展した。
そして大陸中央部が解放されたことでラザイン共和国からメルビル帝国、フラム聖教国を直接結ぶ交易路が築かれたことで、村は中継拠点として重用され始める。
獣人とヒューマン、元奴隷と商人。
彼らが手を取り合うことで、国による支配を受けない自由都市が誕生したのだ。
南大陸では遂に魚系獣人との決別が決定的なものとなった。
一部の水棲系獣人たちは話し合いに応じ、和解した。
しかし、魚系獣人達はそれに応じず、むしろ対決姿勢を深めていったのだ。
彼らは獣人共通言語を捨て去り、独自の言語を使用し始めた。
これまでの文化を捨て去り、狩猟と称して他種族を襲い始めた。
そして他種族を餌として食った。
これにより獣人達は魚系水棲獣人をモンスター『サハギン』と命名し、討伐対象とした。
サハギンによる被害はヒューマンや妖精種にも及んでいたため、その決定は他種族からも肯定された。
1つの人類種が魔物へと堕ちた歴史的な事件であった。
神々の戦場となった北大陸だが、むしろその後は安定を増していた。
強大な絶対悪に協力して立ち向かった経験が各国の融和を後押しし、さらに戦後の復興のため優秀な人材や労働力を融通しあったことで相互理解が深まったのだ。
歴史の生き証人であり、歴代最高と名高い現夜王の存在も大きいだろう。
西大陸では発掘された古代の魔道具の解析が進み、一気に技術水準が上昇していた。
しかし、その影響で世代間の意識のずれが顕著になっていた。
古代アールヴ文明の崩壊やフォーモルの乱を知る世代の者達は、急速な技術の発展に危機感を抱いていた。
しかし、発展した西大陸しか知らない若い世代にとっては進歩発展こそ正義であり、中には他大陸への侵略論を唱える者まで現れていた。
そして全ての大陸、全ての国家が注目している場所があった。
それは東方諸島。
かつては大陸であったが何らかの理由で崩壊し、無数の島々が点在する未開の地になったとされる場所だ。
そこはハノーバスに残された最後の未開の大地。
人が、そもそも生物が存在しているのか?
伝えられている伝説は本当なのか?
全てが謎に包まれている。
暗礁地帯も多く、これまでは船による調査が不可能であった。
しかし、西大陸で水面を走る船、いわゆるホバークラフトが開発されたことで状況は変わった。
西大陸最大の都市国家ロスト・イリジアム主導の元、調査団が結成されることになったのだ。
調査団の規模は非常に大きかった。
主導しているのは都市であるが、参加者たちにはそれぞれの思惑があり、それぞれが調査チームや護衛を用意していたからだ。
伝説の裏付けを取りたい歴史学者。
古代の遺物を発掘したい考古学者。
商品価値があるものを見つけたい商人。
実績を作って影響力を増したい政治家。
様々な立場の者たちが、様々な思惑を抱えてフロンティアに挑もうとしていた。
* * *
「それでは、息子たちをよろしくお願いします」
「ああ。まあ、助力が必要になるかは分からんがな」
中央大陸東部沿岸部。
かつては漁村しかなかった地には巨大な港が作られ、帝国や北大陸に向かう交易船がひしめいていた。
東方諸島へ向かう調査船もそこで出港の時を待っている。
そんな港の埠頭で3人の人影が向かい合っていた。
1人は一目で高い身分だとわかる高級スーツに身を包んだ緑髪緑眼の妖精種の青年。
1人はその青年の傍に控える銀髪紅眼で褐色の肌のメイド。
そして最後の1人は黒いコートに身を包んだ黒髪紫眼の青年だった。
「しかし、2人を国外に出すとは思い切ったことをするな。そんなに危険なのか?」
「いきなり暗殺は無いと思いますよ。でも、段々態度が露骨になっていますから。嫌われたものですけど、連中に好きにさせたらアールヴの二の舞です。まあ、メリアもいますし自分と二ムエ、そしてサウィンくらいは守って見せますよ」
「フェノーゼの爺さんと本部長が死んで抑えが効かなくなっているとは聞いていたが、そこまでか……」
それは魔神フィオ、転生者にして古代種エリフィムの先祖返りシリルス・セネリア、そしてシリルスの護衛にして側室であるダークエルフのメリアであった。
今回の調査船にはシリルスと正室であるハイエルフの二ムエ・レーシーから生まれた長女ベルティネ、メリアとの間に生まれた次男インヴォルグも参加することになっている。
ちなみに二ムエと共に留守番をしている長男サウィンとベルティネはハイエルフ、インヴォルグはダークエルフである。
後継者であるサウィンは政治家としての勉強をしているがベルティネは学者、インヴォルグは冒険者を目指しており、シリルスの後押しが無くても今回の調査団に参加するつもりだったらしい。
2人には当然のように護衛がついているが、それとは別にシリルスはフィオに護衛を依頼しているのだ。
魔大陸の決戦の後、フィオは西大陸で隠居していた。
当然シリルスとの交流も活発になり、ロスト・イリジアムの内情にもそれなりに詳しかった。
しかし、フィオが不在の時、シリルスの祖父フェノーゼ翁と冒険者ギルド本部のマスターであるラーマス・ククノーが相次いで亡くなってしまった。
その結果ロスト・イリジアムは世代間の対立が激化したのだが、当時南大陸にいたフィオにはその深刻さが伝わっていなかったのだ。
「2人の死に事件性は無かったんだよな?」
「それはもちろん。2人とも死因は老衰です。まあ、ラーマス様は先の戦いで無理をし過ぎたことも影響しているんでしょうけど」
「そうか……」
自然死なら自分がいたところでどうにかなったワケではない。
そもそも、自分の所用は最優先事項なのだからすっぽかす訳にはいかない。
フィオはそう考えて意識を切り替える。
「そういえば南大陸の件はどうだったんですか?」
「祭壇は破壊して偽神は消滅させた。当分は大丈夫だろう」
フィオの南大陸の所用。
それは魔物へと堕ちた魚人サハギンたちの、歪んだ祈りが生み出した偽りの神討伐だった。
獣人である事を捨てたサハギンたちは、自分たちの神を想像しそれを主神とした宗教を持って団結した。
それだけなら問題なかったのだが、狂ってはいたが熱烈な信仰心は形を成し、顕現してしまった。
もちろんそれは神などではなく、精霊や魔法生物に近い存在であった。
だが、それを依り代に世界の外側から異界の神が侵入しようとしたのだからたまらない。
即座に黒き神からの指令が入り、フィオは偽神討伐に向かうことになったのだ。
偽神は消滅し、祭壇も儀式場も根こそぎ破壊した。
しかし、サハギンたちを全滅させたわけではない。
いずれ同じことが起きるリスクは残るのだが、さすがにそこまでやるわけにはいかなかったのだ。
――ボオオオオォ
「時間ですね」
「ああ。そろそろ船に向かうか……」
「久々に色々話せて楽しかったですよ」
「忙しいのは今も昔も変わらないみたいだな」
「ハハ……。ほんとは僕もついて行きたいんですけどね」
「ダメです」
「……解ってるよ、メリア」
出港の時間を知らせる汽笛が鳴り、シリルスはメリアに引きずられるように去っていく。
同時に周囲を囲んでいた無数の気配が遠のいていく。
シリルスの護衛を担う手練れたちだ。
「あいつの方は大丈夫そうだな……」
手薄に見えて実はガチガチに警備されている友人に背を向け、フィオは調査船に向かって歩き出した。
新天地への旅立ちが始まろうとしていた。