第2ラウンド
猛暑なのに仕事が多い地獄の8月でした。
ようやく涼しくなってきましたね。
台風だけど。
巨神、フィオの投擲した槍はレーザーのような軌跡を残して邪神に襲い掛かる。
さらにフィオ自身も槍を追うように走り出した。
その巨体が疾走すれば、凄まじい地響きが起きるはずだが、それは無かった。
それは、今のフィオが物理法則から逸脱した存在である事を表している。
〈ふん、そんな単純な攻撃でっ!?〉
――バシッ!
――ブチィ!!
雷光のような速さで迫る槍に反応し、伸ばした触手で槍を払いのけようとする邪神。
しかし、逆に触手の方が千切れ飛び、槍はそのまま直進する。
その勢いはほとんど死んでいない。
邪神は慌てて多層の障壁を展開し、防ごうとする。
1枚、2枚、薄紙のように破られていく障壁。
しかし、数十枚を超えたところでさすがに槍の勢いが落ちてくる。
それを逃さず全方向から触手が襲い掛かり、槍を縛り上げ、絡め捕った。
〈武器を手放すとは失策だね。これで君の……〉
――ドス ドス ドス
〈は?〉
――ドン! ドン! ドン!
〈あぐっ!?〉
フィオのメイン武器を奪ったと気を抜いた瞬間、槍を絡め捕る触手に無数の神気で構成された短剣が突き刺さった。
さらに短剣は突き刺さったまま爆発し、触手を千切り飛ばしてしまった。
RWO時代のフィオが得意としていた、爆裂式投げナイフによる攻撃を再現した攻撃だった。
普通に投擲されていれば邪神も気づく事が出来ただろう。
だが、フィオは【暗剣】のスキルを再現し、投擲モーションを取らずに全く関係ない行動に隠すようにナイフを投擲することができる。
さらに巨大な槍の神気に隠れていた上に、槍の予想外の威力に邪神の意識が集中していた。
これらは全て、フィオが心理誘導を行った結果だ。
〈(千切れ飛んだ部分は消滅した、か。やはり攻撃に再利用できるのは、自分の意思で切り離したときのみ)〉
フィオが命じると、触手から解放された槍が手の中に転移して戻ってくる。
この一連の攻防でフィオが得た情報は大きかった。
まず、単純な攻撃力はフィオが上。
かなりの力を籠めてはいたが、投槍1発にあれだけ手間取ったのがその証拠。
そして、邪神自身は一対一の戦いの関しては素人に毛が生えた程度。
戦闘時にベラベラと無駄口を叩き、その隙を突かれているのだ。
お世辞にもプロとは言えないだろう。
さらに言えば、おそらく向こうは力を制限されている。
神と言ってもこの世界に顕現している以上、こちらの法則を完全に無視する事はできない。
この世界はフィオにとってはホーム、異界の神である邪神にとってはアウェイなのだ。
槍を手に、さらに距離を詰めるフィオ。
邪神はそれを迎撃するために、新たな触手を無数に生み出した。
生み出された触手の先端は巨大な顎になっており、餓狼のように牙を剥いてフィオに襲い掛かる。
〈……そういや、シャドウウルフの群れに襲われたことがあったな〉
RWO時代の戦闘データが今までになく明確に思い浮かぶ。
初心者パーティのトレインに巻き込まれ、数十匹の狼型モンスターに襲われた。
その時に比べれば――
〈動きが単調なんだよ! AI以下だ!〉
フィオは襲い掛かる顎を紙一重で躱し、置き去りにする。
躱された触手は方向転換し、背後から襲い掛かろうとするが、そこで異変が起こる。
〈な、何だよ、これ!?〉
邪神が困惑した声を上げる。
突然、切り離されたように触手の感覚が無くなったのだ。
しかし、触手は斬り落とされてなどいない。
だが、自分の意思で動かせない。
〈その様子だと、神様は毒なんて初体験か?〉
〈毒? 神に毒なんて効くはずが……〉
フィオの左手には、いつの間にか禍々しい神気を放つ短剣が握られていた。
その銘は『サマエル』、意味するのは『神の毒』。
相手の耐性を貫き状態異常を与える恐るべき魔剣だ。
フィオは躱しざまにサマエルによる斬撃を触手に加えていたのだ。
サマエルの呪毒に犯された触手はツタが枯れるように干からびていく。
邪神は慌てて触手を根元から切り離し、本体への浸食を防ぐ。
切り離された触手は崩れ、消え去った。
〈この! 半端者の分際で……〉
〈おやおや? さっきまでの余裕はどうした?〉
〈黙れェ!!〉
再度、触手を生み出す邪神。
ワンパターンだが、視野狭窄に陥った邪神は同じことを繰り返す。
一度勝ったという事実と、『違う手を取ったら負けたような気がする』という無駄なプライドが選択肢を狭めているのだ。
〈触手、触手、触手。スライムや植物系モンスターと変わらないぞ?〉
〈バカにするな!!〉
先の戦いとは全く逆の状況。
余裕を失った邪神をフィオは挑発し、さらに行動を単純化させていく。
邪神自身、自分が誘導されている事に気付かない。
膨大な戦闘経験を持つフィオと、戦歴は長くとも自身で戦ったことがほとんど無い邪神の差だった。
〈これならどうだ!!〉
〈む? これは、例の光線か……〉
触手の表面に無数の目が開き、光が収束する。
広範囲への光線攻撃の前兆だ。
確かに先の戦いで、フィオはこれを躱しきれなかった。
だが、今のフィオに同じ手は通じない。
〈その目は演出か? 本物か? 確かめてやるよ!〉
〈何? うわっ!?〉
フィオを中心に太陽よりも眩い光が弾けた。
それは敵を『盲目』の状態異常にする魔法【フラッシュ】の再現。
触手の無数の目は、その閃光をまともに直視してしまう。
その目は飾りなどではなく、全てが高い視力を宿していた。
邪神は昆虫の複眼のように、無数の目でフィオを捕捉していたのだ。
高機動戦闘に適した翼蛇の動きを捉えるのに必須だったが、今度はそれが仇になった。
〈おまけだ!〉
フィオはついでとばかりに全方向への衝撃波を放つ。
RWOにおける無属性中級魔法【バースト】。
それは威力は低いが強力なノックバック効果のある、後衛が護身用に習得する魔法だった。
狙いをつけられず、衝撃波で発射位置をずらされた光線は隙間だらけとなり、フィオは楽々とその隙間をすり抜ける。
邪神との距離はもう半分を切っていた。
触手は武器で言えば鞭に分類される。
距離が近すぎるとその真価を発揮できない。
〈ぬあああああぁ!!〉
〈っと! それは初見だな〉
邪神の絶叫と共に躱された触手が枯れ落ちる。
しかし、同時に植物が種を飛ばすように目玉が発射された。
背後から迫る攻撃に気付き、振り返るフィオ。
無数の目玉が飛んでくる光景に一瞬ギョッとするが、即座に迎撃態勢に入る。
〈(光線に比べれば遅い。この程度なら……、いや、ダメだ!)〉
フィオは降り注ぐ目玉の雨を槍を振るい迎撃しようとするが、嫌な予感がして手を止める。
そしてフィオが自分を中心に竜巻を発生させるのと、目玉が弾けて先程のお返しとばかりに毒を撒き散らすのはほとんど同時だった。
竜巻は毒を吹き散らすのではなく、かき消していく。
〈よし! ……って何!?〉
毒を完全に無効化したフィオが振り向くと、触手がまるで丸太の壁のように整列して視界を遮っていた。
さらにその表面にはびっしりと口が形成され、今まさに毒のブレスを発射しようとしていた。
だが、フィオは一瞬で状況を把握すると、振り向いた勢いのまま槍を薙ぎ払った。
根本付近を切られた触手は、ブレスを発射する事も出来ずに崩れ去る。
〈ふん、嫌がらせだけは上手いな。……チッ、どこだ?〉
邪神の攻撃を凌いだフィオだったが、僅かな時間とはいえ邪神から目を離してしまった。
その隙に目の前まで迫っていたはずの邪神の姿は消え失せていた。
だが、フィオは邪神が逃げたなどとは欠片も考えていない。
奴の絡みつくような粘着質な気配が全く消えていないからだ。
〈さあ、どこからくる?〉
直に戦うのは苦手な邪神。
でも某トラップで侵入者を殺すゲーム系の戦い方は得意なのかもしれませんね。
そろそろ邪神にもラスボスのテンプレ通り、第2形態になってもらいましょう。




