神が人を、人が神を
宗教家の人は不快に感じるかもしれません。
カミサマって難しいですね。
絶望。
それが世界中の知性ある存在の抱いた感情だった。
突然、心に直接送り込まれた映像。
そこには世界を蝕む邪悪が映し出されていた。
そして対抗するように現れた存在。
それは2柱の至高神の姿を模した翼蛇の姿をしていた。
どちらが自分たちの味方かなど考えるまでも無かった。
しかし、現実は残酷だった。
人知の及ばぬ力のぶつかり合いの末、地に伏したのは翼蛇の方だったのだ。
勝ち誇るのはおぞましい軟体生物。
希望は潰えた。
* * *
「そ、そんな……」
「あの人が、負けた?」
神々の戦いをイメージではなくその目で見ていた2人。
安全圏まで退避したジェイスとルーナだ。
2人は直接その目で見ても信じることができなかった。
あのフィオが負けた。
常に飄々として余裕を崩さず、圧倒的な力で全ての敵を薙ぎ払った存在が。
至高神の使いにして唯一邪神に対抗できる存在が。
「でも、なぜ?」
だが、戦闘のプロであったジェイスは違和感も感じ取っていた。
両者の力はほぼ互角だったはずだ。
ならば、勝敗を分けるのはその技量。
フィオは戦闘に関しては神がかった技量を有していた。
なのになぜ負けたのか。
〈時が来たみたいだね〉
「「!?」」
背後から聞こえた声に2人は驚愕して振り返る。
そこにいたのは緑色の小動物。
リーフであった。
「時?」
〈そう。僕たちが本来の役割を果たす時〉
語り掛けるリーフの赤い瞳には、これまでには感じなかった深い何かが宿っていた。
王という役割を受け入れ、国を治めるという重圧を受け入れたジェイス。
しかし、そのジェイスも得体の知れないプレッシャー。
見た目は変わらないのに、昨日、いや先ほどまでとはまるで別物だった。
〈天使は白き神の眷属、悪魔は黒き神の眷属。それは知っているかな?〉
「あ、ああ……」
「聞いた事はあります」
〈で、悪魔であるマスターは眷属なんだけど、ただの眷属と眷属『神』の違いって分かる?〉
「「……」」
〈それは……〉
〈それは! 信仰の対象かどうかなのです!!〉
〈……いたの?〉
〈いたわよ〉
突然割り込んできたハイテンションな声。
妖精女王のフェイであった。
狙っていたのかというようなタイミングに、真っ白い視線を向けるリーフ。
ジェイスとルーナは状況についていけていない。
だが、重要なキーワードは聞いていた。
「信仰の対象?」
〈ジェイス君なら覚えがあるんじゃないの~? 偉業を成した英雄や魔性が信仰対象になるケース〉
〈そういった英雄たちは後に神として扱われることが多いよね?〉
「……確かに」
日本でもそのケースは多い。
有名どころでは菅原道真であろうか。
彼は学問の神であり、雷神ともされている。
〈そんなわけで、信仰を得たマスターはただの眷属から眷属神に昇神しかかってるんだよ〉
* * *
鬼王国の国境。
そこではアリエルが鬼王ゴウエンとタラス議長にリーフ、フェイと同じ話をしていた。
〈白き神や黒き神を代表とする自然発生した原初の神々は、世界法則の化身。だから、彼らは強いけど色々制約が多く不自由な存在〉
故に彼らは世界に安易に介入することができない。
介入することで逆に被害を増やし、混乱を引き起こすことが多いのだ。
下手をすれば世界そのものを崩壊させてしまう可能性すらある。
邪神が顕現したのに黒き神が介入してこないのも、これが原因だった。
仮に破壊と再生を司る黒き神が、この世界に直接顕現したとすれば何が起こるのか?
答えは世界のリセットである。
この世界のすべての生命は消え去り、新たな生命が芽吹く下地となってしまうだろう。
〈一方で英雄や神種が昇神した後天的な神は、原初の神に比べれば弱いけど割と自由に力を振るえる〉
だからこそ黒き神は代行者としてフィオを送り込んだ。
そして、彼が暴走するか完全に敗北するまでは介入しないことにしたのだ。
もちろん他に手段は無ければ介入するつもりである。
邪神に喰い潰されるくらいなら自らの手でリセットし、邪神も滅ぼす。
他の神々も容認するだろう。
〈マスターは今、神種と神との境界線に立っています。ですが、それでは邪神に勝てない。後いくつかの条件を満たせばマスターは神の領域に足を踏み入れる。その手助けをするのが私たち使い魔、いえ、神使の本当の役割なのです〉
天使の姿をしたアリエルは神託を伝えるように語る。
その厳かな姿を、ゴウエンとタラスは茫然と見つめていた。
* * *
「……ここは?」
気が付くとフィオは虚空を漂っていた。
邪神の姿は見当たらず、ここがどこなのかも解らない。
自分が邪神に倒された事は覚えているのだが、その後の事が記憶になかった。
〈無様な姿を見せてくれたな〉
「!!」
〈何だ、あの中途半端な顕現は。アレなら魔王形態の方がまだ勝ち目あっただろうに〉
「ファラク……」
威厳に満ちた黒き神の声がフィオの心に直接話しかけてきた。
だが、その内容は辛辣だ。
当たっているだけにフィオも返す言葉がない。
「力はほとんど互角だったはず。なのに、なんであんなに手も足も出なかったんだ? やっぱり相手が神だからか?」
〈間違ってはいないが、外れてもいない。お前はすでに神気を操り始めている。だが、生粋の神である邪神より制御が甘いのも確かだ〉
「そういえば、あの野郎もありがちな勘違いがどうとか言っていたような……」
〈それだ〉
「え?」
フィオとしては何となく耳に残っていた程度だった。
そもそも、敵の言葉を素直に信じるほどフィオは楽天家ではない。
しかし、邪神が思わず漏らした言葉は的を射ていたのだ。
〈我らは初めから『こう』あるように定められて誕生した。だが、お前たちは違う。お前たち後天的に誕生する神は、捧げられた祈りや願いによってその本質が定められる〉
「有名な学者が学問の神に、優秀な武将が戦いの神になるみたいなものか……」
神が人を創造したのか、人が神を想像したのか。
それは、魔法優位の世界においては前者であり、物質優位の世界では後者と言える。
魔法優位の世界では、そこに住む者達は神の存在を様々な形で認識できる。
人も猿から進化するではなく、神が直接生み出すのだ。
神の存在を疑う者はいない。
逆に物質優位の世界では、神の存在を証明できないことが多い。
逆に人が獣から進化したことが証明された時、人の心から神は消え去る。
心の平穏のために神を信じる事はあるだろう。
だが、客観的に神の存在を証明できない以上、いないとは言えないがいるとも言い切れない。
霊と同じ、あやふやなオカルトにカテゴライズされてしまう。
〈そして、フィオよ。お前は邪神との戦いでなぜあの姿を取ったのだ?〉
「え? いや、俺にとっての神のイメージって、あんた達だったからとしか……」
〈そこが、すでに間違っているのだ。必要なのは他の誰でもないお前自身が、いかなる神なのかというイメージだ。他者の姿を借りたところで、それは出来損ないの紛い物にすぎん〉
「あ……」
〈見るがいい、聞くがいい。お前に捧げられる祈りを、願いを。そして定めるがいい、お前自身を〉
「……わかった」
だが、この世界、ハノーバスは魔法世界。
神が存在する、神が人を創造した世界。
祈りは神に届き、神はそれに応える。
「人々が望み、祈るから神が生まれる……か」
そして、同時に人が神を創造する世界。
人が神を望むことで、新たな神が生まれる世界。
今、数多の祈りに応えるため、新たな神が誕生しようとしていた。
フィオの定める自分の姿とは?