介入する繰り手
久々の投稿です。
年度末は忙しい……。
ともあれ、ようやくラスボスの登場です。
さらばグラーダ。
「さあ、もう終わりにしよう、グラーダ!」
ジェイスの言葉で太陽光がさらに収束されていく。
本来なら太陽光を遮断、拡散するはずの結界が、逆に太陽光を収束、増幅する。
その熱量は、吸血鬼でなくとも焼き殺されてしまうほどだ。
「ギィアアアアアアァ!!?」
堪らず逃げようとするグラーダ。
しかし、光の柱は彼を逃がさない。
どれだけ逃げようともピタリと追尾してくる。
さらに――
「ガッ!?」
突然、魂を切り裂かれるような激痛がグラーダを襲う。
苦しみ悶える彼の目に、その原因が映りこんだ。
「(バ、バカな! ヘカトンケイルが……)」
いつの間にか戦場には静寂が漂っていた。
ヘカトンケイルは全滅し、無残な残骸と化している。
その横に屹立するのは異形の怪物、悪魔。
ここからでは分からないが、鬼王国と獣魔国を襲ったヘカトンケイルも時を同じくして壊滅していた。
本体が倒されたことで、分体もその機能を停止していた。
あちこちに躯を晒した分体を、兵士たちが念のため破壊している。
誰がどう見ても勝負はついていた。
グラーダは敗北したのだ。
「う、嘘だ……」
引き裂かれそうな痛み、全身を焼く光。
それらを忘れてグラーダは呟いた。
如何に視野が狭く、思い込みが激しくても認めざるを得なかった。
自身の終焉を。
もはや光に抗うこともできず、フラフラと降下していくグラーダ。
かなりの高度からの落下だったため、落ちた場所は王城から大分離れていた。
しかし、それでも太陽光はグラーダを逃がさず焼き続ける。
「ぐ、ここまで、なのか? 俺は、死ぬのか?」
グラーダは何より自身の死を恐れていた。
異世界での新たな生を歪めるほどに。
他者を切り刻み、取り込むことを平然と実行できるほどに。
「何か、何か手は……!?」
ここまで追い詰められてもまだ諦めない生への執着心。
これが別の方向に発揮されていれば、彼は英雄にも成れたのかもしれない。
だが、その飽くなき生への願望が彼にある事を気付かせた。
――ドクン ドクン
「こ、これは……。世界樹の種か?」
グラーダに取り込まれた世界樹の種。
本来ならば無尽蔵の魔力を供給してくれるはずのそれは、ずっと休眠状態だった。
そのせいで思ったほどの出力を得られず、巨人の心臓をメインに使う事になったのだ。
その世界樹の種が今、力強く脈動し始めていた。
「そうか! 太陽の光か! これが種を目覚めさせたのか!!」
そう、世界樹とはいえ植物なのだ。
太陽光の影響で活性化する事は十分に考えられる。
この土壇場でまさかの世界樹の種の覚醒。
唐突に見えた光明にグラーダは歓喜に震えた。
「はは、やっぱりだ! 俺は運命に選ばれているんだ!!」
実際には植物の発芽に太陽光は必要ない。
だが、収束された太陽光の膨大な光の魔力は、世界樹の種を目覚めさせた。
確かに運命的な状況だった。
ただし、それはグラーダ以外のある存在にとっても同様だった。
「この魔力! これさえあれば……」
〈残念ながらどうにもならないな〉
「え?」
突然聞こえてきた声に戸惑うグラーダ。
世界樹の種が太陽光を吸収し始めたことで、グラーダには周囲を確認する余裕ができていた。
今、ここにいるのは自分だけ。
ジェイスもルーナもあの悪魔も、皆離れたところにいる。
〈もうお前の身体は限界だ。どれだけ魔力を注ごうと崩壊する事は止められない〉
だというのに自分以外の声がハッキリと聞こえてくる。
困惑して周囲を見渡してもやはり誰もいない。
〈そして、酷使しすぎたお前の魂も直に消え去る。我が糧となってな〉
「!?」
語られるのは自身の破滅。
そして、それを受け入れ、納得してしまう自分。
ワケが分からないのに頭のどこかは冷静だった。
〈お前は良く踊ってくれた。見ていてとても面白かったよ。その点は感謝しよう〉
そして気付いた。
この声は自分の内側から聞こえてきているのだ。
さらに、この声には聞き覚えがあった。
なぜ分からなかったのか不思議なほどに。
〈お前が捧げてくれた数多の命、そしてお前自身の魂。私がありがたく使わせてもらおう。……クカカ、ヒャハハハハハハハァ!!〉
そう、この声は自分をこの世界に転生させた神の声だ。
ギフトを与え、好きに生きろとお墨付きを与えてくれた存在の声だ。
だが、その時には欠片も感じなかったモノを撒き散らしている。
それは吐き気を催すような悪意。
〈正直もう限界なのだ。もう自分の欲求を抑えられない! 駒を動かすのではなく自分が直接手を下したい!!〉
「どういうことだ……。お前は神なんだろう? 俺を助けてくれたんだろう?」
徐々にヒートアップしていく声に、呆然と問いかけるグラーダ。
グラーダを駒と言い切った存在、邪神は嘲笑と共に答えた。
〈ああ、神だとも。ただし、この世界とは何の関係もない世界で生まれた、な〉
「なん、だと……」
獲物を甚振るように、追い詰めるように邪神は話す。
グラーダをより絶望させるために。
〈私はこの世界の神にとっては侵略者。お前たちはその先兵。ククク、そりゃあ討伐のために刺客の1人や2人送り込んでくるだろうさ。ああ、それに……〉
わざわざ教えてやる理由など何もない。
しいて言うならば楽しいからだ。
真実を知った時の表情を見るのが、たまらなく面白いからだ。
〈……というわけだ。良い夢が見れただろう? 夢から覚めて絶望する顔は何度見ても飽きない〉
「あ、ああ……」
絶望に飲まれたグラーダは気付かない、気付けない。
自分の身体が溶け出し、赤黒い液体に変わりつつあることに。
世界樹の種がどす黒く染まり、そこから触手のようなツタのようなモノが生えてきたことに。
〈ああ、そうだ。私には通り名があるのだよ。『放浪の邪神』、中々気の利いた通り名だろう?〉
「……」
〈くくく、壊れたか。いや、すでに一度壊れたものを直したのだったな〉
邪神はグラーダの魂を粉々に砕き、エネルギーとして吸収した。
そして、残された彼の肉体は赤黒い液体と触手の塊へと変貌していく。
邪神の意識の依り代となった世界樹の種を核として、異形の怪物が生み出される。
おぞましく、醜悪な怪物が。
だが、その選択がどのような結果を招くのか。
なぜ自分は今まで慎重に動いてきたのか。
自身の本質に飲まれ、歯止めの利かなくなった邪神は完全に忘れ去っていた。