激昂と虐殺
「力はくれてやった。後はお前たち次第だ。頑張れよ、次期公爵様」
「あれ?」
「爵位とか言いましたっけ?」
こいつら……。
バレないとでも思ってるのか?
どうもそのあたりの認識が甘いようだな。
「緑の髪に付加魔法の武門の家柄。これだけ揃えば、いくら俺がお上りさんでも判るわ」
「あー」
「そんなもんかー」
「お二人とも……。ですからもう少し自重して下さいと……」
「不埒な輩が寄ってこないとも限りませんし」
お目付役は大変だな。
なんだか気の毒になってくる。
「そういや、親父さん、ヴァンデル公爵はもう出てったのか?」
「ああ、えーと、バ、バ……」
「バハル要塞ですよ」
「そうそう、そこに行くってさ」
ふむ、皇帝たちもそこにいるんだろうな。
ついでだし気になってた事を聞いてみるか。
「皇帝が逃げてからここを実質治めてたのは公爵なんだろ? いなくなって大丈夫なのか?」
「うーん、全く影響無いってワケにはいかないだろうけど、親父は軍人だからな。政治にはあんまり口を出さなかったんだよ」
「実務を行っていた文官の方は残られますからね。すぐには影響は出ないと思いますよ」
「悪さしそうな連中は皆いなくなったしな」
そうなのだ。
悪徳貴族が始末され、皇帝のいなくなった首都は以前より平和になったのだ。
公爵は政治家としても十分やっていけるような気がする。
「……公爵は帝国の現状をどう考えていたんだ?」
「んー、ヒビだらけで水の濁った器、だっけ」
「飲んだ民は弱って行くけど、渇きに耐えられずヒビを手で押さえながら飲まざるをえない、と」
「そりゃ、また辛口だな」
だが、上手い例えだ。
民は必死に器が壊れるのを防いでいるのに、与えられる水は淀んでいる。
民を犠牲にかろうじて成り立っている国。
公爵は現状をどうして受け入れているのだろう。
「ご当主様はそれでも、器と水が無ければ民は生きられない」
「ゆえに我らは器を守らねばならない、と」
従者二人が補足する。
「俺達はそんな器は壊して、新しい器を作るべきだと思うんだよ」
「もしくは、今の器を修理する間の仮の器を用意するとかですね」
「お二人とも、発言には気を付けて下さいよ」
「残念ながら、それは反乱とも思われかねない考えです……」
ふむ、新しい器の澄んだ水に最初に群がるのは貴族共だろう。
民の元に届かないのならやる意味は無い。
公爵の現状維持という考えも理解はできる。
だが、大前提として器は腐った貴族もろとも砕かれる。
俺の手で。
確かに混乱と犠牲はあるだろうが、帝国が10年続くより犠牲は少ない筈だ。
帝国の現状を病気に例えればどうだろう。
治療には痛みを伴うが、放っておけばいずれ死ぬ病。
痛み止めの異世界召喚ももう無いのだ。
「大体、お父様は頭が硬すぎるんです」
「今の皇族に何期待してんだろうな。忠義立てしたってしょうがないと思うぜ、俺は」
「初代皇帝陛下は素晴らしい人物だったらしいのですが……」
「異世界召喚に手を染めてから、名君と言える人物が現れていないのは確かですね」
おお、4人の意見が一致した。
今さら取り繕ってもしょうがないってとこか。
民を捨てて逃げ出すぐらいだもんな。
まあ、それはさておき。
公爵とは一度話をするべきだろうな。
俺だって無駄な犠牲と混乱は望まないし。
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4人に別れを告げ首都を後にした俺は、さっそくバハル要塞とやらに向かう事にした。
しかし、その途中で奇妙な光景を目にした。
町だ。
ただし、空爆にでも遭った様に半壊したボロボロの町。
ここは帝国の真っただ中。
他国の軍が攻めてきたという事はあり得ない。
町の規模も盗賊程度が破壊できるほど小さくない。
モンスターに襲われたにしては違和感がある。
気になった俺は町の様子を見てみる事にした。
町はまだ瓦礫だらけで、大勢の人が撤去作業をしている。
顔は暗い。
世の理不尽を呪っているという感じだ。
「酷い有様だな。何があったんだ?」
「ん? ああ、この街に来たばかりか。運が良かったな。もう少し早く着てたら巻き込まれてたぞ」
休憩中の兵士に話を聞いてみる。
彼はこの町の町長の私兵だったそうだ。
過去系だ。
「町長は死んだよ。殺されたんだ」
「……何があったんだ?」
事の始まりは、またしても異世界召喚だった。
皇帝は儀式の為に、町に若い住民を差し出すように命令した。
男は知らないようだが、目的は生贄だ。
生命力の強い人間の方が効果が高いから、若い人間を選んだのだ。
つまり、若者達はもう死んでいる。
1000人以上の人手が失われ、町の収入も減った。
この規模の町で1000人の若者は、大変な労働力の損失だから当然だろう。
だというのに、今期の税率が上がったのだ。
「町長は役人に異議を申し立てたよ。当然だよな。無い物は払えない。町が潰れちまう」
あちらの返答待ちだったのだが、何時までも返事が来ない。
不思議に思っていると、役人と一緒に1人の少年がやってきた。
それが5日前の事だった。
「あんたと同じ黒髪黒眼。肌の色は白くもないし黒くも無かったな。ただ、やたらと偉そうな態度で妙な形の杖を持っていたよ」
男は地面にその杖の形を描いて見せた。
これは……銃か?
「町長はもう一度役人と話したが、役人は税は減らせないの一点張り。話は平行線だった」
すると、少年が役人を押しのけて話し始めた。
見下した態度で延々と語ってくれたが、言っている事は要するに『言う事を聞け』という事だった。
しかも、どんな育ちをしたのか『自分は世界で一番優れた民族だ』とか『自分は人類の始祖の末裔だ』とか訳の解らない事を言い出す始末だった。
「町長も話すだけ無駄だと思ったんだろうな。役人との不毛な話し合いに戻ろうとしたんだ。そしたら」
少年は突然、激高し喚き散らし始めた。
『英雄にして未来の支配者たる自分を……』とか、言っているようだったらしい。
町長が、役人が、住民が、唖然としてその狂態を見ていると、少年は突然町の一角に杖を向けた。
そして、杖から火球を発射した。
「射線上にいた住民は消し飛び、火球は大爆発を起こした。奴は言う事を聞くまで続けるぞ、と笑いながら言っていたよ」
どう言われようが、無い物は出せない。
町長は必死にそう説明したが、そもそも話が通じる相手ではなかった。
実に町の3分の1が破壊され、役人達も真っ青になった。
これでは税収どころの話ではないのだから当然だろう。
「暴れるだけ暴れた奴は、ようやく静かになった。満足したのか、と思ったんだがな……」
最後にそいつは町長に杖を向けた。
そして躊躇う事無く、撃った。
「町長を殺した奴は実に嬉しそうだったよ。当然の報いだ、とか言ってな。で、ようやく気が晴れたのか、役人を連れて去って行ったよ。ありゃ、悪魔だ……」
少年の行動は、常識人の範囲内だったフィオには理解不能なものだった。
ましてや、それが皇帝の本当に躊躇わず人を殺せるかの確認、殺戮兵器として使えるかのテストであったなどフィオには想像もつかなかった。
「おいおい、皇帝。なんてヤバい奴を呼び出したんだよ……」
ただ、召喚者が英雄などと呼べる人間ではないという事だけははっきりと理解できた。
大雪だー。
雪どけしないと家が埋まるー。