簒奪者の妄執②
表紙イラストが決定したようです。
槍杖を構えるフィオと、フェイ&ネクロス。
さらに背後には邪竜のシルエットが……。
見開きラフには使い魔が大集合。
プロのイラストって凄い……。
痺れを切らした猛犬のようにグラーダが猛る。
実際、ジェイスとルーナの2人を目の前にして、彼は歯止めが効かなくなっていた。
そんなグラーダを2人は複雑な心境で見つめる。
すべての元凶である仇敵。
そう思っていたグラーダが、実は更なる黒幕の玩具に過ぎなかった。
彼の姿は、その事実を実感させるには十分なものだったのだ。
「哀れだな、グラーダ……」
王族であるニュクシア家の一員となったジェイスは、全ての貴族の固有能力を使用できる。
彼はエリニュス家の【操血】で剣の刀身を覆い、襲い来るグラーダの分体を迎え撃つ。
無数のコウモリを、舞い踊る二振りの短剣が切り裂く。
トケビー家の能力である【分裂】。
それは本来なら、生み出された分体に攻撃能力など持たせられない。
しかし、グラーダが生み出したコウモリは鋭い牙と爪で敵を襲う。
しかもその数が尋常ではない。
「ジェイス!」
ルーナの声にコウモリたちがビクリと震える。
ルーナの眼は真紅の輝きを放っており、コウモリ達の眼も徐々に同じ色に染められていく。
アルプ家の【魅了】の能力で分体の制御を奪ったのだ。
強力な能力だがグラーダの父親、今は亡きアルプ卿は決して悪用しなかった。
清廉潔白な彼は法の番人、司法長官として被告人に真実を話させるために能力を使った。
だが、その息子は彼を手にかけ、全国民を魅了するという暴挙に出た。
アルプ卿を良く知るが故にルーナの怒りは激しい。
「行きなさい!」
ルーナの制御下に置かれたコウモリが、ジェイスとともにグラーダに突っ込む。
一方のグラーダは、下半身で繋がった様々な魔獣で迎撃する。
タキシム家の【獣化】は本来自分を変身させる能力だ。
しかし、グラーダは変身させた部位を遠隔操作してきた。
「どけ!」
ジェイスの一括で魔獣たちの動きが鈍る。
フォーヴォス家の【呪縛】で強制停止させられたのだ。
そこにルーナの操るコウモリが殺到し、さらに動きを封じる。
だが、グラーダは躊躇無く魔獣を切り離す。
さらに切り離された魔獣は黒い炎を発して燃え上がり、奪われた分体も焼き尽くした。
ラルヴァ家の【呪炎】だ。
「おおおおおお!!」
「シャアアアアァ!!」
ジェイスの二振りの短剣とグラーダの爪が交差した。
直後に巨大な魔獣のものに変化したグラーダの右腕が、肘から切り飛ばされる。
しかし、その隙を突くように半透明な無数の触手がジェイスに襲い掛かった。
ジェイスは殺気を感じ回避するが、一発胴を掠めてしまう。
さらに、斬り飛ばされたグラーダの腕がコウモリに変じる。
しかし、それは動き出す前にルーナが援護に放った【呪炎】によって焼かれた。
一方、ジェイスの装備している軽鎧に残された傷は、その周囲が溶け始めている。
「モーラ家の【呪毒】か……。はっ!」
一度距離を取り、呪炎で呪毒を焼き払うジェイス。
【操血】でグラーダに血を撃ち込む計画だったが、その狙いは見破られていたようだ。
グラーダは、イソギンチャクのように全身から毒の触手を生やして接近戦に備えている。
狂ってはいても思考能力は残っているらしい。
だが――
「ギ、ア?」
「効いてはいるな」
切り落とされた右腕は即座に復元するが、グラーダはその腕を不思議そうに見る。
傷口から侵入したジェイスの血液が、復元した腕を麻痺させているのだ。
効果があったなら、本来であれば制御を奪えるはずなのだが、実際には麻痺止まり。
これは、グラーダの力が単独ではジェイスを上回っている事を意味していた。
「1人でダメなら2人でしょ?」
「ああ。それに1ヵ所でダメなら2ヵ所3ヵ所だ」
ジェイスの隣にルーナが寄り添い、剣を構える。
その姿を見たグラーダはさらに猛り狂った。
* * *
一方、ジェイスとルーナが飛び去った王城も慌ただしかった。
警護対象が出撃してしまった以上、ここに兵力を残す意味は薄い。
そうした判断から、警備部隊も次々と城壁への増援として出撃していく。
そして、王城を任されたフォーヴォス卿はというと結界の維持に専念していた。
夜王は玉座に座らずとも結界を維持できるが、それは負担となる。
今まさに宿敵と戦っている2人を少しでも援護するために、城に残った貴族たちは結界の維持を肩代わりしているのだ。
「戦況は?」
「今はまだ互角です。ですがグラーダの勢いが徐々に増しています」
「霧の集束が完了しそうです。ここからが奴の全力でしょう」
上空での戦いは遠見の魔道具で観測されている。
報告を聞いたフォーヴォス卿は、心配そうに天井を見上げる。
地下にある結界へ魔力を供給する魔法陣の間からは、外の様子が分からない。
両陛下が出撃したとの報告が来た時も、前線に手紙を記すのが精一杯だった。
彼はここを動くわけにはいかないのだ。
「城の周辺では王族や貴族の能力が増幅される。そして、貴族位を剥奪されたグラーダは逆に能力が減衰する。それでも互角か……」
「それほどまでに奴が強くなっているという事ですか……」
「他者を喰らってだろう? もはやケダモノと変わらん」
グラーダが勝てば奴は夜の国どころか北大陸を、世界を喰らおうとするだろう。
この戦いは絶対に負けられない。
政治的には対立する事も多い貴族達も、今回ばかりは心を1つにしている。
敗北は破滅なのだ。
そして、彼らにはもう1つ重要な任務があった。
それはジェイスとルーナがグラーダに勝つための奇策。
その作戦の実行指示が届くのを彼らは待つ。
2人の無事を祈りながら。
* * *
「ギアアアアアアァ!!」
「来るぞ!」
「ええ!」
上空での戦いは近接戦闘にシフトしていた。
吸血鬼の能力による攻撃では、お互い決定打にならなかったからだ。
とはいえ、戦況は一進一退。
ジェイスとルーナの斬撃は確実にグラーダを捉えていたが、傷自体は浅く致命打にならない。
一方グラーダの攻撃は威力こそ高いが、大振りで当たらない。
グラーダの傷は高速で再生し、体内に侵入した血も徐々に排出されてしまう。
2人もときに大きな一撃を受けるが、フィオが渡した回復薬がそれを癒す。
その繰り返しだ。
飽きることなく、技もなにも無く突撃するグラーダ。
だが、そのスピードと勢いは凄まじく、発生する衝撃波が嵐のように荒れ狂う。
しかし、その突進を迎え撃つジェイスとルーナの姿が揺らぎ、分裂する。
「ギィ!?」
「今っ!」
「そこっ!」
困惑し、スピードを落としたグラーダの身体が切り裂かれた。
無数のジェイスとルーナが消え、グラーダの背後に2人が現れる。
高位の斥候職であったジェイスのスキル、分身を作り出す【残影】、分身と場所を入れ替える【影転】だ。
基本能力では2人を圧倒しているグラーダだが、2人は戦いながらも成長し、霧を取り込みどんどんパワーアップするグラーダに食らいつく。
そして、霧と化した肉体を全て集め終えたのに、グラーダは2人を倒し切れなかった。
獣のように暴れるだけのグラーダは、自身の膨大な魔力を有効に使えていないのだ。
そうなると、今度は逆に両者の差が縮まり始める。
ジェイスは吸血鬼の能力だけでなく、影人族の能力も使い始め、さらに諜報員として身に着けた巧みな戦い方を発揮する。
才能はあっても実践経験が無かったルーナも、急速に戦闘経験を積み成長していく。
その剣技は柔軟で舞うような優雅なものだが、変幻自在な動きでグラーダを翻弄している。
一方、全身に幾度となく刃を受けたグラーダだが、その動きはまったく衰えていない。
しかし、単調な攻撃を繰り返すばかりなので、その動きは見切られつつあった。
攻撃が当たらないことに苛立ち、徐々に動きが雑になっていく。
「そろそろ行くぞ……」
「ええ……」
そして、何度目かもわからないグラーダの単調な突撃。
振り上げられる両腕、蠢く触手。
だが、ジェイスとルーナは避けなかった。
待っていたとばかりに、渾身の魔力を剣に注ぎ込む。
そして――
「「止まれ!!」」
「ギィ!!?」
訳がわからず目を見張るグラーダ。
それもそのはず、2人の目の前で両腕を振り上げた無防備な状態で、体が動かなくなったのだから。
確かに斬撃と共に体内に血を撃ち込まれてはいた。
だが、圧縮された膨大な質量と魔力を持つグラーダからすれば微々たる量。
全身の自由を奪えるようなものではない。
さらに不可解なのは、ほぼ全身が動かない事だ。
新たに生やした触手など、攻撃を受けていない部分まで動かないのだ。
では【呪縛】を受けたのか? それも、あり得ない。
分体ならともかく、本体の動きが封じられるはずがない。
そして――
「そこだっ!!」
ドッ!!
「受けなさい!!」
ズン!!
混乱するグラーダの左右の胸。
取り込まれた巨人の心臓を、ジェイスとルーナの剣が貫いた。
ジェイスとルーナはどうやってグラーダの動きを封じたのか?
貴族たちに託された奇策とは?
そして、この一撃はグラーダに効いたのか?
次回判明。