簒奪者の妄執
遅くなりましたが、なんとか月一投稿維持できました。
本当は先週の予定だったのですが風邪をひいてしまって……。
3つの戦場で激戦が続く中、夜王ジェイスは落ち着かない様子で玉座に腰かけていた。
彼は元々自ら剣を振るっていた前線指揮官だ。
後方でジッとしている事に違和感を感じるのは当然だろう。
他の3国の代表も自ら戦っている事も大きい。
だが、魔人連合国の議長は選挙で選ばれた代表だ。
鬼王と獣魔王にも世継ぎがいる。
夜の国だけが王を絶対に失えないのだ。
さらにジェイスとルーナは命が繋がっている。
ジェイスの死はルーナの死だ。
ジェイスが前線に出るなど暴挙なのだ。
そんな事はジェイスも承知している。
だが――
「くそ……歯がゆいな」
「そうね……」
ジェイスと正式に契約を結んだことで、ルーナも貴族を圧倒できるほどの力を手に入れた。
グラーダに殺された王族たち、家族の仇を自分で取りたいという気持ちは以前の比ではない。
2人は王城を飛び出し、戦場に駆け付けたい衝動を必死に抑え込んでいた。
しかし、やはりそれは運命なのだろうか?
彼らが戦場に立つことを禁じられていても、彼らとの戦いを望む者はいる。
もはや、彼らを殺すこと以外は考えられなくなってしまった者。
この戦いの元凶が。
「これは!?」
「ジェイス!!」
王宮内に薄っすらと漂い始めたのは霧。
シミラの銀色の霧ではない。
血のように赤い禍々しい霧。
それが濃くなるにしたがって、2人の危機察知スキルの警鐘が強くなる。
「ルーナ!」
「ええ!」
王族は得手不得手はあれど、基本的に貴族の能力を全て使える。
だからこそ、2人はこの霧が吸血鬼の変身した姿である事を察することができた。
ただし、知識として知っているが故の疑問も浮かび上がるのだが、それはそれ。
まずは他者を巻き込まないように場所を移すことにした。
衛兵たちが止めるのも無視してバルコニーに飛び出す。
そして背中に翼を顕現させ空へと飛び上がった。
王都に被害を及ぼさないはるか上空へ。
「見て! 霧が……」
「王都、いや、夜の国全体に自身を拡散させていたのか。なんて無茶なことを……」
ラングスイル家の固有能力である【霧化】。
あらゆる攻撃を透過し、探知されにくくなる優秀な能力だ。
しかし、デメリットも大きい。
広範囲に拡散するほど効果は高いが、拡散するほど自我が薄くなるのだ。
もし、自我を保てないほど自己を拡散させてしまえば、もう元には戻れない。
元諜報部隊のジェイスや人外のフィオとその配下。
彼らでさえ発見できなかったのは、彼らが探知できないほどに自己を希薄にしていたからだったのだ。
だが、これだけ広範囲に拡散させてしまえば、自我など残るはずがない。
そのまま世界に拡散し、やがて溶けて消えてしまうはずだ。
しかし、現実には2人の眼下では止まることなく霧が集まり、その濃さを増していく。
そしてついに、霧は1人の青年に姿を変えた。
「ジェイスゥ……」
「グラーダ、お前……」
「変わりましたね……」
遂に姿を現したグラーダ。
しかし、姿こそ依然と変わらぬ貴公子だが、その内面の変化は一目瞭然だった。
妄執と狂気に彩られた表情。
そして、体内に蠢く異質な魔力。
そのおぞましさに、2人の全身から冷たい汗が噴き出した。
* * *
ヘカトンケイルの分体が押し寄せる最前線。
総指揮官はラングスイル卿、前線指揮官はラルヴァ卿だった。
地平線の向こうでは、ヘカトンケイルと大悪魔が激戦を繰り広げている。
そこに、王城で警備を行っているはずのフォーヴォス卿からの伝令が届いた。
「何だと! 両陛下が出陣なされた!? どこに!!」
「そ、それが……」
「上?」
絶対に失ってはいけない両名の出陣に、声を荒げるラングスイル卿。
しかし、伝令が指さした王都上空を見上げて唖然としてしまう。
空には赤い霧が雲のように立ち込め、その中心には異形の人影が存在していたのだ。
「あれは、グラーダか? 何という姿だ……。しかもこの霧の量は……」
同じ能力を持つからこそ、彼には分った。
霧の量は、能力使用者の存在の大きさだ。
もはやグラーダにとっては、貴族であっても塵芥同然の存在だろう。
ならば、この場で太刀打ちできるのは王族である主君のみだ。
「どうか、ご武運を……」
祈ることしかできない我が身を呪いつつ、指揮に集中するラングスイル卿。
押し寄せる分体の数は、いまだに衰える事を知らなかった。
上空で対峙するジェイスとルーナ、そしてグラーダ。
グラーダの周囲にはいまだに赤い霧が渦巻き、その身体に吸い込まれていく。
信じがたい事に、グラーダはまだ霧化した自身を集めきっていないのだ。
それでも、その力は王族二人と同等かそれ以上だった。
「万全になるまで待つ理由は無いな」
「ええ、父や多くの民の無念、今こそ晴らす時です!」
相手はもはや人の枠を外れた怪物。
正々堂々戦うつもりなど無い。
相手の準備が整っていないのなら、それは好機。
2人はその手に武器を構える。
それはフィオが、念のため2人に渡しておいたRWOで製作された武器だった。
ジェイスには二刀一対の短剣、ルーナには優美なレイピア。
もちろんどちらも、この世界ではオーパーツじみた性能の逸品だ。
まずジェイスの短剣は30cmほどの刃のダガーだ。
しかし、刃の反対側の柄には刺突用のピックが備わっている。
さらにはスパイク付きのナックルガード付きだ。
これは複合魔法合金開発の過程で作られた試作品で、『工房』印の逸品である。
刃はヒヒイロカネ、ピックはオリハルコン、スパイクはアダマンタイトで作られており、中央部で部分的に融合している。
そして、その中央部こそが複合魔法合金の誕生のきっかけだったのだ。
一方ルーナのレイピアは、ヒヒイロカネとオリハルコンを合成した試作複合魔法合金製の武器だ。
完成版の複合魔法合金に総合性能では劣るが、十分に実用に耐える物である。
アダマンタイトが加わっていない分非常に軽量で、プレイヤーによってはこちらの方が好まれた。
そんなオーバースペックの武器の表面を、赤い液体がコーティングしていく。
それは2人の血だった。
王族の血は、他の吸血鬼を従わせる力を持つ。
色々混ざってはいるが、それでもグラーダは吸血鬼だ。
王族の血を体内に打ち込めば、コンピュータウイルスのように内部から攻撃できるはず。
「ギィヤアアアアアアァ!!」
2人の戦意に応じるようにグラーダも動き出す。
身体の末端がコウモリとなって分離し、身体のあちこちが様々な獣に変異していく。
ラングスイルの【霧化】、トケビーの【分裂】、タキシムの【獣化】、3つの能力を同時に使用するグラーダ。
その力は、確かに王族に匹敵しているのかもしれない。
しかし――
「哀れだな、グラーダ……」
「これが力に溺れた者の末路なのですね……」
その姿は、彼が生み出した合成獣たちと大差のないものだった。
遂にグラーダ登場。
夜の国全体に拡散するという荒業で探知の眼を掻い潜っていました。
普通なら消滅していますが、執念で再結集。
ストーカーって怖い。
活動報告も更新してあります。