夜の国での戦い
改稿作業の合間の更新です。
月1でギリギリです。
書籍化しながら連日更新する作者さんて凄いですね……。
鬼王国と獣魔国での戦いが始まる少し前。
5体のヘカトンケイルは、夜の国の王都からも見える距離に接近していた。
その周囲には、数えるのもバカらしいほどの分体がひしめいている。
一体どれだけの民が犠牲になったのか想像もつかない。
「もう来たのか……」
「まあ、他の国に向かうより近いからな」
王城の玉座の間で報告を受けた夜王ジェイスは、ため息交じりに呟いた。
防衛戦の準備はほぼ完了しているが、もう少し猶予が欲しかったというのが正直なところだった。
そんな彼に身も蓋も無い答えを返したのは、ヘカトンケイルを担当する予定のフィオであった。
ただし、さすがに万に届こうかという分体までは相手にしていられない。
それらを撃退するために王都の全戦力が動員されていた。
「それじゃあ、俺は行くぞ。俺たちはこっちにかかりきりになるから、援護はできない。自分たちで何とかしてくれよ?」
「ああ、そこは心配ない。王城の機能が完全なら、そう簡単に防壁は破られない」
「ヘカトンケイルさえ押さえてもらえれば、数ヵ月でも籠城可能です」
ジェイスとルーナの言う通り、王城が完全に起動している今、王都は巨大な要塞と化している。
城壁は魔法障壁で強化されているし、自軍の兵士に対する強化機能まであるのだ。
数だけで攻め落とすのは非常に困難。
ゆえに恐ろしいのは強大な個であるヘカトンケイルだけだった。
「2人は前線には出ないんだよな?」
「……ああ。王城の機能を維持するためには、最低でも城内にいる事が望ましいらしいからな」
「王城から離れると精度が落ちるんです」
「そうか。ならいい」
ジェイスはやや不満なようだが、自分の立場は理解していた。
チェスのキングである2人は倒されたら終わりだ。
前線に出ることなど認められるはずがない。
議長と獣魔王は死ねば次代が擁立されるし、鬼王にも世継ぎがいる。
だが、吸血鬼の王族はジェイスとルーナのみ。
世継ぎはまだおらず、片方が死ねばもう片方も死んでしまうのだ。
「前線の指揮はラルヴァ卿が執ってくれます。素人の私たちは余計な口を出すべきではないでしょう」
「トケビー卿が補助してくれるしな」
「ああ、ドゥモーアの親か……」
優秀な武官であるラルヴァ卿を、コウモリに分身する能力でトケビー卿が補助する。
さらに戦闘能力の高い貴族たちは、みな動員されている。
これ以上の布陣は無いだろう。
フィオは分体を意識から外し、ヘカトンケイルを倒すべく王城から飛び去った。
* * *
〈あ、マスター!〉
〈キュキュ!〉
〈……〉
王都の城壁とヘカトンケイルの中間地点。
そこでフィオはフェイ、リーフ、シミラと合流した。
もう分体の群れが目の前の距離である。
「どうだ? 見つかったか?」
〈う~ん、わかんない〉
〈キュ……〉
〈……〉
「そうか……」
フィオは3体にグラーダの捜索を頼んでいた。
この期に及んでまだ彼の所在が分からないのは、正直想定外だった。
「そうなると、やっぱりヘカトンケイルに取り込まれたか?」
〈そういえばアレ、なーんか変な感じなんですよね〉
「変な感じ?」
〈キュ! キュ!〉
〈……〉
ヘカトンケイルに違和感を感じたと言うフェイ。
リーフとシミラも肯定する。
漠然とだが、まるでエントのような感じがするのだという。
群体、あるいは端末のような。
「まあ、やってみるしかないだろう。足止めを頼むぞ」
言うが早いか、フィオは【悪魔化】を起動する。
黒きオーラが爆発的に放出され、巨大な異形を形作る。
大悪魔をベースに使い魔のパーツで補強された姿。
狂竜と化したニクスを倒した半魔王形態だ。
しかし、今回はサイズが違う。
ヘカトンケイルよりは小柄だが、その身長は20mを超えている。
右手に持つ槍は30mはあるだろう。
〈グゲ?〉
〈グギョ?〉
突然進路を阻んだ巨大な影に、ヘカトンケイル達の視線が集中する。
だが、元より彼らは本能中心のケダモノだ。
何者であっても喰らわんと、迷う事無く襲い掛かる。
だが――
〈あははははは!!〉
〈グギュウ……〉
1体はフェイの作り出した超重力空間に押しつぶされた。
〈キュイ!〉
〈グ? ググゲ?〉
もう1体がリーフの隔離結界に閉じ込められた。
〈……〉
〈グウゥ……〉
さらに1体がシミラの幻術にかかり、虚ろな目で棒立ちになった。
〈オオオオオオォ!!〉
――ザン!!
――ズン!!
悪魔の振るった左の爪撃が、残る2体の片方を縦に引き裂きさいた。
同時に、もう1体のヘカトンケイルの巨大な口に槍が突き込まれ、その巨体を貫いた。
まともな生物なら間違いなく致命傷となる傷。
しかし――
〈何っ!?〉
大きく深い傷が、一瞬にして十分の一ほどに小さくなった。
その小さな傷も徐々に薄くなっていく。
ヘカトンケイルが強力な再生力を持っている事は知っていたが、予想以上だった。
〈ならば……〉
フィオは凄まじい速さで攻撃を繰り返し、一瞬で2体をズタズタに引き裂いてしまう。
核と思わしき巨大な心臓も破壊し、再生力の源と思われる樹液も毒で汚染し、内部を焼く。
だというのに、ヘカトンケイルは再び再生し立ち上がった。
〈どうなっている? いくら何でも異常だぞ?〉
あまりに常識外れの生命力に、フィオは疑問を抱く。
神気を宿しているとはいえ、所詮はまがい物の眷属だ。
ランクとしてはニクスよりも下だろう。
完全に不死身などという事はあり得ない。
〈瘴気の吸収は俺の方が上回っている。どこからあんな回復エネルギーを引っ張っているんだ?〉
フィオの攻撃が緩んだと見るや、ヘカトンケイルが反撃に転じた。
複数の腕を振り回し、フィオを殴り飛ばさんとする。
それを回避し、翼を広げて飛び上がるフィオ。
――グイッ!
〈何!!〉
しかし、地面から無数の腕が生えフィオの右足を掴んでいた。
もう1体のヘカトンケイルを見ると、そいつは一見何もしていないように見えた。
しかし、体中に生えていたはずの腕が無くなり、頭と胴と足だけになっている。
〈このっ!!〉
――ボコォ!!
フィオが力任せに右足を引くと、掴んでいた腕はブチブチと千切れる。
同時に、何故か腕無しのヘカトンケイルが仰向けにひっくり返った。
そして、その姿が明らかになる。
〈足の裏に腕だと!?〉
そう、ヘカトンケイルは自らの腕を足の裏に移動させていたのだ。
彼らの腕は小さなパーツの寄せ集めだ。
ゆえに、どこにどのように生やすのも自由自在だった。
足の裏に腕を生やし、その腕の先にさらに腕を生やして伸ばすことも。
先端部分を枝分かれさせ、タコがしがみ付くように相手を捉えることも。
〈気色悪いんだよ!!〉
千切れても動いて足に纏わりつく腕を、全身からオーラを放出して吹き飛ばすフィオ。
さらに、ひっくり返ったヘカトンケイルにブレスを叩き込んで爆散させる。
しかし、バラバラになる程のダメージを受けたのに、その傷も瞬時に軽傷になる。
流石のフィオも焦り始める。
〈落ち着け……。何かカラクリがあるはずだ〉
冷静さを失わぬよう気を落ち着け、敵を観察する。
軽傷にはなったが、すぐには立ち上がれないようだった。
さらに、もう1体にも視線を向ける。
すると――
〈は?〉
フィオは驚きの声を上げてしまった。
何故か、もう1体のヘカトンケイルまで火傷を負っていたからだ。
こちらのヘカトンケイルの傷は、すでに回復していたはず。
いったい、いつの間に?
予想外の事態に驚くフィオに、躊躇いがちに声がかけられた。
〈あの、マスター? なんかこいつら、勝手に傷ついては回復してるんだけど……〉
〈キュウキュウ……〉
〈……〉
使い魔たちの声に、彼らが足止めしている3体を見てみる。
すると、まったく攻撃していないはずの3体まで軽いが傷を負っていた。
それも、3体が全く同じ深さと場所の傷を。
それを見た瞬間、フィオの脳裏で答えが導き出される。
〈そうか、そういうことか! こいつらはダメージを共有しているのか!!〉
ヘカトンケイルは11体でダメージを共有している。
例えば、ヘカトンケイルの最大HPが10000で、毎ターン1000自動回復するとしよう。
フィオの攻撃で10000ダメージを喰らえば本来なら即死だ。
しかし、その10000ダメージを11体で分割すれば、1体あたりのダメージは1000以下。
1ターンで自動回復できる軽傷となる。
最初にいきなり傷が小さくなった時、あれがダメージが共有された瞬間だったのだ。
ようやくフィオ、はヘカトンケイルの不死身の秘密を暴いた。
〈カラクリは解ったが、問題はどうやって共有しているかだな。おそらく核の様なモノがあるはずなんだが……〉
ちょっと書籍化の形式を使ってみました。
RWOは改稿で内容がかなり加筆されてます。
それだけ描写が薄かったという事でもあるんですけど……。