獣魔国での戦い
そろそろ、あっちの作業が忙しくなりそうです。
投稿が不定期になると思いますがご了承ください。
場所は変わって獣魔国。
こちらにも3体のヘカトンケイルが侵攻してきていた。
獣魔国の対応も鬼王国と同じ、専守防衛である。
敵に対して積極的に攻勢に出る事が多い獣魔国としては、珍しい対応だった。
だが、その理由を考えれば誰もが納得するだろう。
なぜなら今、急遽建造された防衛陣地の向こうは地獄と化しているからだ。
この場に派遣された使い魔は6体。
指揮官のプルートを筆頭にギア、リンクス、ベルク、そしてバイトとヴァルカン。
そう、この場には広域攻撃を得意とする者達が揃っているのだ。
ギアの光学兵器、リンクスの光属性のブレス、ベルクの起こす嵐、ヴァルカンの溶岩、バイトの状態異常攻撃。
どれも多数の敵を薙ぎ払う事に適している。
しかし、それは逆に味方を巻き込む危険性があるという事でもある。
よって、獣魔たちも防衛陣の向こうには行くことができないのだ。
不満が無いわけではないが、こればかりは仕方が無い。
味方に殺されるなどバカげているからだ。
「これでは我々など必要ないのではないか?」
〈そうでもない……〉
獣魔王リュケウスの呟きをプルートは即座に否定した。
そして、それは気づかいでも何でもない。
単なる事実だった。
獣魔国に派遣された使い魔たち。
彼らは確かに一騎当千の強者だ。
しかし、全長30mの巨大な怪物と正面から戦えるかと言われれば難しい。
サイズが圧倒的に違い過ぎるからだ。
〈奴らは魔法が効きにくい……。そして内側からの攻撃に弱い……〉
「うむ、そのためのコレだな」
リュケウスが視線を向けたのは、この戦いのために用意された武器だ。
口の小さい水の詰まった陶器と投擲用の短槍。
どちらも単独では使えない。
使い魔たちと連携してこそ意味のある武器であった。
〈見るがいい、王よ……。戦士たちの士気は高い……〉
「……そうだな。少し弱気になっていたようだ」
周囲を見渡せば弱気になっているのは自分だけ。
獣魔の戦士たちは、同胞の弔い合戦とばかりに戦意を滾らせている。
ヘカトンケイルや合成獣に、同胞が材料として使われている事は当然知っている。
もはや決して助けられないという事も。
ならば、せめて自分たちの手でヘカトンケイルを葬りたい。
それを持って同胞たちへの弔いとしたい。
獣魔たちの戦意は留まるところを知らず高まっていた。
「貴殿とはまだ付き合いは浅いが、本当に感謝している。黄泉の賢者殿」
〈我はかの御方の下僕の1人にすぎぬ……。そのような敬称など不要……〉
プルート達使い魔が獣魔国を訪れた当初、あれこれトラブルは起きた。
しかし、冷静に話し合ってみれば彼らは深い英知を湛えた存在であると解った。
特にプルートの知識と知性は、獣魔国の学者たちすら舌を巻くほどだった。
それを知ったリュケウスは、プルートを半ば相談役のように扱っていた。
付き合いこそ短いが、深い信頼を寄せているのだ。
〈では、始めようか……〉
戦場となる荒野の向こう。
迫り来る巨大な影。
3体のヘカトンケイルが遂に姿を現した。
その周囲には無数の分体が群れているはずだ。
〈ヴァルカン、戦闘開始だ〉
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〈ゴアアアアアァ!!〉
ドン! ドン! ドン!
ヴァルカンの咆哮と共に大地が裂け、オレンジ色に輝くマグマが噴出する。
それらは意志を持つように、まず横一列に広がり壁となる。
しかし、それは防壁ではない。
守って戦うなどヴァルカンの性に合わない。
彼の本質は猛獣。
攻めて攻めて攻めまくり、敵を粉砕するのが彼の戦い。
〈ガアアアアァ!!〉
再び轟くヴァルカンの咆哮。
それを合図にマグマの壁が、一気にヘカトンケイルと分体に向けて動き出した。
それはまさに溶岩の津波。
大自然の驚異、溶岩流。
一方のヘカトンケイル達は何も考えることなく突き進む。
元より彼らにあれこれ考える知能は無い。
生存本能も無いので怯みも怯えもしないのだ。
まさに蜂や蟻の群れ。
敵を喰らい尽くすまでは決して止まらない。
ドパアアアアァ!!
先頭が溶岩流に飲み込まれ押し返される。
しかし、焼き尽くされた仲間を踏み越え分体たちは前に進む。
即死さえしなければ傷は再生するのだ。
恐怖を感じることなく、唯々前に突き進む。
やがて溶岩流の勢いは衰える。
しかし、その一撃で荒野はまるで火口のように変貌していた。
大地は1000度を超える沼地となり、分体たちの動きは明らかに鈍くなる。
そこへ更なる追い打ちがかけられる。
〈シャアアアアアアァ!!〉
バイトが3つの口を開きブレスを吐き出す。
様々な状態異常を撒き散らすディザスター・ブレスが、分体たちを包み込む。
流石というべきか、抵抗する者もいる。
だが、足止めができれば十分なのだ。
なにしろ分体たちが立っているのは溶岩の上。
常に移動していればまだマシだった。
しかし足を止めれば、あっと言う間に足が焼け落ちてしまう。
足を失い崩れ落ちれば、今度は全身を焼かれてしまう。
ヴァルカンとバイト。
彼らは対軍戦闘に関しては圧倒的な戦闘力を発揮するコンビであった。
しかし、しぶとさには定評のある分体だ。
溶岩の沼地を突破する個体も現れる。
〈来たぞ……〉
「うむ。攻撃開始だ!!」
リュケウスの号令を受け、獣魔たちが刻印を輝かせる。
身体強化を施された鬼族に匹敵する身体能力を発揮する獣魔たち。
彼らは陣地に近づいてくる分体に短槍と水壺を投擲する。
ドォン!! ドドン!!
溶岩地帯を突破してきた分体には、未だに赤く輝く溶岩が付着している。
超高温の溶岩に、水壺がぶつかればどうなるか?
水は一瞬で気化し、水蒸気爆発を起こして分体を吹き飛ばした。
今、この場においては水壺は爆弾も同然なのだ。
さらに――
ドス! ドスドス!!
投擲された短槍が分体に次々と突き刺さる。
もちろん、こちらもただの槍ではない。
分体を殺すためのえげつない仕掛けが施されていた。
ドロリ ジュウウウウゥ!!
〈ギギィ!?〉
〈ギギャアァ!?〉
分体に刺さった槍は、高温でドロリと溶けてしまう。
柄の部分は表面に付着して皮膚を焦がし、体内に食い込んだ部分は体を内側から焼く。
溶岩を突っ切る分体にとって、皮膚を焼かれることは苦痛ではあるが致命傷ではない。
しかし、溶けた金属を体内に流し込まれるなど想定していない事態だ。
体内の重要な臓器を焼かれ、血管や植物の師管道管に金属が詰まる。
そして分体は、まるで多臓器不全のように力尽きてしまう。
再生力が強い魔物には毒物が有効な場合がある。
しかし、巨人と世界樹を材料に作られたヘカトンケイルに通常の毒物は効かない。
そこで考えられたのが金属毒を使用するという案だった。
代謝で分解されない金属毒は、再生力が強い魔物にも効果が期待される。
だが、急に金属毒を大量に用意するのは無理だった。
そこで、さらなる情報収集の結果考案されたのが今回使用した短槍だった。
この槍に使用されている金属は、ある特殊な性質を持つ合金だった。
それは高い強度と低い融点だ。
西大陸のドワーフが偶然開発したこの金属。
鋼のように固いのに、鉛のように溶けやすいという不思議な合金だった。
このような性質では武器防具には使えない。
下手をすると焚火の熱でも溶けてしまうのだ。
装飾品としてなら使えるかもしれないが、ドワーフたちからの需要は低かった。
作ったはいいが大量に在庫を抱えて困っていたので、今回の大量発注は彼らにとっては渡りに船だった。
高温状態では体内を焼き、冷えれば体内で固まり動きを封じる。
溶岩地帯を突破した分体は、新兵器によって次々と打ち取られていく。
〈さて、ここまでは順調……。だが、ここからが本番だ……〉
プルートの視線の先。
そこでは溶岩地帯に踏み込んだヘカトンケイルにヴァルカン、バイト、ギア、ベルク、リンクスが挑みかかっていた。
鬼王国は力押し、獣魔国は知略攻め。
獣魔って脳筋なイメージだったのに、プルート恐るべし。
結構影が薄いのに……。