鬼王国での戦い②
濁流のごとく押し寄せるヘカトンケイルの分体。
それを無数の投石や矢が迎え撃つ。
接近戦は危険すぎるため、徹底した遠距離攻撃が命じられているのだ。
鬼族の兵士たちは全員が優れた身体能力を持つ。
そこに魔術師部隊の身体強化魔法による援護が合わさるのだ。
放たれる攻撃は分体を次々に打倒していく。
だが、相手は末端とは言え邪神の眷属だ。
「くそ! しぶとい!」
「頭は急所じゃないのか!?」
「足だ! 足を狙え!」
「動きを止めれば後続に踏み潰される!」
全身を撃ち抜かれ、ボロボロになっても止まらない。
その姿はまるでアンデッドだ。
しかし、アンデッドとは違う点がある。
「止まらないぞ!?」
「見ろ! 傷が再生している!」
「くっ! 作戦変更だ!」
不死身とも思える耐久力と再生力。
徐々に防衛陣に近づく分体に、前線指揮官たちは攻め方を変える。
これまで複数の敵を貫けるように放たれていたバリスタや投槍。
それらを分体を地面に縫い着けるように使い始める。
「よし! 動きが止まった敵を狙え!」
「1体1体、確実に打ち取れ!」
動けなくなったところを投石で滅多打ちにされ、分体は次々と力尽きる。
だが、その分全体に対する足止めが甘くなる。
その結果距離を詰められ、遂に陣地までの距離が100mを切る。
さらに
「おい! 見ろ!」
「仲間を食っているのか……」
「化け物め!」
傷ついた分体の一部が、死んだ仲間の身体を喰らい始めた。
すると傷ついた身体は急速に回復していく。
しかも、よく見るとあちこちで同じような光景が見られた。
「なんて奴らだ……」
「くそっ! 怯むな!」
「準備は良いか?」
しかし、鬼王国軍も負けてはいない。
分体にそういった能力がある事は予想されていた。
だから、それに対する備えもしてあった。
「よし、あそこだ!」
「油壷、投擲!」
「火矢、放て!」
投槍に貫かれ身動きの取れない1体の分体。
まだ生きているソレを捕食しようと、傷ついた分体が集まってくる。
そこに大きな壺が投擲された。
ヒュッ パリン
縫い留められた分体の真上で壺は石によって破壊され、油を撒き散らす。
そこに火矢が撃ち込まれ、周囲の分体たちは火達磨になる。
普段なら、厚い肉や水分が邪魔して致命打になりえない火責め。
しかし、傷を負って弱っている状況なら十分に効果があった。
「うげ……」
「何なんだ、こいつらは……」
「無駄口を叩くな! 次を狙うぞ」
だが、そもそも痛みなど感じていないのだろう。
自身も火達磨になりながら、燃える仲間を喰らう分体たち。
そのおぞましい姿に兵士たちも息をのむ。
だが、幸い火達磨となった分体たちは徐々に動きが鈍くなり、遂には崩れ落ちた。
激しい攻防が続く。
当然、鬼王国側の兵士たちにも犠牲は出る。
陣の目の前にまで迫ってきた分体が、突き出された槍を逆に掴んだのだ。
そのまま槍ごと兵士を持ち上げ、柵の外に放り出してしまう。
「ああ!?」
「助けないと!」
「行くな! 間に合わん!!」
放り出された兵士に分体たちが群がり、あっと言う間にバラバラに引き裂いてしまう。
分体は捕食によって傷を癒し、大量に栄養を蓄えると本体に戻ってその栄養を還元する。
その際、獲物の生体情報も本体にフィードバックするのだ。
鬼族の情報はまだヘカトンケイルに取り込まれていない。
兵士1人分とはいえ新たな情報を与えてしまえば、ヘカトンケイルにどんな影響を及ぼすか分からない。
故に捕食されることだけは避けなければならない。
「戦友よ! 後は任せろ!」
「派手に散るがいい!」
〈ギ?〉
〈ギギィ!?〉
ボン!!
兵士たちの追悼。
その言葉と共に分体の腹が膨らみ、弾け飛んだ。
中から噴き出したのは紅蓮の炎。
身体を内側から焼かれた分体は瞬時に絶命する。
「さあ、戦え! 我ら死しても炎となって敵を焼き尽くさん!!」
「「「「「おお!!」」」」」
その光景は戦場のあちこちで見られた。
「凄まじいスキルですな」
「……」
死んだ兵士たちが炎と化して分体を葬る。
その光景を見たタラスは、投石の合間にゴウエンに語り掛けた。
ゴウエンは決して目を逸らさず、その光景を見つめている。
あれこそが鬼王ゴウエンの誇る固有スキル【明王】であった。
一種の儀式であり、鬼王国の王族にしか使用できない王族の証ともいえるスキルであった。
これは戦の前に行うと、その戦が終わるまで効果は続く。
儀式の対象は命を懸けて戦に挑む者達であり、数に制限は無い。
この儀式を受けた者達は、致命傷を負うと全生命力が炎に変換され爆発する。
これはゴウエンの得意とする属性が火であるからだ。
先王ゴウセツの時は兵は吹雪へと変じた。
これはゴウセツの属性が氷だったからだ。
今はまだ使えないが、王太子ゴウライもいずれはこのスキルに覚醒する。
その時、兵たちは稲妻に変じ敵を焼き払うだろう。
だが、この儀式を受けたものは死して屍を残さない。
躯が家族の元に帰る事も、墓に骨を納める事もできないのだ。
ゆえにゴウエンは彼らの死を、炎を己の目に記憶に焼き付ける。
何しろこの戦いに臨んだ者達は、ほとんど全員がこの儀式を受けているのだ。
どれだけの犠牲が出るかなど想像もつかない。
事前に名簿を作っているほどだ。
彼らの最後を家族に直接伝えるために。
ゴウエンはそれが儀式を行った自分の義務だと思っていた。
そしてまた1つ、戦場に赤い炎が弾けた。
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「6:4でこちらが優勢と言ったところですね」
砦の城壁の上で、アリエルは戦況をそう分析した。
砦によじ登ってくる分体は投石や煮えた油、熱した除草剤などで撃退されている。
事前の調査で傷口から体内に直接入れば、植物用の薬品の効果がある事は解っていたのだ。
それでも止めきれない敵は当然出る。
アリエルはそれらを、的確に急所を撃ち抜く事で倒していた。
アリエルの分析力なら急所の位置を探ることなど容易い。
場所さえ分かれば、太陽光を収束したレーザーでそこを撃ち抜くだけ。
大した手間ではない。
面倒なのは戦場全体の分析とフォローだ。
破られそうな所には援護射撃を行い時間を稼ぐ。
優勢なところには突出しすぎないよう分体を誘導する。
スーパーコンピューター以上の性能を持つアリエルだからこそできる事だ。
「でも、まだ油断はできない」
言っては悪いが、鬼王国が分体に勝ってもヘカトンケイルが健在なら意味は無い。
彼らの役目は、使い魔とヘカトンケイルが戦っている間の足止めに過ぎないのだ。
だからと言って、ヘカトンケイルを倒しても鬼王国が滅びては意味が無い。
「地脈の妨害は上手く行ったようですが……」
以前の調査で、ヘカトンケイルには地脈から魔力を吸い上げる能力がある事が分かった。
それに強力な再生力が合わさる事で、不死身ともいえる生命力を手にしているのだ。
そこで、ヘカトンケイルの地脈との接続を妨害する案が上がったのだ。
カギとなるのは統率個体の存在だ。
ヘカトンケイルが相互にリンクしている事は以前から解っていた。
おそらく植物の性質を利用したものなのだろう。
初めはグラーダが統率していると予想されたのだが、なぜか彼は姿を眩ませている。
そこで考えられたのは、グラーダはヘカトンケイルの1体に同化しているのではないかという事だった。
そして、その1体こそが統率個体と予想されたのだ。
ヘカトンケイルは鬼王国に3体、獣魔国にも3体、そして夜の国に5体が向かっている。
アリエルの予想では、夜の国に向かう5体の中に統率個体がいるはずだった。
この1体を地脈から切断できれば、全てのヘカトンケイルは弱体化する。
ゴォ! ズババババババ!!
ネクロスの一太刀が遥か彼方のヘカトンケイルを切り刻む。
すでにその1体は手と頭をすべて失っている。
再生する様子はない。
明らかに弱体化している。
「統率個体の地脈の切断、成功したようですね。流石です……」
一言呟き、遥か彼方の夜の国で戦う主の姿を思い浮かべる。
それも一瞬。
彼女は己の役目を果たすべく、戦場全てに意識を移した。
次は夜の国か獣魔国の戦況の予定です。
グラーダは本当に統率個体なのか?
……とか言ってる時点で違うって言ってるみたいなものですね。
さて、真相は。