鬼王国での戦い
鬼王国の国境の砦。
その城壁の上に鬼王ゴウエンと議長タラスは佇んでいた。
砦の国境側の平野には、簡易だが長大な防衛陣が構築されている。
アリエルの指示で設置された鉄条網だ。
その後方には無数の投石機が設置され、総金属製の武具を身に着けた兵士たちが待機している。
大岩を削って作られた台座には巨大なバリスタが設置され、すでに総金属製の太矢が装填されている。
魔人連合国が他大陸からかき集めた金属の加工が、辛うじて間に合ったのだ。
万を数える軍勢が緊張の面持ちで見つめるのは国境。
いや、地平線に微かに見える巨大な影だ。
その影を先導するように砂塵がこちらに向かってくる。
巨大な3つの影はヘカトンケイル。
砂塵を起こしているのは分体の群れだ。
「来たか……」
「我が国の亡国の危機。だというのに、なかなか実感が湧かないものですな……」
「余りにも現実感がありませんからな」
砂塵を見つめるタラスとゴウエン。
今、2人は議長と鬼王ではなく、1人の武人としてこの場に立っていた。
本来なら最高指導者が前線で戦うなど愚の骨頂だろう。
しかし、両国最高の武人である彼らが最前線で戦わないという選択肢は無かった。
「万が一敗れた時は……」
「ゴウライ殿下を含め、鬼王国の民は連合国で受け入れましょう。船で他大陸に脱出する準備もしてあります」
「……感謝する」
「いやいや、この程度。兵を出せないならこのくらいはしなければ」
とはいえ、北大陸の住民全てを脱出させることは不可能。
この戦いは負けるわけにはいかないのだ。
投擲用の短槍を握る手に力が入る。
「例の神獣たちは……」
「配置は完了していますよ」
「おお、アリエル殿」
2人の背後にいつの間にか翼を持った少女が佇んでいた。
フィオの配下の天使型兵器アリエルだ。
今回の防衛線の実質的な指揮官である。
「姿は隠していますが、すでに迎撃地点で待機中です。予定通りカリスとハウルで1体ずつ、ネクロスとシザーで1体、私は指揮と援護に徹します。分体の群れは皆さんに任せる事になります」
「承知している。そのための防衛陣地だ」
「倒す事より倒されない事を考える、でしたな」
「そう。ヘカトンケイルに餌を与えると、また変異する可能性があります。そして、ここにいるのは一般人ではなく兵士、そして獣魔でも吸血鬼でもない鬼人。捕食によって影響が出る可能性は非常に高いです」
淡々と事実のみを語るアリエル。
兵士たちを餌呼ばわりしているが、アリエルに他意は無い。
あくまでヘカトンケイルにとってという意味だ。
タラスとゴウエンもその点は理解している。
ドドドドドドドドド!!
分体の群れが立てる足音が地響きのように聞こえてきた。
タラスとゴウエンも視線を向ける。
しかし、アリエルだけは砦の四隅に建てられている見張り塔に視線を向けた。
「さあ、開戦の合図です。ネクロス」
見張り塔の上に立つ黒い騎士。
不死の竜騎士ネクロスが巨大な大剣を構えた。
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ネクロスは個人の武勇としてはフィオに匹敵する技量を持つ。
しかし、誰しも向き不向きというものがある。
例えばカリスやヴァルカン、シザーやバイトはある程度の広さが無いとその力を振るえない。
周囲に齎す余波も大きく、戦力としては使いづらい。
だが、このような平野での大規模戦闘では無類の強さを発揮する。
逆にネクロスは局地戦でその真価を発揮する。
対人戦闘においても手加減でき、捕縛もお手の物だ。
しかし、今回のような敵は相性が良いとは言えない。
サイズが違い過ぎる。
岩盤を豆腐のように掘れるスコップがあっても、山を一つ崩せと言われれば困難だ。
どれだけネクロスの技量と生体武器の威力が高くても、ヘカトンケイルは大きすぎるのだ。
さらに質が悪い事にヘカトンケイルは強力な再生力を持っている。
小さな傷など苦にならない。
ネクロスの武器は石化や腐食などの付加効果もある。
しかし、ヘカトンケイルは状態異常に耐性があり効果が無かった。
当初アリエルも、ネクロスは分体の駆除に回そうと考えていた。
役に立つ立たないではなく、相性の問題だ。
しかし、ネクロスはヘカトンケイルとの戦闘を望んだ。
自分ほどではないが、シザーとヘカトンケイルではサイズが違い過ぎる。
シザー1人では抑えきれない可能性があった。
〈……〉
そして、最大の理由。
ネクロスには自信があった。
ヘカトンケイルに痛撃を与えられるという自信が。
ガシャリ
範囲攻撃能力を持つ大剣、『レギオン・バスター』。
その一振りだけを構え、精神を集中する。
六腕全てで大剣を持ち、魔力を込める。
ドクン……
ネクロスの一部である大剣が、所有者の意思に応え脈動する。
刀身が長く大きくなっていく。
ネクロスの大きさからすると、アンバランスなほどに巨大化した大剣。
それを
〈オオオオオオオオォ!!〉
普段寡黙なネクロス。
だが今、その口から大地を震わせるような雄叫びが上げられた。
軍滅の巨剣が横一文字に一閃される。
ゴォ!!
巻き起こされた暴風のごとき剣圧。
それより速く、不可視の刃が直線上の分体を切り刻む。
その刃は低空に収束されており、分体たちの斬られた部位は全て足だ。
走れなくなった分体は後続に次々と踏み潰されていく。
分体には仲間に配慮するような知能は無いのだ。
そして刃は先頭のヘカトンケイルに到達する。
ズババババババババババババババァ!!!
ヘカトンケイルの巨大な右足の裏で蠢いていた通常サイズの足が、半分以上斬り飛ばされた。
残った足ではその重量を支え切れず、自らの体重で潰れてしまう。
ローラースケートを片方外された様に、ヘカトンケイルがバランスを崩す。
〈ウゴオオオオォ……〉
〈キシャアアアアァ!!〉
苦悶の声を上げ立ち止まるヘカトンケイル。
そこに保護色で姿を隠していたシザーが、雄叫びを上げて襲い掛かる。
無事だった左足にアシッドブレスをこれでもかと吹きかけ、さらに鎌でズタズタに切り裂く。
さらに止めに尻尾の毒針を突き込む。
昆虫の中には植物を容易に枯らしてしまう種がいる。
シザーはそれらの能力を再現し、世界樹の性質を組み込まれたヘカトンケイルに痛撃を与えたのだ。
両足を損傷し、遂に立ち止まるヘカトンケイル。
そこにネクロスの次の一太刀が襲い掛かる。
収束された無数の斬撃が、巨大な頭部を構成する通常サイズの頭1つ1つを切り刻む。
さらに振るわれた一閃が、同じように巨腕を構成する腕を切り捨てる。
これがネクロスの出した答え。
ヘカトンケイルの巨体を群体に見立て、パーツの1つ1つを『レギオン・バスター』で攻撃する。
ヘカトンケイルという怪物を分析し、理解し、考え付いた戦法だった。
〈……〉
碌にダメージを与えられなかった難敵。
それに痛撃を与えられたという事実に、ネクロスは高揚する。
しかし、それを制御し押し込め、あくまで冷静に剣を振るう。
放たれる一閃は確実にヘカトンケイルを追い詰める。
〈オオオオォン!!〉
〈ゴアアアアアァ!!〉
立ち止まった1体を無視して、残りの2体は砦に突き進む。
兵士たちなど餌にしか見えていないのか、巨大な口から涎を撒き散らしながら突き進む。
しかし、それを阻むべく、2体の巨獣が襲い掛かる。
上空で待機していたカリスと、その背に乗っていたハウル。
ハウルは飛び降りると同時に巨大化し、落下の勢いのまま両の前足でヘカトンケイルを押しつぶす。
カリスもまた急降下し、勢いのまま最後の1体に体当たりを仕掛ける。
ハウルに押しつぶされた1体は体の半分が地面に埋まり、身動きが取れなくなる。
カリスに吹っ飛ばされた1体はピンポン玉のように吹っ飛ばされていく。
これでヘカトンケイルは3体とも、その進攻を阻まれた。
そして鬼王国防衛軍と分体の戦いも開始された。
「来るぞ! バリスタ! 投石機! 放て!!」
「身体強化魔法全開! 投擲開始!!」
相性はある。だが、絶対ではない!
byネクロス
切ル 殺ス 刈る 斬ル 枯ラス 狩る……。
byシザー