災厄襲来
実は先程、シミラに獣魔の記憶を読み取らせていたのだ。
それを基にすれば……。
「む、これは?」
「これがヘカトンケイルとかいう化け物か……」
新たに出現した映像。
巨大な足、寸胴の胴体、そしてサボテンの針のように全身から生える身体のパーツ。
以前偵察した時に記録したヘカトンケイルの姿だ。
「これが奴らの元々の姿だ」
「む? だが、先ほどの報告と違わないか?」
「ああ、どうやらこんなふうに変形したらしい」
まず、胴体に横一線の亀裂が入る。
その亀裂がパックリと開くと、乱杭歯とバカでかい舌が見えた。
そう、それは巨大な口だ。
次に全身に生えていた身体のパーツが動き始める。
そして、腕は腕で、頭は頭で集まっていく。
頭は寄り集まると1つの大きな頭になってしまった。
まるで頭を米に見立てたお握りだ。
腕は腕で、短い針金をより合わせるように集まっていく。
出来上がったのは腕で構成される巨大な腕だ。
糸を束ねて紐にするように、腕をより集めて巨腕を作り上げたのだ。
残った足はどうなったのか?
答えはやはり足にあった。
ヘカトンケイルの巨大な足の裏に、ビッシリと通常サイズの足が生えていたのだ。
まるで靴でも履いているようだ。
「こ、これは……」
「何というおぞましい……」
頭や腕は1つではなく、次々と構成されていく。
腹に溜め込んでいた材料をフル活用しているようだ。
予想だが、心臓を始めとした内臓も部品のようにあちこちに配置されているのだろう。
とんでもなく冒涜的なパッチワークだ。
そこにさらに映像が追加される。
獣魔の戦士たちが現れ、攻撃を仕掛け始めたのだ。
だが、刺さった矢は鏃以外は溶けるように吸収され、鏃もポロリと抜け落ちてしまう。
当然、傷など残っていない。
大型の魔獣の牙から削り出したと思われる大剣を掲げた戦士が突撃する。
どうやら強硬派の指導者の1人らしい。
立場に見合う実力者の様で、振るわれる大剣の太刀筋はなかなか見事だ。
しかし、足に深々とめり込んだ大剣は、やはり溶けるように吸収されてしまう。
呆然とする戦士。
隙だらけの彼をヘカトンケイルが見逃すはずも無い。
ガバリと開かれた口から舌が伸び、彼を巻き取ってしまった。
「うっ……」
「ぐぬぅ……」
戦士たちは次々と捕まり、口の中に放り込まれていく。
映像に音声は入れていないのだが、ボリボリという咀嚼音まで聞こえてきそうだ。
ルーナ王妃は堪らず目を逸らし、獣魔王は悲痛な顔で拳を握り締めている。
だが、映像はここで終わりではなかった。
ヘカトンケイルが突然苦しみ始めたのだ。
口から涎を垂らし、今にも吐きそうになっている。
食当たりでも起こしたのかと思ったが、あの悪食の化け物にそれは無いだろう。
そして
「何っ!?」
「これは!?」
ゲロリと吐き出されたのは蠢く肉塊。
それは様々な生物のパーツを混ぜ合わせたような醜悪な塊だった。
魔獣のパーツが多めだが、人間と思わしきパーツも混じっている。
やがて下部に10本を超える足が生え、肉塊は立ち上がった。
ヘカトンケイルは次々に肉塊を生み出していく。
生み出された肉塊は、動揺する戦士たちを次々と捕まえる。
そして自分ごとヘカトンケイルの口に飛び込んだ。
「どうやらあれは、捕食のための分体のようだな……」
「しかも奴らにも生物由来の武器が効かない、か……」
表面上は冷静に映像を見ていた議長と鬼王が口を開く。
しかし、その表情は険しい。
どれだけの分体を生み出せるのかは分からない。
これじゃ、ヘカトンケイルだけに集中できなくなってしまったな……。
映像はそこで終わった。
敗北を察した味方がさっきの獣魔を逃がしたのだろう。
これ以上の情報は彼の記憶に無いという事だ。
「さて、取れる対策は限られるが……」
「至急、金属を集めて総金属製の太矢を作らせよう。バリスタも増設せねばな……」
「投石機や投石用の石を大量に集めねばならんな」
「一応魔法は効くようだが、効き目は薄そうだ。強化魔法で兵を強化して投石攻撃を行った方が良さそうだな」
具体的な対策案が出され、急いで準備が行われる。
だが、時間は無い。
石を集めるくらいが限界だろうな。
さて
「(ベルク、様子はどうだ?)」
〈(今、ヘカトンケイルとやらは停止して分体を生み出しています。生み出された分体はかなりの速さで国境に向かっています)〉
「(ん? ヘカトンケイル全てが分体を生み出しているのか?)」
〈(はい)〉
ふむ、なるほど。
どうやらヘカトンケイルは司令塔がいて、そいつの指示に従って動いているようだな。
あるいは、全部がリンクしていて同じ行動をとるようになっているとか。
まあ、おそらくは前者だろう。
司令塔は普通に考えればグラーダだろうな。
奴を倒せばヘカトンケイルも止まるのかもしれない。
ノコノコ前線に出てくるとも思えないけど。
〈(全員に告ぐ。国境に現れる雑魚は全て潰せ。少しでも本体の力をそぎ落とす)〉
使い魔全員に指示を出すと、了解の意思が返ってくる。
ヘカトンケイル本体が来るまでの防衛はこれで問題無いだろう。
さすがに本体と分体の群れを、同時に相手にするのは手が足りないしな。
さて、どうなるかな……。
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会議終了後、夜の国は急いで防衛の準備に取り掛かった。
王都周辺の民を全て南部に避難させ、王都を要塞化する。
ヘカトンケイル達は近くの生き物から狙う習性があるようなので、これで勝手に王都に誘導されてくれるだろう。
王都には続々と物資が運び込まれている。
背に腹は代えられないのか、高価な魔獣素材を売り払い金属を大量購入したようだ。
もちろん北大陸内だけの流通網では限界がある。
そこで活躍したのが港を持つ魔人連合国だ。
西大陸のドワーフたちが作った装備や、鉱山地帯から産出した鉱石。
それらを前線となる3国に輸送しているのだ。
前線に兵は出していないが、馬も兵も潰れるほど走り回っている。
見事な後方支援だ。
ついでに言うなら、議長は鬼王国で鬼王と共に前線に立つつもりらしい。
元々勇猛な武人だったらしいからな。
書類を書いているより、そっちの方が性に合うんだとか。
それでいいのか国家元首。
それと分体を駆除してた使い魔たちだが、今は防衛ライン付近まで下がらせている。
さすがに休憩させないと消耗しすぎてしまうし、しばらく前から分体が現れなくなったのだ。
品切れかと期待もしたんだが、そうではなかった。
バラバラに送り出しても無駄だと見抜かれたようで、分体は本体の周囲に集結しているのだ。
そして
〈(本体が動き出しました)〉
「(そうか。アリエルとプルートにも連絡してくれ)」
北大陸全体を見渡せるほどの高高度で偵察していたベルクからの連絡が入る。
ヘカトンケイルが一斉に動き出したのだ。
数は鬼王国と獣魔国に3体ずつ、夜の国に5体。
1体1体がカリスに匹敵する巨体だ。
「フェイ、ジェイスに連絡だ」
〈は~い〉
万全とは言えないが、ある程度の迎撃態勢は整ったと言えるだろう。
分体は厄介だが、アレを生み出すためにたびたび足を止めるのはありがたかった。
一応先制攻撃も加えてみたんだが、防御に専念されると殺し切るのは難しかった。
恐ろしいほどの生命力だ。
だから向こうに攻めさせ、相手が攻撃態勢に入った時が逆に撃破のチャンスというのが結論だ。
守れ、攻めろという大雑把な指示しかできないみたいだからな。
状況に応じて攻撃と防御を使い分ける事はできないはずだ。
遠距離で仕留められれば楽だったんだが……。
「(それでグラーダは見つかったか?)」
〈(いえ、見当たりません)〉
「(そうか……)」
ベルクの目でもリーフの探知でも居場所が掴めない。
グラーダ本人はどこにいるんだろう。
奴を仕留めればヘカトンケイルも止まると思うのだが……。
「まあ、やるしかないか」
城の屋根に上り北に目を向ける。
すると遥か彼方に砂塵が見えた。
爆走する大量の分体の群れだ。
そして
「さすがに5体ともなると圧巻だな」
西大陸の大樹よりも巨大な5つの影。
邪神の先兵、ヘカトンケイルが遂に姿を現した。
ついに接敵。
そして、グラーダは今、どこに?