王と神
ズズゥゥン!
「おわっ! 何だ!?」
想定外のトラブルで、ドゥモーア達を逃がしてしまった俺。
久々の失敗にヘコみながら王都に戻っていたのだが、突然彼方から爆音が聞こえてきた。
方角的にはドゥモーア達が逃げていった方と同じだな。
〈なんか凄い音がしましたね~〉
フェイが上空から降りてくる。
普段は、万が一の時に王都を守る保険として上空に待機させているのだ。
考えてみれば、フェイにドゥモーアを追撃させればよかったんだよな。
あの時は俺も相当慌ててたみたいだ。
まあ、それはともかく。
今の爆音は俺達には聞こえたが、一般人にはおそらく聞こえていない。
それくらい遠くで起きた音だ。
逆に言うと、ここでもかろうじて聞こえるくらいにデカい音だったって事だが。
「距離的には国境付近か?」
〈火山でも爆発したみたいでしたね~〉
「あそこの山脈に火山なんて……」
そこでハタと気付く。
あそこに火山は無い。
だが、あそこには火山がいる。
それもはた迷惑な程、周囲の被害に無頓着な奴が。
ちなみにヴァルカンは彼なりに周囲に気を使ってはいる。
しかし、基準が非常に甘いので結果的に被害はデカくなるのだ。
本気の人間のパンチと手加減した猛牛の突進、どちらが強力かと言われているようなものだろうか。
手加減の度合いが全く足りないのだ。
「ちょっと聞いてみよう」
〈ヴァルカンはバイトと一緒に獣魔たちの国に向かわせるんでしたっけ~?〉
「その予定だが……。ああ、ヴァルカンか? 今の爆発音なんだが……」
結論から言うと、やはりアレはヴァルカンの仕業だったようだ。
ただ、逃走したグラーダ軍と大将のドゥモーアはヴァルカンとバイトが仕留めてくれたらしい。
2体を国境に残したのは保険だったんだが、英断だったようだ。
山脈の一部を吹っ飛ばしたのはやり過ぎだとは思うけど……。
ともあれ、これで問題は1つ片付いた。
しかし、連中もバカをやったものだ。
国境なんぞ目指さずに国内で潜伏すれば良かったのに。
まあ、遅いか早いかの違いでしかないけど。
「やっぱりヴァルカンだったみたいだ」
〈相変わらずやる事が派手ですね~〉
「だがまあ、おかげで後方を気にする必要は無くなったな。あいつ等にはすぐに移動してもらおう」
そういや、獣魔国に解放された労働者たちが帰還したんだよな。
それ自体は良い事なんだが、獣魔たちにグラーダの悪行が伝わってしまった。
獣魔たちは同族を非常に大切にする。
報復を望む声は必ず出るだろう。
「ジェイスも大変だろうな。北からの避難民はどんどん増えてるし」
〈食糧問題ですか~。私たちには縁が無いですけどね~〉
「非常時に民に施すための備蓄が、使い込まれてて余裕が無いらしい。グラーダは自分のシンパは大事にしてたみたいなんだがな……」
〈関係無い民は家畜同然ですか~〉
「家畜ね……」
動物扱いや不当に扱うって意味では当たってるんだろうけど、違和感を感じるな。
家畜ってのは所有者にとっては財産だ。
財産を粗雑に扱う者はいない。
農家の方々は家畜も作物も精魂込めて育てる。
民を虐げる領主や国王と同列に扱うのは失礼ってものだろう。
〈む~、深読みしすぎですよ~〉
「分かってるよ。そんな事」
-----------------
「ジェイス陛下! 鬼王陛下と議長閣下が連名で会談を求めています!」
「夜王陛下! 獣魔奴隷たちの帰国は完了したのですが、グラーダへの報復を求める書状が……」
「分かった。会議の準備を頼む」
国王や皇帝といった国のトップに憧れる者は多いだろう。
だが、今なら言える。
憧れは憧れにしておくべきだと。
絶対王政の王は絶対的な権力を持つが、国で最も大きな義務も背負う事になるのだから。
民から税金を搾り取って贅沢をする? そんな事をすれば国が傾く。
国が傾けば困るのは自分だ。
反乱でも起きれば命は無い。
健全に国を運営しようとすれば、私利私欲のために動く暇など無い。
絶対王政という制度下では、全ての事案の最終決断を王がしなければならないのだから。
良い王とは、まさに国のために動く歯車なのだろう。
文官が足りない現状では、特に。
「王は統治者であるべきであり、支配者であるべきじゃない」
「え? ええ……」
いきなり話を振られたルーナが困惑する。
その瞳に映る俺はずいぶんやつれて見えた。
「支配者ってのは独裁者であり、力で強引に押さえつけている者だからだ」
「まあ、そうよね……」
「独裁者は力を失えば転げ落ちる。だが、統治者は有能であれば民が君臨する事を望み、支えてくれる」
「うん。お父様もそうだった」
ルーナが曖昧に頷く。
言っている事は分かるが、何故そんな事を言い出したのかが分からないんだろう。
「でも、逆に言えば統治者は民の望むことを無視できないという事にならないか?」
「ジェイス?」
「民は助けを求めている。だから、統治者を目指す俺は彼らを見捨てられない」
俺の手にした紙の束。
それは北部から逃げ込む避難民たちの問題に関する書類だった。
避難民の増加は治安の悪化を招き、彼らへの援助は予算を圧迫する
だから彼らを放置し、グラーダに備えるべきだという声も多かった。
そして、もう1つ。
「3ヵ国でもグラーダに対する強硬論が強くなってるんだと思う。だから、議長も鬼王も獣魔王も、軍を動かさないわけにはいかないんだろうな」
「私たちの優勢が他国に伝わった結果ってことね」
まあ、実はそんなに心配することないんだけどな。
議長と鬼王はアリエル殿が、獣王はプルートというフィオの下僕が事情を説明してくれているらしい。
まだまだ楽観視できる状況じゃないし、ヘカトンケイルとやらが鬼王国と獣魔国に向かう可能性もある。
その辺を説明すれば軽率な行動はしないと思う。
「なんだか彼に頼りきりね……」
「相手も神の眷属みたいなものなんだ。仕方ないと割り切るさ」
「眷属というか玩具だろうけどな」
「え?」
「ディノさん?」
一体いつの間に……。
普段は目を離せないような存在感を放ってるのに、目の前にいても気づかないこともある。
諜報部隊出身の俺からすると複雑な心境だ。
「アリエルから連絡があった。鬼王国軍はヘカトンケイル迎撃のため国境の砦に駐留するそうだ。それと、会談したいなら部下に中継させてやってもいいぞ」
「そうか、説得は成功したわけか……」
「ヘカトンケイルの進路を計算したが、今のままだと鬼王国には3体が向かうからな。俺の配下も配置しておくけど、備えは必要だ。それと食糧支援なんだが……」
実は議長には兵の派遣ではなく食糧支援を要請していた。
北大陸の食糧生産量はそれほど多くないが、魔人連合国は別だ。
何しろ貿易港があるのだ。
他大陸からの食糧輸入という手が使える。
「何か進展が?」
「ああ。中央大陸と西大陸から食料を集めたそうだ。山脈を通ればすぐにでも輸送できる」
「それはありがたい!」
南部の大都市まで食料を輸送してもらい、そこに王都の民を避難させる。
会議でそう提案できるな。
どの道、決戦の場となる王都に民を残してはおけないんだ。
南部に食料が届いたから、という名目で避難させれば良い。
「最近、中央大陸の食糧生産量が上がっているらしいからな」
「そうなのか?」
「ああ、理由は2つ。帝国と教国の戦争が終戦したのが1つ。大陸中央部が開拓可能になり、そこで大規模な食糧生産が行われているのがもう1つだ。南大陸に大量に輸出しても、まだ余裕があるらしい」
「成程、それはありがたいな」
ドンドンドン!
「ジェイス陛下! ルーナ王妃様!」
「おや?」
「おっと、会議の時間か……」
「でも、なんだか慌て過ぎじゃないかしら?」
ガチャリ バン!
「失礼します! 陛下! 一大事です!」
部屋に飛び込んできた文官の顔は真っ青だった。
少なくとも、相当悪い知らせだという事は間違いなさそうだ。
「落ち着いて話してくれ。何があった?」
「ハアハア……。ご報告いたします。つい先ほど伝令が到着しました。獣魔国の対グラーダ強硬派たちが獣魔王殿の決定を無視して兵を集め、国境線を越えたそうです」
「なっ!」
「軽率な……」
恐れていた事が起きてしまった。
獣魔国は3国で一番一枚岩でない国だ。
獣魔王殿が理性で踏みとどまっても、納得しない者は必ず出ると思っていた。
しかし、まさか兵を動かすとは。
「数は?」
「およそ5000。グラーダ討伐を叫び、北部に向かっているそうです」
「5000程度じゃ、ヘカトンケイルのおやつだな」
フィオの呟きに俺もルーナも顔を顰めた。
彼らの義憤は理解できるが、これでは無駄死にだ。
すぐに止めるべきだろう。
だが、フィオは平然と言う。
「ふむ、ものは考えようだぞ。連中が頑張ってくれれば時間稼ぎになるからな。連中は放置して防衛の準備を進めよう」
その言葉は、俺よりもよほど王らしい冷徹なものだった。
そういえば、以前彼は言っていた。
神もまた世界を動かすシステムの一部、歯車に過ぎないと。
俺は彼のようになれるのだろうか?
そもそも、なるべきなのだろうか?
そんな事を考えながら俺は会議に向かった。
そろそろ戦闘間近。
中央大陸のその後もちょっと出てきました。