山脈鳴動
「ば、バカな……」
「将軍? どうされました?」
「何が起こっているのだ……」
部下からの質問もドゥモーアの耳には入らない。
それほどに今見ている光景が衝撃的だったからだ。
そちらに集中するあまり、自分の周囲に目をやる余裕が無くなるほどに。
作戦の進捗具合を見ようと関所に向かわせた分体。
それを通じてみたのは、部下たちを追撃せず関所に閉じこもり防御を固める守備隊だった。
まるで万の敵軍に備えるように。
まるで避けられぬ天災に怯えるように。
その様子を不審に思ったドゥモーアは、すぐに部下たちの様子を確かめた。
そこで目にしたのは阿鼻叫喚の地獄の光景。
あちこちから吹き上がる溶岩に、なすすべも無く飲まれていく部下たち。
そもそも、この山脈は大地が隆起してできた丘のようなもの。
噴火し溶岩を噴出するような火山など、ここには存在しない。
地球で言えば、アルプス山脈やヒマラヤ山脈で溶岩が噴き出したと言っているようなものだ。
つまりは、ありえない現象。
「だとすれば、魔法的な攻撃か? それなら関所の様子も理解できる。術者も関所に?」
「……将軍、なんだか暑すぎませんか?」
状況を分析しようとするドゥモーア。
やはり、彼の耳には部下の声が入らない。
集中しすぎているのだ。
「国境守備用の新型魔法か? だが、関所にそんな魔法反応は……」
必死に現状を把握しようとするが、状況はさらに変化する。
彼の信頼する副官がなんとか山を下り、ずいぶんと減ってしまった兵を纏めて陣地に向かったのだ。
しかし、肝心の陣地の様子がおかしい。
霞んだようにぼやけ、人の気配が全くしないのだ。
「……これは、霧か?」
副官たちも困惑しながら陣地に入っていく。
しかし、その時ドゥモーアの分体が霧の中で何か動くものを捉えた。
巨大で長い影だ。
「何だ? アレは……ぐっ!」
「将軍!?」
霧の中の影と目が合った瞬間、ドゥモーアの分体は破壊されてしまった。
同調を深めていた分反動も大きく、ドゥモーアの眼に激痛が走る。
だが、痛みを噛み殺しドゥモーアは考える。
アレが何であるかなど、この際どうでもいい。
重要なのはこれからどうするかだ。
あの様子では自分たち以外は全滅だろう。
2000もの精鋭が、この短時間で全滅。
自分の理解を超えた何かが起きている。
そう、まるで……。
そこまで考えたところで、ドゥモーアの中で全てが繋がった。
「……撤退だ」
「え?」
「撤退だ! もう生き残りは我々だけだ! 残りの部隊は壊滅した!」
「なっ!? そんなことが……」
「先日の化け物を見ただろう! 魔人連合国に協力する化け物は一体ではなかったのだ!」
「まさか……」
ドゥモーアの叫びを聞いて、100の精鋭が一斉に青ざめた。
彼らは確かに強いが、それは一兵士一騎士としての強さである。
あんな力の桁が違うような怪物と戦うことなど想定外。
それは冒険者の仕事だ。
いや、どんな冒険者でもあんなモノを相手にできるとは思えない。
「おそらく国境はすでに化け物のテリトリーだ! すぐに……」
ビシ ビシ ビシ
「しょ、将軍!」
「地面に亀裂が……」
ゴゴゴゴゴゴ……
「じ、地震!?」
「うわっ、熱い!」
突如、彼らを襲う天変地異。
地震、地割れ、溶岩の噴出。
火山の無いこの地では起こりえない天災。
いや、火山はそこに存在していた。
主の命を受け、大地の底で静かに待ち続けていた。
そしてソレは姿を現す。
オレンジ色に輝く水面と化した大地。
その中からゆっくりと浮上してくる黒い影。
「あ……」
1人の兵士が呆けたような声を上げて燃え尽きた。
自分の足元に溶岩が迫っていた事に気付かなかったのだ。
周囲の兵たちも同僚の死を気にした様子がない。
ただ、呆然と目の前に迫る天災に目を奪われている。
強大な力とは時に人の心を魅了する。
竜巻、津波、洪水、人の手に負えない力の具現である天災。
危険だと、近づけば死ぬと解っているのに、なぜか近くで見つめたい衝動に駆られる。
彼らが感じているのもそれと同じ、魔性としか言えない魅力であった。
生まれて初めて見る大地の怒り、星の血流。
まるで、それに命を捧げるのが当然であるような。
〈オオオオオオォ!!〉
ついにその姿をさらした力の化身。
オレンジ色の溶岩を滴らせる黒曜石のような外殻。
大地を踏みしめる太い四肢。
体中から紫色の炎を噴き出す巨体。
炎と大地の巨獣ヴァルカン
単純な真っ向勝負ならばカリスに次ぐであろう暴虐の化身。
あまりの巨体と戦闘力ゆえに活躍の機会は限定される。
なにしろ自分の周囲を溶岩の海にしてしまうのだ。
現在のように。
「正気に戻らんか! 総員撤退! 撤退だ!」
ギリギリ正気を保っていたドゥモーアが叫ぶ。
しかし、正気に戻ったのは半数ほどだ。
残りは茫然と漆黒の巨獣を見つめている。
そもそも、撤退と言ってもどこに逃げろというのか。
すでに周囲は溶岩の海であり、浮島のように僅かに地面が残るのみだ。
周囲が岩地でなければ大規模な山火事が起きていただろう。
「なら、空から……」
兵の1人が飛行魔法を唱え逃げようとする。
精神集中ができないせいか、何度も失敗したが何とか魔法を完成させ空へ逃げる。
だが
ドン!!
パキュ!
爆発音とそれに続く卵が割れたような音。
背中から放たれた火山弾の直撃を受けた兵士が爆散した音だ。
その瞬間、兵たちの心は折れた。
規律も何も無く、ただ生き延びるために逃げ惑う。
ドォン!!
だが、ヴァルカンはそれすらも許さない。
後ろ足だけで立ち上がり、両の前足を大地に叩きつけた。
凄まじい衝撃波が溶岩を放射状に吹き飛ばす。
「……」
「あ……」
「ヒギャアアアァ!」
溶岩の大波は呆けていた兵たちを焼き尽くし、背を向けていた者達も飲み込んでしまう。
だが、中にはとっさに魔法で防御し、生き延びた者達も存在した。
1人の兵士が溶岩を防ぎ、ホッと息をつく。
しかし
グシャアアアァ!
次の瞬間、大型トラックに跳ね飛ばされた様に、その体は四散した。
ヴァルカンは前足を振り下ろした直後、猛烈な突進を仕掛けていたのだ。
サイやゾウを見ても分かるように、巨体=鈍重というのは間違いだ。
歩幅が大きい事もありヴァルカンの突進は馬より遥かに速い。
徒歩でなど逃げ切れるはずもない。
ヴァルカンは勢いのまま集団の中心に踊り込み、体を半回転させブレーキをかける。
当然周囲の兵たちは薙ぎ払われ、挽き肉と化すか溶岩の中に沈んでいった。
もう生き残りは10人もいない。
「あ、ああああああ!」
「畜生、畜生!」
精鋭と呼ばれた者達が、涙で顔をグシャグシャにしながら叫ぶ。
全ての魔力を込めた魔法を放ち、溶岩を冷やして即席の武器を作る。
しかし、魔法は空しく弾かれ、武器を握った者は近付く前に燃え尽きた。
あまりにも圧倒的な光景だった。
「ぬ、ぬあああああああ!」
ヴァルカンにギロリと睨まれた最後の1人。
ドゥモーアは恐怖をこらえて咆哮し、己の異能を解き放った。
彼の身体は無数の蝙蝠と化し、全方向に飛び去った。
この分体は全て同じ密度で作られており、一体でもグラーダの元にたどり着けば彼に情報を伝えられる。
しかし、半分もやられればドゥモーアは回復不能な後遺症を負い、7割やられれば死ぬだろう。
それでもこれ以外自分にできる事は思いつかなかった。
全ての策が敗れた以上、せめて情報だけでも。
コウモリたちは後先を考えずひたすらに北を目指す。
だが、それを見逃すヴァルカンではない。
山脈の地中には溶岩を送り込むために、いくつもの穴を張り巡らせてある。
ヴァルカンは、それを通じて山脈全体に可燃性のガスを撒き散らした。
コウモリは火山弾を恐れて、それほど高く飛んでいない。
関所や監視所は防御を固めているので問題ない。
そもそもこの攻撃は範囲こそ広大だが、威力自体はさほどでもないのだ。
準備は整った。
ガチン
ヴァルカンの生成した可燃性ガスは、通常の火種や高温では着火しない。
意志1つで着火可能であり、爪を鳴らしたことに深い意味はない。
あえて言うなら様式美というやつだ。
だが
ドゴオオオオオオォ!!
その結果引き起こされたのは地獄のような光景。
山脈の一部が丸焼けになるほどの大爆発。
分体の7割どころか9割9分を吹き飛ばされたドゥモーアは、当然のように即死した。
そう、威力自体はさほどでもないというのはヴァルカン基準での話だ。
普通一般の常識に当てはめれば十分とんでもない威力。
険しい山岳地帯はごっそり抉られ、平らになっていた。
後に山脈には、平らになった部分を利用する形で新たな道が設置される。
その道は友好関係を回復した2国間の貿易に、大いに利用されることになる
遂に登場、黒グラ〇モスモドキ。
相変わらず、やる事が派手で周囲に迷惑かけてばかりです。