クリムゾン ハイキング
ドゥモーア率いる少数精鋭部隊は、普段なら決して使われることが無い難所に果敢に挑んでいた。
馬は全て関所を襲撃する部隊に譲り、防具も最低限しか身に着けていない。
飛行魔法を使用できる者もいるが、魔法の発動を探知される恐れもあるので使用できない。
全員が己の力のみで国を隔てる壁を攻略していた。
「もう少し進んだところに休憩できそうな所があるな」
「さすがですね、将軍」
「場所を選ばぬ索敵能力。さすがは吸血貴族の名門トケビーの麒麟児です」
このような状況でもドゥモーアの分体は的確な情報収集を行える。
トケビー家の応用の利く固有スキルと、それを完璧に使いこなすドゥモーア。
兵たちの称賛の声は尽きない。
しかし、ドゥモーアの表情は優れない。
「どうしました?」
「この先に進むには監視所の警戒網に近づく必要がある。見つかれば全滅もありうるな……」
「こんなところまで……」
「工作員の跳梁を許した事がよほど問題視されているのだろうな。なんにせよ戦闘は避けたい」
「こちらはほぼ丸腰ですからね……」
だが、これは想定された状況であった。
だからこそ部隊は3つに分けられたのだ。
最も危険な陽動部隊、指揮を執るのはドゥモーアの副官だ。
彼以外に任せられる者はいなかった。
「関所への攻撃が開始されれば警戒網にも穴が開く。それまでに出来るだけ進まなければな。ともあれ休憩は必要。さあ、もう少しだ」
「ハッ」
「了解です」
精鋭部隊は噴き出す汗を拭いながら進む。
だが、彼らは真夏の炎天下のような異常な暑さを『異変』として捉える事が出来なかった。
一方、副官率いる第2部隊は、関所まであと少しというところまで来ていた。
攻撃を加えて落とせれば良し。
落とせなければ湖脇の陣地まで撤退し、第3部隊と共に釣り出した敵を迎え撃つ。
関所を落とすこと自体は目的ではない。
関所に国境警備部隊を集め、警戒網に穴をあける事が目的。
ゆえに無理をする必要は無い。
ドゥモーアが国境を越えれば撤退し、夜の国で再び潜伏する予定なのだ。
「見えてきました。関所です」
「あれか。関所というより砦だな」
「有事には砦として運用されるようです」
見えてきたのは石造りの壁と丸太を組み合わせた門。
江戸時代の日本の関所のように簡易なものではない。
敵の軍を食い止める事を想定した防衛施設であった。
「よし、止まれ。隊列を組み直すぞ」
「了解です」
第2部隊は広めの道の上で戦闘準備を整える。
木々は思ったより疎らなので、おそらく関所は既に気付いているだろう。
だが、そこで騎士の1人がふと気づく。
「なんだか植物が少ないですね」
「そうか?」
「ええ、以前任務で訪れた時は、我々を十分に隠せるくらい木々が生い茂っていたんですが……」
「そうなのか……」
副官が周囲を見渡す。
すると確かに枯れた植物が多い。
枯れた植物は何ヵ月も雨が降らなかったように、カラカラに干からびている。
「そういえば、この山はずいぶん暑いな。そのせいか?」
「そういえば、季節の割に暑すぎますね」
「まあ、我々の役目は陽動だ。多少目立つ位で丁度良い」
副官はそれ以上異変を気にする事無く攻撃を開始した。
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一方、第2部隊の襲撃は関所からも確認できた。
それほど広くない山道に、1000人もの部隊が現れれば当然目立つ。
ましてや今は実質的に夜の国との戦争中だ。
「敵影確認。数、およそ1000」
「門を閉じろ!」
「迎撃準備!」
「各監視所に連絡を!」
関所の兵たちは矢継ぎ早に指示を出し、行動する。
工作員と奴隷商を見逃していたという事実は、彼らにとって拭い難い失態だった。
汚名を返上するために警備隊の士気は高い。
「弓隊構え!」
「魔法部隊、詠唱開始!」
そしてグラーダ軍第2部隊と国境警備隊の戦闘が開始された。
「関所への攻撃が始まったな」
「監視所の人員が増援に向かえば我々も進めますね」
「うむ」
ドゥモーア率いる第1部隊は、監視網に引っかからないギリギリの地点に潜伏していた。
監視所は常に索敵魔法が展開されており、通信手段がいくつも用意されている。
制圧するのは不可能ではないが、通信が途絶えたり、間違った通信を送られれば、即座に砦が異変を察知するだろう。
ならば警戒網に穴が開くのを待った方が安全だ。
「……しかし、暑いですね」
「確かに……。おかげで予想より兵たちが消耗している」
「鳥や獣は少ないですし、木もだいぶ枯れていますね」
「上空はそうでもない。これは地面の温度が高いのか?」
異変には気付いた。
しかし、それが何を意味するのか。
そこまでは分からなかった。
そして、その時は近付いてくる。
「敵騎兵、丸太で門を攻撃!」
「土魔法と氷魔法で門を補強しろ!」
「妙ですね……」
「ああ。梯子が無い」
守備隊は果敢に攻め込む敵に違和感を覚えていた。
どれだけの精鋭部隊だろうと、この関所を1000人程度で落とすのは困難だ。
そもそも拠点を落とす常套手段は、城壁を乗り越えて内側から門を開ける事。
野戦とは逆で、歩兵こそがメインで騎兵は援護というのは常識だ。
ところが敵は騎兵が多く、歩兵は梯子すら持っていない。
切り出した丸太を騎兵が引きずって門にぶつけているが、その程度で破られるはずがない。
こうなると、本当に関所を落とす気があるのか疑わしくなってくる。
「隊長! 麓の湖の傍に大規模な陣が発見されました」
「成程、そういうことか」
「どういうことですか?」
「連中の目的は釣りだ。攻めあぐねて撤退するように見せかけ、我々をこの関所から引っ張り出そうとしているのだ」
「だからと言って放置はできませんよ。あの湖はこの辺一帯の水源です」
守備隊長の読みは当たっている。
第2部隊が関所の兵をおびき出し、第3部隊と共に迎え撃とうとしているのは事実なのだから。
しかし、さすがにさらにもう1つ部隊が潜伏しているとは読めていない。
「敵部隊撤退していきます!」
「どうしましょう、追撃しますか?」
「いや、追撃は行わない。野戦を挑むには兵が足りない」
「では、周辺の監視所や砦から兵を……」
「忘れたのかね? そんな事をする必要は無いだろう?」
「え? あっ!? そうでしたね……」
「そうだ。総員! 建物の中に避難せよ! 水を十分に用意し、火傷に気をつけろ」
これから起こる惨劇に対処するため、指示を出す隊長。
出来れば一階部分は使わない方が良い。
耐熱の魔道具を起動し、砦全体を冷やす必要もあるだろう。
あとは……。
「捕虜は出ないだろうな……。アレが相手だ……」
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「追ってきませんね」
「さすがにそう簡単にはいかないか」
関所の兵による追撃が無い事を確認して、第2部隊は速度を緩めた。
休憩を取ったら再攻撃。
何度も繰り返せば向こうも我慢できなくなるだろう。
そう考える副官だったが……。
〈ヒヒィン!〉
〈ブルルルル!〉
「うわっ!」
「どうした!」
突然馬が暴れだした。
騎兵たちが馬から振り落とされ地面に落ちる。
「あ、熱っ!」
「なんだ、この地面の温度は!」
そして気付いた。
地面がまるで焼けたように熱くなっている事に。
馬の蹄鉄も歩兵たちの靴も火に炙られた様に熱くなり、のたうち回って苦しんでいる。
「ふ、副官殿! あれを!」
「な、溶岩だと!」
信じられない光景だった。
この山脈は火山ではない。
にもかかわらず、あちこちからオレンジ色に光るマグマが噴き出してきたのだ。
何が起きているのかは分からない。
ただ1つ言えるのは、ここが死地という事だ。
「総員撤退! 麓の陣地まで撤退だ!」
副官の決断は早かった。
吹きあがる溶岩から必死に逃げ、麓を目指して駆け抜ける。
途中、何人もの兵が溶岩に呑まれ焼け死んだ。
しかし、何とか振り切って湖の陣にたどり着く。
だが
「なんだ、これは?」
「霧?」
ようやくたどり着いた陣は霧に包まれ、不気味な静寂が支配していた。
警戒しつつも、陣の中に入るが誰もいない。
1000人の第3部隊は忽然と姿を消していた。
「これは、どういう事でしょう……」
「分からん。だが、油断はするな」
「……」
「聞こえているのか?」
「……あ、ああ」
「どうし……」
振り向いた副官の目に映り込んだのは、巨大な顎に下半身を食われた兵の姿。
そして、今まさに自分を飲み込もうとするもう1つの蛇の頭。
彼は蛇竜の餌場に自ら入り込んでしまったのだ。
「あ」
バクン
第2部隊の半数近くは溶岩に飲まれた。
生き残った者達も霧の中で消え去った。
そして最後に、ドゥモーア達第1部隊の前に火山の巨獣が姿を現す。
ヴァルカン登場まで進まなかった……。
かと思えばバイト再登場。