正体
「ディノ! ちょっと、待ってくれ! 正体? 本番? 何の事だ!?」
「北で神気が感じられる。手遅れかもしれないが、北部の民を避難させた方が良い」
さすがに言葉足らずなのは俺自身理解している。
しかし、本当に時間が無い。
早く防備を固めないと。
「し、神気?」
「そう、神の力、神気だ。それも1つじゃない」
もうグラーダがどうこう言ってはいられない。
二クスの時と同じで、邪神が直接手を出してきたのだろう。
どうやら、グラーダ以外の依り代を見つけてしまったようだ。
いや、それをグラーダに作らせていたのか?
「今、俺の配下をこの国と鬼王国、獣魔国の国境に集結させている。両国を守るために、彼らは動かせない」
「……議長と鬼王、それに獣魔王が会談のためこちらに向かおうとしているらしいんだが」
「……タイミングが悪い」
いや、ものは考えようか。
何人か集まっていたり、居場所が分かった方がガードもしやすい。
カリス、ハウル、シザー、ネクロス、アリエルで鬼王国を防衛。
プルート、ギア、リンクス、ベルク、バイト、ヴァルカンで獣王国を防衛。
指揮はアリエルとプルートに任せる。
この国の防衛はフェイ、シミラ、リーフ、そして俺だ。
俺は単独で動く必要もあるから、不在時の指揮はリーフに任せる。
何気に他人を動かすのが上手いらしいからな。
「ならば尚更、南の敵は迅速に排除するべきだな。リーフ、俺は行くから説明しておいてくれ」
「キュッ」
俺の肩からリーフが降り、少年の姿に変化する。
ジェイス達は目を丸くしているが、構っている暇はない。
今、上空で偵察しているフェイから連絡が入った。
敵軍が動いたのだ。
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凄まじい速さで駆けて行ってしまった。
残された俺たちは事態についていけない。
だから、面倒そうな顔をしている緑色の少年に話を聞く事にした。
「え~と……」
〈ジェイスさんだっけ? 見学するなら走った方が良いよ?〉
「あ、ああ……」
リスの獣人のような愛らしい姿に似合わない、ぶっきらぼうな口調だった。
だが、話しかければ応じてくれるようだ。
説明を聞くほどに周りの貴族達の顔が青ざめていく。
「神の力の器だと?」
「まさか巨人族を?」
「いや、世界樹という可能性も……」
正直、奴を侮っていたようだ。
まさか魔族の、北大陸の禁忌に平然と手を出すとは。
しかも、一定の成果を上げてしまうなんて……。
〈命からがら逃げてきた、北部の住民の記憶をシミラが調査したんだけどね……〉
「そういえば、最近王都北部が騒がしいという話が……」
「待て、聞いておらんぞ!?」
〈ちょっと黙ってくれる?〉
いまだに王都の情報網は復旧しきっていない。
ああ、魔人連合国なら。
諜報部隊の皆がいてくれれば……。
〈肉と木を混ぜ合わせた人型から、無数の手と頭が生えた怪物に襲われたらしいね〉
「な、なんですか、それは……」
〈僕が知るわけないだろう。合成獣の一種じゃないの?〉
グラーダが王都を開けてまで欲した戦力。
それが、その怪物なんだろう。
王族となった事で、俺は戦闘力を取り戻している。
ギフトの能力は劣化したがスキルとして残った。
吸血鬼としての能力も新しく発現し、身体能力も大きく向上している。
ルーナの見立てでは先代夜王陛下より確実に上だそうだ。
だが、グラーダに勝てるかどうかは未知数だ。
そう、俺はグラーダと決着をつける事を望んでいた。
勝てないにしても、一度刃を交えたかった。
そうしないと、俺は本当の意味で夜王を継げないような気がするのだ。
しかし、奴にそんな奥の手があるとすると我儘は言えなくなる。
「ね、ねえ……」
〈……〉
なぜか女性からの問いかけを無視する少年。
いや、カーバンクルのリーフだったな。
彼(だと思うが……)は普段の姿でも、今の姿でも、非常に女性受けしそうな外見だ。
なのに、何故か女性への対応が冷たい。
〈ちょうど始まるところみたいだね〉
「あれは、騎兵か?」
「500はいるぞ」
思考が逸れていたか。
気が付けば南側の城壁の上だ。
そして遥か向こうに砂塵が見える。
ディノさんは……。
〈さあ、目に焼き付けると良いよ〉
いた。
城壁から大分離れた場所。
〈マスターの力、その一端を〉
迫り来る数百の騎兵を恐れるでもなく。
〈そして知ると良い〉
ただ、悠然と歩いている。
〈あの方が何者なのかを〉
結界が作り出す仮初の夜。
その夜闇よりも暗い黒い光に、その姿が包まれた。
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トケビーの一族。
彼らの持つ固有のスキルは『群体化』だ。
自身の身体を無数の蝙蝠へと変じさせ、生命力を自在に配分できるのだ。
その全てが本体であり、全てがダミー。
自身の意思一つで自由に入れ替える事ができる。
均等に生命力を分配しておけば、半分も生き残っていれば命は助かる。
この生存能力の高さがトケビーの強みなのだ。
霧に変ずるラングスイルとの違いは、いくつかある。
1つは蝙蝠の状態でも攻撃が可能という事。
これは攻撃を受けるという事でもあるので一長一短だ。
もう1つは、分体がバラバラに行動できるという事。
ラングスイルのように、拡散しすぎると自我を喪失するという事は無い。
ただし、限定的にだが自分以外を霧化できるラングスイルと違い、蝙蝠化できるのは自分だけだ。
どちらが優秀という事は無い。
ただ、近しい能力を持っているが故にトケビーとラングスイルは親交が深かった。
同じく、獣化能力を持つタキシム家とも親交があった。
「ヘルト、マサン。君たちがいてくれればな……」
別の任務に就いている親友達を思い出し、ドゥモーアは呟いた。
グラーダ派の貴族は、2種類いる。
一種類は血筋だけが取り柄の無能。
彼らはグラーダにすり寄る事で、お零れを貰う者達だった。
もう一種類は優秀でありながら、日の目を見なかった者達だ。
平和で安定した治世は、時として優秀な者達を埋没させる。
だが、彼らはそれが我慢できなかった。
ゆえにグラーダの元に集った。
世間知らずなところはあった。
だが、ドゥモーア、ヘルト、マサンは間違いなく優秀であった。
彼らは彼らなりの理想を持っていたのだ。
しかし、ドゥモーアは知らない。
ヘルトがすでに死んでいる事を。
マサンがどんな状況にあるかを。
「おっと、いかんな。集中しなければ」
ドゥモーアは意識を分体の1つに集中した。
見えるのは500騎編成の部隊が3つ。
トケビーは分体を飛ばすことで、離れた複数の戦場を指揮できる。
ゆえにトケビーは軍の重鎮たり得るのだ。
「ふん、防衛部隊は出てこないか。門はさすがに閉じたようだが……」
まだ、迎撃できるような状況ではないのだろう。
門を破るのは困難だが、それは想定通りだ。
このまま挑発を続け、準備を妨害し士気を落とせばいい。
「ん? あれは……」
進軍する騎兵部隊と王都の中間くらいの位置。
そこに人影がある。
人数は1人。
暢気に歩いているようだ。
「あれは影人族か? ジェイスとかいう男は吸血鬼に転生したはず……。となると、奴の部下か?」
遠目では解らないが武器は槍のようだ。
もう砂塵が見えているだろうに平然としている。
使者だろうか?
「ふん、話し合う余地など無いわ。このまま……」
引き潰せ。
そう言いかけたドゥモーアの口が止まる。
目の前で起きた光景が理解できずに。
『話し合う余地など無い』
それは双方共通の認識だったのだ。
悠然と歩く人影。
その全身から黒い光が漏れだす。
夜の闇をさらに黒く染め上げるソレは、人影の全身を覆いつくす。
輪郭を失い黒い闇の塊となったソレが、今度は膨張し膨れ上がる。
突撃する部隊の者達もさすがに異変に気付いたようだ。
急速に速度を落とすが止まれない。
闇は巨大な炎のように燃え盛り、次第に人型を形作る。
上半身は鋼線を束ねた縄のような筋肉に覆われ、両手には鋭い鉤爪が生えている。
下半身は剛毛に覆われた直立した山羊のようであり、尾はそれ自体が大蛇。
背中には蝙蝠のような翼が広がっている。
そして山羊のような頭部には、額も併せて3つの真紅の眼が輝いていた。
神話にのみ存在するはずの超常存在。
天使と双璧を成す神の眷属。
それが悪魔。
〈ゴアアアアアアアァ!!〉
咆哮と共に全方向に衝撃波が走り、最も近づいていた部隊は雑草のように薙ぎ倒された。
あまりに現実離れした光景に、ドゥモーアも事態が飲み込めない。
そんな彼を、彼の分体を3つの真紅の眼がギロリと見据えた。
「クッ!」
直感に従い、分体に振り分けていた生命力を限界まで落とせたのは奇跡だった。
次の瞬間、悪魔の蛇の尾が伸長し、分体の蝙蝠をかみ砕いてしまったのだから。
ダメージは僅かだ。
しかし、乱れた精神はそうもいかない。
「何なんだ、アレは? これは現実なのか?」
自分で見た光景すら現実と受け入れられない。
「ほ、報告! 第1、第2、第3部隊の反応が消滅しました!」
だが、彼が現実を受け入れるよりも先に、悪夢の方が彼を迎えに来るのだった。
フィオだけでなくリーフも変身。
性格は相変わらずです。




