スニーキング ミッション
夜、それは吸血鬼たちの時間。
夕方に見かけた住民は、いわゆる早朝作業を行っていた者達だ。
夜の国が動き出すのはこれからが本番となる。
だが
「活気が無いですね……」
「なんて言うか、事務的に作業してる感じなのか?」
大き目の町を見つけたフィオ達は、早速侵入してみる事にした。
シミラの幻術が破られるはずも無く、一行は悠々と街中を歩く。
だが、町の様子を見るほど足取りは重くなっていった。
「王女殿下、どうやら食料は全て配給制にされているようです」
「貨幣の流通は半ばストップしており、物々交換が中心のようです」
「生産物の大半は徴収されてしまうそうです」
同行していた兵たちが次々と情報を持ち帰る。
彼らは皆、諜報部隊の手練れだ。
隠密行動も情報収集もお手の物だろう。
「共産主義の悪い見本みたいだな……」
「そうですね」
「共産主義?」
俺の呟きにジェイスとルーナが反応する。
もっとも意味を理解できたのはジェイスだけだ。
王女様のルーナは王政以外の社会制度など理解できないだろうからな。
いや、議会制度くらいは解るか。
魔人連合国にいたんだし。
「ん~、つまりだな、グラーダは生産や物流を完全に管理しようとしているんだ」
「国民は全て平等。一人は皆のために、皆は一人のために。それが共産主義の基本的な理念なんだよ」
「それのどこに問題があるのですか? 確かにグラーダの思想とは相容れないですけど」
共産主義の問題点、それは生産力の低下と中央の腐敗だ。
頑張ろうがサボろうが平等なんだから、次第に国民のやる気が失われていく。
さらに物や金を一度集積して再分配するので、再分配する中枢に汚職が横行し腐敗していく。
結果、国民はみな平等と言っておきながら貧富の差ができ、社会は支配者と被支配者という二層構造になりやすい。
よって、前者の対策として部分的に資本主義を取り入れ、経済を活性化させているところもある。
現代の中国などは典型的な例だろう。
まあ、資本主義の導入が格差をより加速させているという側面もあるようだが。
もちろん、上手く社会主義で政治を行っているところもあるが、経済規模がなかなか大きくならない。
大抵上手く行っているのは資源国家だ。
国民が働かなくても国に金が入るからな。
半島の北側?
あれは国名は民主主義、対外的には社会主義、本質的には軍国主義&絶対王政だ。
ワケが分からん国だが、案外グラーダの目指す治世(と言って良いか分からんが)はあそこに近いのかもしれない。
「なるほど、それなら腑に落ちます」
「奴にとっては国民など自分の家畜か奴隷。そういうことか……」
しかし、これじゃいずれ貨幣制度すら崩壊するぞ。
物資の流通が滞れば経済は破綻する。
国力はどんどん落ちて最後には国を維持できなくなるはずだが。
「グラーダは国民を精神操作していますから反乱は起きないでしょうね……」
「それに奴は夜王陛下を含む王族を纏めてあしらったんだ。貴族と平民が束になっても勝てるとは思えない」
「そういや、そうだったな」
逆らった貴族たちは魔力を搾り取られてるって話だしな。
だが、従っている貴族たちは、現状を見て未来に危機感を抱かないんだろうか。
どう考えても先は無いと思うんだが……。
「それなんですが、グラーダの支持者は若い未熟なものが多いのです」
「つまり、政治や経済なんてサッパリ分からないガキばっかり、ということか?」
「ええ。勢いで従っている者も多いでしょう」
「あいつの取り巻きは『我々が新たな時代を~』とか偉そうに言っていたけど、具体的に何をどうするのか全く出てこないボンボンが大半だったのを覚えているよ」
予想以上に詰んでるな。
とは言え、潰れる時は周囲も巻き添えだ。
玉砕上等で他国に攻め込むだろうし。
やはりサッサとグラーダを排除するか。
「しかし、兵が少ないな。クーデター直後なんだからもっと物々しいと思ったが」
「国民に対するグラーダの精神操作は、反逆防止と逃亡防止くらいのはずです。いくら彼でも国民全員を意のままに操るなんて不可能です」
「現状では、な」
「……」
おっと、言い過ぎたか。
だが、最悪は想定しておくべきだからな。
「それなんですが、どうやら中央から強力な兵器が送られてきたらしいのです」
「兵器、ですか?」
「はい。その力は警備兵など比べ物にならないとか……」
「それは、やはり……」
合成獣だろうな。
アリエルからの報告通りの能力なら、1体いればこの町を抑えるには十分だ。
確かに兵を大勢駐屯させるよりコストは安いだろう。
倫理面に目をつぶればな。
「ある程度の情報も集まったし、王都へ向かおう」
「そうですね。幸い、今すぐ命の危険があるわけではなさそうですし……」
「サッサとグラーダを始末した方が早いか……」
こうしてフィオ達は町を後にし、王都に向かった。
しかし、肝心のグラーダが留守という事実をこの時点では知る事ができなかった。
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「に、逃げろ! 見つかったぞ!」
「くそ、なんて持久力だ……」
一方、獣魔国の密偵達は逃走の真っ最中だった。
大き目の町を見つけ調査を行っていた時、運悪く警備の兵に見つかってしまったのだ。
それだけならば問題は無かった。
彼らは一国の精鋭だ。
実力は高く、警備の小隊など一瞬で仕留める事が出来た。
問題はその後だ。
〈グギイイイイ!!〉
「ヒギャアアア!?」
「な、もう1匹だと!?」
「く、もう少しで国境なのに……」
町から急いで脱出した彼らは、即座に獣魔国への帰還を選んだ。
ほんの僅かでも情報を持ち帰ることが彼らの使命だからだ。
純粋なスピードでは吸血鬼は獣魔に勝てない。
このまま逃げ切れる。
はずだった。
「なんてことだ……」
「これが我らの同胞の姿とは……」
町から放たれた追跡者は平然と彼らに追いつき、襲い掛かった。
夜の闇も全く苦にしていない。
そして、その存在は彼らが求めていた情報でもあった。
合成獣。
グラーダの狂気によって生み出された生物兵器。
そして探し求めていた獣魔族労働者たちの末路であった。
獣魔族の身体に後付けされた魔獣の部位。
翼がある者は空を飛び、口のある部位は噛みついてきた。
信じられない事に身体から生える魔獣の部位は、正常に機能しているのだ。
3体の合成獣に追われた密偵達は、多大な犠牲を出しながらも国境間近までたどり着いた。
だが、遂に前後を挟まれてしまったのだ。
密偵達は残り3人。
対して合成獣は前に1体、後ろに3体、計4体。
「く、1人でも生き延びられれば……」
「せめて、あの飛行型がいなければな」
獣魔の身体に昆虫の四肢と羽を持つ個体。
これさえいなければ逃げられる可能性がある。
「一か八かだ。3人がかりで奴に攻撃を加え、羽を落とす。そして……」
「一番軽傷だったものが脱出し、残りの2人は足止めに残る、か」
「できれば数を減らしたいが、足を傷つけられれば上々だろうな」
悲壮な覚悟を抱き、3人が踏み出す。
対する合成獣も迎え撃つ姿勢をとる。
その直前、空が赤く輝いた。
ドオォォォン!!
「「「!?」」」
異変を察し、3人が足を止める。
次の瞬間、突然羽持ちの合成獣が爆散した。
そして、止まったからこそ3人は左右に吹っ飛ばされる程度で済んだ。
あのまま突っ込んでいれば、自分たちも爆散していたかもしれない。
後方の合成獣3体も突然の出来事に困惑し、動けない。
痛みをこらえ、3人が体を起こす。
合成獣がいた場所は粉塵が立ち込めるクレーターと化していた。
相当の高熱を発しているらしく、蒸気も上がっている。
と、クレーターの中心で何かが動いた。
巨大な影がゆっくりと立ち上がる。
3人は理解する。
アレが落ちてきて合成獣を押しつぶしたのだと。
ガシャン ガシャン
重厚な金属音と共に、粉塵の中からソレが姿を現す。
全長は5mはある人型。
全身は重厚な金属製で圧倒的な威圧感を纏っている。
「なんだ、あれは……」
「リビングアーマー? いや、ゴーレムか?」
呆然とする密偵達。
本来ならば即座に撤退するべきなのに、考えが回らない。
百戦錬磨の彼らですら、状況を飲み込めないのだ。
逆に合成獣たちは決断が速かった。
仲間が殺されたなら敵。
それだけだ。
知能が低いという事は難しく考える事が無い。
それは時に有利に働く。
だが、今回はそうではなかった。
彼らは逃げるべきだったのだ。
〈オオオオオオォ!〉
金属の巨兵、ギアの両腕が咆哮と共に真紅の雷火に包まれた。
雷火は腕から胴体へ、胴体から頭部と足へ、ギアの全身を包み込む。
夜の闇を切り裂くように燃え盛る雷火。
その姿は真紅に輝く巨人。
そして、その背中が爆発したように輝いた次の瞬間
〈ギ?〉
〈ガ?〉
重厚な巨体が一瞬にして合成獣に肉薄する。
合成獣は全く反応できていない。
ボボン!!
横に延ばされた両腕によるラリアットが、2体の合成獣の上半身を纏めて爆散させた。
さらにギアの身体は全く勢いを落とさないまま、やや後方にいた最後の一体へと突っ込んでいく。
それは技も何もないただの体当たり。
ただし、それは超重量、超硬度、高速度、超高エネルギーの四拍子が揃った一撃。
その一撃は隕石の直撃にも匹敵する。
ボッ!!
予想より音は小さかった。
だが、最後の一体は先の3体と同様に、しかし肉片すら残さず粉砕された。
同時にギアの全身を包んでいた雷火が消え去る。
「「「……」」」
再び夜の闇が舞い降り、周囲は静寂に包まれる。
後には巨兵と、放心した獣魔が3人残るだけだった。
見つかってしまった獣魔国斥候部隊の皆さん。
地味だけどシミラの能力って反則的なものが多いんですよね。