利用する者
皇帝が褒美を渡して退室する。
それを見送ったファンは薄笑いを浮かべた。
向こうは自分を利用するつもりなのだという事はバカでも解る。
それくらい皇帝の態度は解りやすかった。
皇帝の思惑には盲点があった。
先代の英雄マイクは、良識人であったが故に扱いにくい所があった。
倫理に反する行為は断固として拒否し、結局嘘と脅しで従わせる事になった。
皇帝としてはもっと扱いやすい武器が欲しかった。
そこで召喚時に『倫理観の薄い者』という条件を付けたのだ。
その倫理観が暴走を防ぐ鎖である事を考えもせずに。
新たな英雄チャ・ファンピョンは首輪の外れた狂犬だったのだ。
今、大人しく皇帝に従っているのも、彼なりの思惑があるからにすぎない。
すなわち、異世界での躍進の足がかりにするためだ。
彼にとっては、他者とは等しく自分の為に利用する為の存在なのだから。
-----------------------------
チャ少年は戦後独立した新興国で生まれた。
混乱する社会を纏めるために、政府はナショナリズムを煽る政策をとった。
外部に民の目を向けて、内部の混乱を見せないようにする。
それ自体は様々な国で行われてきたことだ。
問題は、そのナショナリズムが肥大化し独り歩きし始めたことだった。
国民は自分達が被害者であるという事を免罪符とし、都合の悪い事は全て他者の所為にするようになった。
政府は歴史を都合の良い様に改変、ねつ造した。
そんな教育を受けた子供たちは、自分達は偉大だという優越感と自分達は敗者であるという劣等感。
相反するモノを心に植え付けられた。
優越感によって他者を見下すのに、劣等感から他者を嫉み落としめた。
悪い事は人の所為にするため、反省ができず精神的に成熟できなくなった。
刷り込まれた事を疑いもせず、疑問の声は数の力で押しつぶした。
ナショナリズムの高まりと共に『我』が強くなり、自己中心的な人間が増えた。
感情の抑えが効かない人間が増えた。
国民がそうなれば国も変質する。
周囲の国からは『自分勝手で感情的』『粘着質で尊大』と嫌悪され始めた。
しかし、彼らにそんな周囲の声は届かない。
議会制民主主義は破綻し、感情性民族主義などと言われだす。
法治は形だけとなり人治、法ではなく人の感情が物事を決める国となっていく。
目を背け続けた内側の歪みは大きくなり、国は傾き始める。
増え続ける海外への移民とは逆に、国内の経済状況は悪化し続けた。
他国からの支援もプライドが邪魔して上手く取り付けられない。
現実と向き合い自らを省みれば未来はあるだろう。
しかし、今のまま目と耳を曇らせ続ければ……。
そんな国だった。
チャ少年が生まれた家は極々普通の家庭であった。
ただし、それはこの国の基準で言えばだ。
親は自身の為に子供に栄達を望み、そこに愛情は少ない。
子供は幼い時から過酷な競争にさらされ、他者は友ではなく競争相手にすぎなかった。
過度な学歴社会の歪みは、子供の心を捻じ曲げる。
人間関係に同等は存在せず、上か下かのみとなる。
利用するのが当たり前、利用されるのは自分が悪い。
それが当たり前だった。
そんな中ではチャ少年は優秀な部類だった。
頭が良く運動もできる。
人間性に関しては社会の評価基準に存在しない。
彼は順調に高校に進学した。
周囲より一歩抜きんでた彼は、趣味に時間を使う余裕ができた。
趣味はネットゲームだった。
時間をかければそれなりの結果が出せ、結果もキャラの強さとして目に見える。
ゲームは彼の功名心や優越感を満たしてくれた。
もう1つの趣味はノベルだった。
ゲームは確かに楽しいが、ナンバーワンになるのは楽ではない。
成れたとしても維持するのは困難だ。
その点、ノベルは良い。
主人公は特別だ。
努力しなくても上手く行き、努力すれば必ず結果が出る。
あり得ないと解っていても、そんな特別な主人公になりたいと思っていた。
そんな彼の願いは唐突に叶えられる事になる。
-----------------------
「はっ! やっ!」
カン キン
「そうだ。一撃一撃を考えて振るうんだ」
「チェスを打つように、ですね」
「女のお前は威力で劣る。だから技が必要だ。少ない手数で防御を崩し、隙を突くんだ」
逆に兄の方は余計な技はいらない。
最速最強の攻撃で防御ごとぶち抜くのが理想だ。
魔力の使い過ぎでぶっ倒れているが。
「うう……」
「お目覚めか?」
「あれ? 俺は……」
「魔力の枯渇だ。二重強化は燃費が悪いからな。もっとペース配分を考えろ」
「解ったよ。難しいな……」
双子の訓練は順調だ。
すでに以前見た英雄と斬り合っていた騎士とも2対1なら渡り合えるだろう。
もうすぐ卒業だ。
俺もそろそろ動かないとだしな。
貴族狩りも大分終わったし、本命行くか。
あのドロドロした不快感を放っていた異世界人。
ろくでもないんだろうな、やっぱり。
単純なゲーム気分のアホじゃなくて。狡猾なタイプにしました。
やっぱりイコンっぽくなりますね。