幕間⑤ エリフィムの苦難
久々の幕間です。
復興真っただ中のロスト・イリジアム。
官民問わず、誰もが目が回るような忙しさだった。
特に古代文明の遺産、魔道具の研究者たちは寝る間も惜しんで仕事をしている。
ロスト・イリジアム最高の魔道具研究者はシリルス・セネリアである。
それは他の研究者も認める事実だ。
だが、彼らはこうも思っている。
研究材料があれば自分たちも、と。
別にシリルスが魔道具を独占していたわけではない。
だが、そもそも魔道具の発掘は個人がどうこうできる事ではないのだ。
護衛、調査員、補給と部隊を編成しなければ遺跡探索など行えない。
一方、調査員として政府の遺跡探索に参加できるシリルス。
これも一種の官民格差といえるのかもしれない。
だが、今回発生した魔道具の残骸は一山単位である。
同じ型の物も多く、全てを政府が所有したところで扱いに困っただろう。
そこで政府は研究者たちに、かなりの残骸を寄贈したのだ。
さらに、これらを材料として魔道具研究の講習会なども開いた。
市民に魔道具研究に興味を持ってもらうことで、研究者を増員しようという思惑であった。
これはなかなかに好評で、研究者たちはシリルスに追いつこうと必死で研究を行う。
魔道具に興味を持った者たちが、研究者たちの助手となる。
今、都市は空前の魔道具ブームに沸いていた。
では、追われる立場となったエリフィムはというと……。
「旦那様、次の講演の依頼が来ましたわ」
「……そこ、置いといて」
「シリルス様、こちらの書類にサインを。次に発表する予定の魔道具の持ち出し許可証です」
「そこ、置いといて……」
「旦那様」
「シリルス様」
「……」
数日前からシリルスは祖父や父の策謀でデスマーチ状態に追い込まれていた。
シリルスに甘いフェノーゼ翁やセネリア卿も、今回ばかりはお灸をすえる気満々であった。
罪状は脱走。
言いつけを破り、勝手に都市外に出て参戦したのだ。
それも巨大ロボット大決戦の足元で。
とはいえ、それについてはお叱りをうけ、すでに終わったことだ。
罰として激務もこなし、もう放免のはずだった。
余計な事をしなければ、罰の追加は無かったはずなのだ。
そう、彼は2度目の脱走を行ったのだ。
大量の魔法生物の残骸を鑑定した後、シリルスは休息をとるように言われていた。
しかし、彼は好奇心に勝てずに勝手に屋敷を抜け出し、要塞巨人の内部に侵入しようとしたのだ。
ちなみに要塞はまだ安全が確認されておらず、立ち入り禁止状態だ。
そして、たまたま警備に訪れていたラームによってシリルスは侵入前に捕獲されたのだった。
呆れるラームによってフェノーゼ翁の元に連行されたシリルスを待っていたのは
能面のように笑う祖父、フェノーゼ翁
目がマジの父、セネリア卿
満面の笑みを浮かべる苦手な婚約者、ニムエ・レーシー
大量の書類の積まれた台車の横で気の毒そうな顔をした将来の義父、レーシー卿
その日からシリルスの試練の時が始まった。
政府は今回大量に発生した魔道具で、都市の技術レベルを底上げしようと考えていた。
シリルス1人が突出する現状を是正し、民間の研究者のレベルアップを図ろうとしたのだ。
先ずは情報の開示。
シリルスのこれまでの研究資料を一般公開する。
もちろん問題ない範囲でだ。
しかし、これがなかなかに難しい。
一般人に精密機械の構造を説明しても分からないのと同じだ。
シリルスの資料は自分が分かれば良いので、ほとんど暗号状態。
これを解読し、分かりやすいレベルまで編集するのは非常に困難だった。
シリルス自身にやらせればいいのだが、当の本人は山のような(比喩ではない)仕事を終えたばかり。
休ませてやるべきだろうと、仕方なく文官や技術者が必死に編集作業を行っていたのだ。
シリルスが『暇ならお前がやれ。血反吐を吐くまで』と言いつけられたのは無理も無い事であった。
今更脱走を後悔しても遅かった。
それでもシリルスは頑張った。
何しろ自分の研究なのだ、誰よりも内容は理解している。
父の執務室の隣の部屋に缶詰めにされていては逃げる事もできない。
さっさと終わらせてフィールドワークに行きたかった。
だが、試練はそう簡単に終わらなかった。
「発表会と講演会!?」
「はい!」
ニコニコと笑うニムエによって知らされた追加の仕事。
完成した資料を正式に発表し、さらに講演会も行えという指示だった。
そう、指示である。
都市からの命令である。
拒否などできない。
「発表会の公聴席はもう一杯だそうです」
メリアの言葉がさらに退路を塞ぐ。
「講演会の申し込みも続々と来ていますわ!」
未来の旦那様の活躍をニムエは無邪気に喜ぶ。
こうしてシリルスは広い都市のあちこちで、連日のようにスピーチする羽目になったのだ。
意外というのも失礼だが、ニムエは優秀であった。
メリアが侍女ならニムエは秘書。
そのマネジメント能力は本物だった。
彼女の手腕もあり、発表会が行われるたびにシリルスの評価は激増した。
放出されたシリルスの研究は都市の技術革新に大いに貢献した。
魔道具関連の仕事も増え、魔道具関連の職を目指す者も増えた。
そうなると講演会の依頼も激増する。
優秀な秘書はそれを捌ききって見せる。
だが、うなぎ上りの名声に反してシリルスのテンションはダダ下がりだった。
彼の本質は趣味人であり、その対象が魔道具だっただけなのだ。
金も名声も求めていない。
今、都市に必要だから我慢しているが、本音では今すぐ逃げ出したかった。
「はい、これ講演会の資料。デモで使うのは復元ゴーレムの14号ね」
「はい! では、準備してきますわ!」
「メリア、この魔道具はまだ不完全だから発表できないよ。こっちはサインしたから父かレーシー卿に渡してきて。来月までに論文に纏めとく」
「承りました」
パタン
2人が部屋を出ると途端に静かになる。
だが、逃げ出せない。
ドアの前にはイルダナの警備員が立っているのだ。
丸腰のシリルスがどうこうできる相手ではない。
と、いうかやったら今度は牢屋行きだろう。
「はぁ……。もう、やだ……。遺跡に行きたい……」
〈自業自得であろう〉
思わず愚痴るシリルス。
そんな彼に声をかける者がいた。
だが、部屋にはシリルス以外誰もいない。
〈技術の発展か。お前たちがアールヴと同じ道を歩まないとよいがな〉
「ヴァルオーク……」
声の主は窓際に置かれた鉢だった。
そこには小さな木が植えられている。
いわゆる盆栽というやつだ。
その木を通してシリルスに語り掛ける存在。
それはエントの王ヴァルオークである。
缶詰め状態で荒んだ心を癒すため、メリアに用意してもらった植木鉢。
土を入れ、何を植えるか迷っていたある日、突然苗木が生えていたのだ。
何と、それはヴァルオークの端末であった。
それからこのエントの王は、時々シリルスに話しかけてくるようになった。
もちろんシリルスが1人の時を狙って。
「アールヴ文明の崩壊についての調査結果も、この前発表したよ」
〈ほう〉
「半信半疑って感じだったけどね」
〈それは仕方があるまい〉
あまり脅威を煽り過ぎると『エント滅ぼすべし』とか考える奴が現れかねない。
妖精種は理性的で温厚だが、物事に絶対はない。
触らぬ神に祟り無しくらいでちょうど良いはずだ。
「まあ、暴走しそうなら僕が押さえるよ。できる範囲で」
〈お前がそんなことを口にするとはな〉
「しょうがないでしょ。槍持ったおっかない悪魔さんに目を付けられたくないからね」
〈なるほど。奴か〉
フィオは個人的には良い友人だが、同時に彼は非常にドライだ。
シリルスが暴走すれば躊躇無く首を刎ね、都市が暴走すれば都市を滅ぼすだろう。
ただし、救うべき者は救って。
まさに再生のために破壊をもたらす神である。
「今頃何をしてるんだろうね……」
〈役目を果たしているのだろう。神とはそういうものだ〉
特に考える事も無くヴァルオークは答える。
それは確かに真理なのだろう。
だが、シリルスはこうも思うのだ。
「あの人は真正の神じゃない。なら、役目を終えた後、どうするんだろうな……」
〈……〉
その問いにヴァルオークは答える事が出来なかった。
シリルスとヴァルオークという珍しいコンビ。




