傀儡の末路
鬼王自らの出迎えによるインパクトは大きかった。
これにより、国民は鬼王国が魔人連合国との関係を重視するのだと考えた。
こうなると内心ではグラーダにすり寄っていても、言葉や行動に映しにくくなる。
鬼王国内の政情は一気に傾いた。
「優柔不断な風見鶏かと思いましたが、なかなかやりますね」
「……」
感心したアリエルの呟きにネクロスは無言で頷いた。
ちなみにハウルはそれほど深く考えていない。
せいぜい『歓迎されてるなー』くらいである。
気まぐれなハウルは興味の無い事には無頓着だった。
「会談はすでに始まったみたいですね……」
鬼王と議長はオープンタイプの馬車に乗っている。
このまま街中を回り、王城に向かう予定なのだ。
だが、アリエルには馬車を包む防音結界が感知できていた。
あの中ですでに話し合いは行われているのだ。
「これが我が国の現状です。正直グラーダを甘く見ていましたよ」
「鬼王殿だけの責任ではありますまい。諜報部隊の者によると、我が国にも相当の間者と内通者がいたようですからな」
「となると、獣魔国にも……」
「おそらくは。我が国はルーナ王女が亡命しましたからな。彼女を攫おうと間者達の動きが活発化したおかげで、逆に奴らを発見できたのです」
「私も内通者共が我が国を売り渡そうとしている事に気付き、ようやく決心がついたのです。正直もっと早く決断していればと後悔しておりますよ」
「経済的な損失を考えれば仕方ないでしょう」
「いえ、グラーダのもたらす金は奴の支持者を肥え太らせるだけで、国を豊かにするものではなかったのです。国のために使われるのはこれからですよ」
「……なるほど。中央権力から排除し、私財は没収ですか」
「ええ。今、宰相に彼らを拘束させているところです。このパレードは目くらましでもあるのです」
相手に侵略の意志があるのなら話は早い。
すなわち徹底抗戦だ。
そもそも鬼族はシンプルなやり方を好む。
鬼王も不毛な会議漬けの生活が終わり清々している。
「今日明日にはケリをつけたいですな」
「状況が安定したら、王女殿下に会っていただいた方が良いでしょう。彼女の伴侶とも」
「ほう……。興味深い話ですね」
馬車は進み、遂に王城の前ににたどり着いた。
周囲は民で溢れ、歓声に包まれている。
すると、城から1人の兵が走り寄り、護衛に何かを報告した。
話を聞いた護衛は苦い顔をして鬼王に伝える。
「陛下、宰相閣下からの使いです」
「話せ」
「ハッ。捕縛を命じられた豪族はほとんどが姿を眩ませていたそうです」
「何? 王都の外に逃げたのか?」
「いえ、その様子はないようで……陛下っ!」
「ぬう!?」
「これは!?」
突然、観衆の中から矢が放たれた。
鬼王と議長はとっさに武器を抜き切り払うが、護衛達が何人か矢を受ける。
その矢は屈強な護衛の体を鎧ごと貫いていた。
「鬼王殿、この威力はおそらく弩ですぞ」
「矢も魔力付与が施された特注品ですね。金をかけている」
さらにもう一波、矢が放たれる。
しかし、今度は護衛達も反応し切り払う。
観衆は大混乱に陥っているが、彼らを押しのけ突撃してくる者達がいた。
「死ね! ゴウエン!」
「失せろ! 混ざり物が!」
「この国をグラーダ様に捧げん!」
それはグラーダ派と呼ばれた反逆者たちであった。
金がある限りかき集めたであろう装備を纏い、数十人で襲い掛かってくる。
民が傷つくのもお構いなし。
眼は血走り、明らかに正気とは思えない様子だ。
「一族郎党総出で来たか!」
「ふん、そんな弛んだ体で何ができる!」
数では襲撃者が勝っているが、鬼王と議長の護衛は腕利きばかりだ。
数の差を押し返し優勢に戦う。
初めに矢を受けた者達も、応急処置を終えて戦闘に参加し始める。
「私たちも行きましょうか」
「……」
アリエルの手に光が集まり、光線が放たれる。
腕の粒子体構造を変化させ、太陽光を収束したレーザー光線だ。
光速の一撃は襲撃者の急所を容易く貫通し、一撃でその命を奪い去る。
ネクロスは左手に刃盾、右手にハルバードを作り出す。
腐食の魔力の込められたハルバードは、高価な魔法の防具もあっさりと切り裂いた。
本来両手で振るう大型武器を片手で振るい、雑草を刈るように敵をなぎ倒す。
その姿に狂乱状態の襲撃者たちも思わず怯む。
「おや、ハウル?」
大人しくしている事を不審に思ったアリエルが周囲を見渡す。
するとハウルは城壁を駆け上り、城の一室に飛び込んでいったところだった。
探知してみようとするが、城には結界が貼ってあるのか良く分からない。
室内にはハウル以外に2人分の反応があるようだが。
「……まあ、いいでしょう」
ハウルは普段は不真面目だが、異様に直感が働くことがある。
あの様子だと何かに感づいたのだろう。
なら、任せるべきだ。
アリエルはまず襲撃者を殲滅することにした。
この程度の敵なら千人単位でも脅威とはならない。
だが
「!」
「……」
襲撃者たちとは別にこちらに敵意を向ける存在。
アリエルは探知で、ネクロスは歴戦の直感で同時に気付いた。
僅かに顔を見合わせ、ネクロスが路地裏に飛びこむ。
そこには襤褸を纏った獣魔らしき男が佇んでいた。
ギラギラとした目はまるで妖獣のような狂気に染まっている。
捕らえるべきか? 僅かにネクロスが躊躇した瞬間、男の纏う襤褸が弾け飛んだ。
その下から現れた身体はまともなモノではなかった。
ツギハギ、パッチワーク、それが一番端的な表現だろう。
男の体からは魔獣や妖獣のものと思われる腕が足が尾が触手が、あらゆる場所から生えているのだ。
さらに異常なのはその魂の在り方だった。
アンデッドがベースであるネクロスは魂や命に敏感である。
彼の目には男の魂までツギハギだらけに見えるのだ。
例えば死霊術で群体のアンデッドを作る場合も、核となる部分は1つである。
そうしないと単一の存在として維持できないからだ。
だが、目の前の怪物はただ部品を寄せ集めて接合しただけ。
個体としての調和がまったくとれていない。
これでは失敗作、もしくは実験段階の試作品だ。
おそらくこの怪物には自我も何もない。
空っぽの精神を魅了か何かの精神操作で操っているのだろう。
ネクロスの予想を裏付けるように、怪物はギクシャクとした動きで襲い掛かってきた。
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しばらくして、襲撃者たちは撃破された。
生き残りは1人もいない、文字通りの全滅であった。
金も血筋も権力もこうなっては関係無い。
等しく血と肉となって散らばっていた。
「腑に落ちないな」
「ああ、こいつら何で降伏しなかったんだ?」
「まあ、降参したところで死刑だろうけど、誰も逃げようとしなかった」
「玉砕覚悟ってやつか」
「日和見のこいつらにそんな度胸があったとは思えんがな……」
護衛達も腑に落ちないようだ。
襲撃者たちを良く知る鬼王も同じことを考えていた。
そして、あの様子にも心当たりはあった。
「ご無事ですか? 議長」
「あの程度、どうという事はありませんよ。そもそも、あの程度の腕と数で攻めてくるとは舐められたものですな」
「それなんですが……」
「魅了ね」
2人が振り向くと、そこには襲撃者の生首を片手に掴んだアリエルが立っていた。
猟奇的な光景に絶句する2人を余所にアリエルは話し始める。
解析が終わったのか、頭部はポイッと捨ててしまったが。
「行動の短絡化、命よりも目的を優先する事、異常な忠誠心、脳に残った残留魔力。魅了の魔法をかけられていたと考えて間違い無いわ」
「やはり……」
「魅了……吸血鬼の得意技ですな」
「そしてこいつらは囮、あるいは捨て駒。本命は……」
ドガアァ!!
凄まじい破砕音と共にすぐ傍の建物が吹き飛んだ。
そして粉塵の向こうから2つの影が現れる。
1つは漆黒の騎士、ネクロス。
もう1つは異形の怪物だった。
「なんだ……あの化け物は?」
「獣魔? いや、違う……」
ネクロスのハルバードにあちこちを腐食させられているが、まったく気にしていない。
その姿は狼型の獣魔に様々な魔獣のパーツを継ぎ足したような異形。
一言で言えば合成獣だった。
「あれも誰かに操られているみたいね。あそこの路地からこっちの隙を窺ってたのよ」
「なるほど。アレが本命、あ奴らは囮だったということか……」
躯となったかつての家臣たちを鬼王は複雑な目で見つめる。
操られ、使い捨てられたことに憐憫の情を抱いたのかもしれない。
だが、アリエルは冷徹に告げる。
「魅了はここ数日以内にかけられた1回きりよ。国への背信とグラーダとの内通は彼ら自身の行動ね」
「そう、か……」
「鬼王。いや、ゴウエン殿。我が国も少なくない数の内通者を処分したのだ。受け入れなければ前には進めませんぞ」
「そうですな……」
「ついでに言うなら魅了はそんなに万能な能力じゃないわ。たった一度であそこまで深く魅了されたのは、連中の心の弱さと相手への依存心が原因ね」
「彼らも、初めからああではなかったのだが……」
葛藤する鬼王を尻目に、ネクロスは合成獣を追い詰めていく。
合成獣は滅茶苦茶に暴れ、自分自身も傷つけている。
どうやら強力な再生能力を持っているようで傷は回復してしまう。
しかし、腐食させられた部分は再生不能らしい。
ダメージが蓄積し、動きも徐々に鈍くなっている。
止めを刺すべくネクロスは左手の刃盾を強酸の大鎌『アシッド・シックル』に持ち替えた。
予想通り、酸に焼かれた傷も再生しない。
ほとんど動きの止まった合成獣をネクロスが蹂躙する。
魔獣のパーツを根こそぎ失い、最後に首を刎ねられ、遂に合成獣は力尽きた。
「おお!」
「やったぞ!」
護衛達が歓声を上げる中、アリエルは合成獣の残骸に近づき解析する。
結果は予想通りだった。
ネクロスの分析もほぼ同じ。
そして、アリエルは議長と鬼王にも伝えた。
合成獣は改造された獣魔族である事を。
それを行ったのはおそらく、グラーダのスキルであることを。
そして、この個体は失敗作か実験段階である可能性が高いことを。
ルーナ王女からグラーダのスキルを聞いていた議長は、苦々しくも納得した表情になった。
初めてグラーダの能力を知った鬼王は驚愕に目を見開いた。
そして両者は同じことを考えた。
敗北すれば自国の民が合成獣の材料にされてしまうのだろう、と。
予想通りというか夜の国にいた獣魔たちは悲惨な目に……。
フィオが北大陸に来た段階で手遅れだったんですけどね。